コロナ禍の影響が次第に収まりつつあるなか、外食業界にもようやく活気が戻りつつある。ポストコロナをにらんだ飲食店の「生き残り戦略」を探ってみた。
- プロフィール
- やた・ひろき●明治大学卒業後、1部上場商社、大手不動産ディペロッパーで経理・営業を、また財務コンサルティング会社で法人コンサルティングを経験。その後、コンビニエンスストアやラーメン店などのオーナーとして起業。低リスク・小予算で開業し小さな店舗で年収1,000万円を稼ぎ続けるノウハウを確立。仕事を楽しみ、しっかり稼ぐ「1000万円稼ぎ続けるラーメン店のれん分けプロジェクト」をスタートし、独立志望のサラリーマン、新規事業を計画中の経営者を応援中。
ここ2年半のコロナ禍は、好むと好まざるにかかわらず飲食業の形態を大きく変えてしまいました。昼は多くの人口がオフィス街から住宅街へと押し戻され、だいぶ回復してきているとはいえ9時以降の夜の街は依然閑散としています。人々の生活スタイルが変り、その流れは今後も完全に戻ることはないでしょう。だとすれば飲食店はその流れに合わせるしかありません。
では、ポストコロナ時代に生き残る飲食店には何が必要なのでしょうか。いくつかのポイントを挙げてみたいと思います。
1.日次決算の徹底で黒字倒産を防ぐ
ある調査によると、最近、倒産した飲食店舗の半数近くが「黒字倒産」なのだといいます。お客は順調に入っているものの、借入金の返済や各種経費の詳細な計算ができておらず、キャッシュフロー不足に陥って閉店してしまうケースが増えているのです。
日本政策金融公庫が実施した「業種別の廃業率」の調査では、全体の廃業率の平均は10.2%なのに、飲食業に限ると18.9%と約2倍の数字となっており、アフターコロナにはこれが30%を超えるのではという声もあります。さらに、総務省の「事業所企業統計調査」では、この5年間で新規参入した飲食店の数は全体の23.7%、閉店した飲食店数は32.3%となっており、新規開店のそばから、それ以上の勢いで閉店してしまっている現状が分かります。
私の周りを見ても、ある程度の売り上げが上がり、営業利益も出ているのに閉店に追い込まれてしまう店舗は多いようです。要するに大半の飲食店の経営者は計数管理ができていないということ。私がプロデュースした店舗の経営者も、簿記や経理などを勉強してきた人はほぼ皆無です。
飲食店はわれわれが日常的に見かける業種であり、身近な存在です。それだけに、「自分にもできるのでは」と勢いのままに開業してしまうケースも多いのでしょう。その「熱量」は理解できますが、今は昔のように、どんぶり勘定で乗り切れる時代ではありません。
では、いったいどうすればよいのでしょうか。
まず、実践してもらいたいのが「日次決算」です。日次決算とは、店舗の売り上げや利益の状況を日次ベースで把握すること。まず、レジ・券売機から出る11日の売り上げ記録から、その日の仕入れ伝票から抽出した売上原価を差し引き、粗利益を出します。そこからアルバイトの時給の合計をタイムカードから割り出し、正社員の給料を営業日数で割って人件費を算出。さらに前月の家賃と水道光熱費を営業日数で割って1日分を算出して差し引きます。完全なものではありませんが、これでほぼ正確な日次の営業利益が出ます。
さらに把握しておきたいのが「人時生産性」です。人時生産性とは、粗利益を総労働時間で割ったもので、どれくらいの労働時間を投入してどれくらい稼ぐことができたのかを示す指標です。これをスタッフ全員で共有することで、今日は作業の効率が良かった、悪かったなどと、具体的な数字をもとに話し合うこともできます。
人間は、単に「今日は忙しかった」「暇だった」という感覚的なものだけでは、日々の働き方を変えるモチベーションにはなりません。1日にどれだけ稼いだのかを把握することで、具体的な戦略につなげることができます。売り上げが低ければ、クーポン券の発行などの販促策をとる、利益が低ければ仕入れを見直す、アルバイトの生産性向上の策をとるなどという打ち手も見えてきます。
2.FRUコストを把握し利益を確保
飲食店経営で重要と言われる指標に「FLコスト」があります。Fは食材原価(FOOD)、Lは人件費(LABOR)のこと。さらに、ここに家賃(R=RENT)を加えたものがFLRコストです。
一般的にFLコストが売上高に占める割合(FL比率)は55%~60%、同じくFLRが売上高に占める割合(FLR比率)は80%以内で合格点だと言われています。表1(『戦略経営者』2022年7月号P26)を見てください。売上高400万円でFL比率60%、FLR比率80%の店舗です。これで営業利益40万円がオーナーの懐に収まることになります。
まずまずの実績のように見えますが、実はこれでは完全に「赤信号」なのです。
