原材料、人件費、エネルギーコストなど中小企業を取り巻くモノやサービス価格が上昇するなか、業績の安定化や従業員の待遇アップを図るには上昇するコストを販売価格に転嫁する取り組みが欠かせない。中小企業が価格転嫁を実現するための方法論を探った。
──中小企業における価格転嫁の実施状況を教えてください。
鮫島 中小企業庁では、毎年3月と9月を「価格交渉促進月間」と位置づけ、下請事業者による価格交渉や価格転嫁を促進するべく、岸田文雄内閣総理大臣を先頭に政府を挙げて中小企業、大企業、各業界団体に働きかけるとともに、業種ごとに価格交渉、価格転嫁の実施状況に関するアンケート調査(送付先約15万社)を実施し、その結果を公表しています。
前回2022年9月に実施した調査によると、原材料費や人件費、エネルギーコストの上昇分が取引価格に反映できているかを示す「価格転嫁率」は全体では46.9%と、同年3月の調査と比較して5%アップという結果になりました。業種によって差はあるものの、全体的にみて価格転嫁が進んできている様子がうかがえます。
コストの項目ごとに見てみると原材料費の価格転嫁率が48.1%と比較的高い水準で転嫁できている一方、労務費(32.9%)、エネルギーコスト(29.9%)はいずれも20~30%台に留まっています。しかしながら、ウクライナ危機等の影響でエネルギー価格が高騰し、消費者物価も上昇しているため、下請け中小企業の業績安定化や賃金・雇用の維持のために、エネルギーや労務費の上昇分も取引価格に反映しようという発注者・親事業者も増えています。実際に全国の中小企業経営者にヒアリングしたところ、昨年の後半あたりから、「従業員の生活を守るために労務費やエネルギーコストの上昇分も売り値に反映できるように動いている」といった声を多く耳にするようになりました。
──原材料費だけでなく、人件費やエネルギーコストの転嫁にも前向きに取り組む中小企業が増えてきていると。
鮫島 これまでは「人件費やエネルギーコストの高騰分は、下請けサイドの企業努力で吸収するもの」という風潮や取引慣行が根強く残っていましたが、昨年来の物価高騰の情勢を踏まえ、「これらのコストも売り値に転嫁するべき」と、中小企業経営者の考え方も変わりつつあるようです。
下請事業者向け支援を拡充
──そもそも価格交渉は積極的に行われているのでしょうか。
鮫島 先ほどの調査結果によると、「話し合いに応じてもらえた」と回答した割合は約6割に達する一方で、「発注量の減少や取引中止を恐れ、協議を申し入れなかった」「協議を申し入れたが応じてもらえなかった」「取引価格を減額するために発注事業者から協議の申し入れがあった」など、さまざまな理由から「まったく交渉できていない」と答えた事業者も1割ほど存在します。
先ほども説明したように、昨今の価格高騰への対応や、中小企業が賃上げを行うためには、価格交渉、そして価格転嫁の実現が不可欠です。中小企業庁では下請事業者、発注事業者、各業界団体に向けた施策を通じて、下請事業者が適切に価格転嫁を実現するための環境整備に取り組んでいます。
──その支援施策を詳しく紹介してください。
鮫島 まず下請事業者向けの施策として、下請Gメン(取引調査員)による下請け取引の状況・お困りごとのヒアリング、下請かけこみ寺による相談対応などがあります。特に下請Gメン(下請Gメン事業紹介サイト)
は1月に全国で200人から300人規模に増員し、全国の中小企業を訪問しての聞き取り調査のほか、価格交渉を行う上で参考となる情報を提供するなど、価格転嫁を円滑に進めるための支援を随時行っています。
また、下請かけこみ寺でも原材料やエネルギーコスト等の上昇に関する相談窓口を設置し、中小企業からの個別相談に応じています。相談の内容はもちろん、相談があったこと自体も内密に取り扱っているので、親事業者との取引関係、価格交渉に苦慮している経営者の方は、下請かけこみ寺(下請かけこみ寺事業紹介サイト)の活用もご検討ください。
発注事業者への注意喚起も
──発注事業者向けにはどのような取り組みを?
鮫島 価格転嫁を実現するには、発注事業者が価格交渉にきちんと応じているかをチェックすることが重要です。中小企業庁では前述した価格交渉促進月間の取り組み状況の調査を行い、発注事業者の価格交渉への対応を確認するとともに、価格交渉や価格転嫁への対応が良くない企業に対しては、大臣名で指導・助言を行っています。過去3回の価格交渉月間の累計で、約70社へ指導・助言を行いました。
今年2月には、価格交渉促進月間の取り組み状況の調査において、10社以上の下請事業者から「主要な取引先」として挙げられた発注事業者(約150社)について、各社の転嫁・交渉状況をまとめた企業リストを公表しました。このリストには企業名のほか、価格交渉・転嫁に適切に応じているかを4段階で評価した結果も記載されており、これを見ることで、下請事業者から見た価格交渉・転嫁への対応状況が分かります。
これらの施策により、発注者側の認識も「下請事業者と綿密にコミュニケーションを取らなければならない」と、徐々にではありますが変わりつつあります。
──業界団体に向けての取り組みもあると聞きました。
鮫島 業種ごとに価格転嫁を適切に進めてもらうべく、業界団体に対して下請取引の改善提案や自主行動計画の作成を促しています。現在、57にのぼる団体が、下請取引の適正化に向けたアクションプラン等を盛り込