次に表2(『戦略経営者』2022年7月号P26)を見てください。何かの影響で原価と人件費でプラス10%となってしまった場合には、利益は一気に吹っ飛んでしまいゼロになることが分かります。日次の数字を把握していないと、簡単にこのような状況になってしまいます。
そこで、私が考案し、推奨している新しい指標が「FRUコスト」です。Uは水道光熱費(UTILITY BILLS)のこと。
コロナ以降、毎月400万円以上の売り上げを1店舗で維持し続けるのは難しくなってきています。これからは、その半分の月200万円の売り上げでもしっかりとお金が残る経営スタイルが主流になってくるでしょう。
表3(『戦略経営者』2022年7月号P26)を見てください。この店舗の場合、FRUコストを55%に抑えることで96万円を残し、そこから人件費を10%にコントロールして76万円の利益を出しました。
ポイントは2つあります。まず家賃(R)を売り上げに対して7%に抑えたこと。7%では繁華街などの一等地での出店は無理です。そのため郊外や住宅地で探すことになります。つまり、今後はそのような立地の方が利益を出しやすくなるということ。
2つ目のポイントは人件費の扱いです。FRUコストは人件費を含みません。小型店だと、人件費はオーナー次第である程度融通が利くので、ここを変動費としてバッファを持たせながらコントロールするのです。そうすれば常に利益を確保することができるようになります。つまり、FRUコストがかさめばオーナーが頑張って人件費を減らし、FRUコストが少なく済めば、その分の利益を享受してもいいし、スタッフを増やしてもいい。柔軟性のある経営が可能になるのです。
私は、クライアントに対してFRUコストを55%未満にすることを勧めています。これを実現するには「小さな店」でなければなりません。人件費をかけずにオーナーとスタッフ数名体制で小さな店をがんがん回す。そして、より売り上げや利益を増やしたければ、そのような小さな店を数多くつくればいい。そうすることで、リスクヘッジと規模の経営を両立することもできるというわけです。
3.持ち帰り・デリバリーに知恵と工夫を
コロナ禍以降、人々の行動や生活の形態がゴロっと変わり、とくに居酒屋系など夜の時間で売り上げの大半を稼いでいた店舗は厳しい状況が続いています。そうした店舗にとって、やはり持ち帰りやデリバリーサービスの展開は数少ない希望の光でしょう。とはいえ、今やそれらは当たり前の施策。そこに新しいアイデアが付加されていないと、競合に打ち勝つことはできません。
ポイントは、まったくの新しい要素を外から持ってくるのではなく、近隣のニーズをリサーチしつつ、手持ちのノウハウや技術を利用して新しい価値を創り出すこと。手持ちのノウハウや技術はそれぞれなので、ここではケーススタディーで説明していきます。
〇ケース1
繁華街立地のいたって普通の居酒屋の例です。
この居酒屋ではコロナ禍以降、唐揚げ弁当や焼き肉弁当などよくあるお持ち帰りメニューを展開していたのですが、近隣の弁当屋やコンビニとのバッティングでなかなか売り上げが伸びませんでした。お客は同じような選択肢があると、どうしても廉価で便利な方へと流れてしまいます。
そこでオーナーはアルバイトを含めたスタッフを集めて、話し合いを重ねました。すると「このへんにはおいしいハンバーガー屋がないから、あったらいいのにね」という声を聞いたことがあるとアルバイトが発言。オーナーがこれを取り上げました。そして、料理長を中心にして自分たちのノウハウや技術をいかしたハンバーガーづくりに取り組み、細長いバゲットに野菜や具材をたっぷりはさんだ唐揚げバーガーやカレーバーグディッシュバーガーを開発。今まで居酒屋に来ることがなかったファミリー層がハンバーガーを購入するようになり、やがて、そのファミリー層がランチに訪れるようになりました。
近隣の生の声、ニーズをすくい上げ、独自の技術で付加価値をつけた食材を提案して大成功した事例です。
〇ケース2
これも普通の個人経営のレストランの事例です。
このレストランでは、お持ち帰り弁当を販売していたのですが、やはり競合のなかに埋没して売り上げはかんばしくありませんでした。そこで、料理の内容と量、パッケージをワンランク引き上げ、お客に感謝を伝える手書きコメントとおいしく食べられる方法などの一文を入れ込み、800円の値段を1,200円に引き上げるという思い切った手を打ちました。さらに、朝の9時から営業を始めることで、出勤時にランチボックスを購入する人はもちろん、朝に営業していることを確認してランチ時間に買いに来る人が増加。営業時間を早めたことで「看板効果」にもなっていたのです。
ケース1も2も、とくに斬新な打ち手の例とはいえないかもしれません。しかし、日本人的なこだわりやおもてなしの精神が発揮されています。ウルトラC的な特別なことをする必要はありません。調理のプロである飲食店が本気になって持ち帰り弁当をやり始めたら、コンビニや弁当店はかなわないと思います。
4.SNSとチラシで販促活動を実践
SNSの活用はマストでしょう。飲食店成功の絶対条件は「お客に知ってもらう」ことです。人は、外食をするときに3つの選択肢(店舗)しか思い浮かばないといわれています。その3つの中に選ばれるよう脳にフックをかけるアクションが必要になってくるのです。そのためにはSNSの頻繁な投稿が最も手軽な方法です。ツールは好みや使いやすさで選択してかまいませんが、ツイッターやインスタグラムで認知度を高めて来店してもらい、ラインで関係性を構築してリピーターになってもらうという手法がやりやすいかもしれません。
それからグーグルマイビジネスはぜひ活用してください。グーグルマイビジネスとは自社情報、企業情報、店舗の地図情報などを登録しておくと、グーグルマップやグーグル検索など各種サービスで検索結果に表示されるサービスのこと。また、グーグルマップ上の検索結果を上位にできるMEO(Map Engine Optimization)対策を行えばコストをかけることなく大幅な認知度の向上が期待できます。MEO対策を行っている飲食店はまだまだ少なく、やればやるだけ効果を実感できるでしょう。今後は、MEO対策を行わない飲食店は生き残れない時代が来るかもしれません。
ユーチューブも有力な集客ツールですが、ハードルが高く、すぐに効果を上げるにはかなりの困難が見込まれます。私もユーチューブでの配信を行っていますが、素人がきちんとした動画を制作し、それを継続して毎回配信し続けることは、思った以上に大変です。だとしたら、逆にアナログに回帰してチラシの有効性を見直してみてはいかがでしょうか。というのも家のポストにその地域の個人飲食店からチラシが入ることはあまりないので、受け取った人の目にとまりやすいのです。パソコンで自作したチラシを店の周囲500メートルをめどに自分でまけばコストもほとんどかかりません。
とはいえ、ありふれたチラシでは、すぐにゴミ箱行きです。ポストからリビングのテーブルの上まで運んでもらえません。チラシにもやはりフックとなる情報が必要になってきます。
右(『戦略経営者』2022年7月号P28)は実際に私が手がけたチラシです。横浜のラーメン店のチラシなのですが、冒頭にオーナー夫婦のなれそめから開店の理由までが書かれています。人間味あふれるアナログな情報は、親近感が湧くし人の目をひきつけます。なんとなく読んでみると下にクーポン券がある。じゃあ、今度の週末に行ってみようか……ということになります。
5.停滞期には“二毛作”で現状突破を
さまざまな手をうちながら、どうしても停滞状況から抜け出せない場合、思い切った業態転換も考えてみるべきでしょう。私がプロデュースした愛知県の麵屋龍丸というお店をケーススタディーにして解説します。
この店はもともと夜のサラリーマンなどをターゲットにした焼き鳥屋さんでした。しかし、コロナ禍でご多分に漏れず売り上げが激減。私に声がかかりました。立地は悪くないし駐車場もついている。条件としてはいいのですが、コロナ禍の外出自粛下では勝負になりません。そこで、思い切って昼のビジネスをラーメン屋に業態転換し、白いのれんをかけてラーメンを提供。夜は黒いのれんに替えてラーメンに加えて従来通り焼き鳥とお酒も出すようにしました。すると、当然のことながら、学生など、夜に飲みにきていた人たちとまったく違う客層が昼にラーメンを食べに来るようになりました。これによって、その人たちにとっての「来店ハードル」も下がり、夜の客層も広がりました。夜には焼き鳥やお酒というメニューも相変わらず提供しているので、自粛ムードの緩和とともに従来のファンも戻ってきました。今までの夜の売り上げに昼の売り上げが追加され、しかも夜の売り上げ単価がアップしたことで、現在の業績は非常に好調です。
実は二毛作では、初期投資があまりかからないこともメリットのひとつです。基本的には「居ぬき」なので、龍丸の場合も目立った投資といえば簡単な改装とどんぶりくらいでした。
二毛作の成功事例はほかにもたくさんあります。もちろん、安易な転換は失敗のもとです。やるからには「繁盛店レベル」の味の追求とリピーターを確保するためのマーケティングが必要になることは言うまでもありません。
さて、今後の飲食店をめぐる環境はどうなっていくでしょうか。
補助金や協力金のたぐいは、数年のうちになくなります。夜の街は以前のようには戻らず、人々は外食に高いお金を使わなくなります。最後に、そうした状況のなかでも「失敗しない飲食店開業」のポイントを確認しておきます。
- ①都心・繁華街・オフィス街ではなく「地方」「郊外」で開業すること
- ②一等地ではなく三等地で開業すること
- ③賃料は売上高の7%以内に収まる店舗を選ぶこと
- ④人件費をかけないでも営業できる小さな店舗を選ぶこと
リスクを最小化しながら、会社を成長させる手腕が、今、飲食店経営者に求められています。
(取材協力・蛭田昭史税理士事務所/本誌・髙根文隆)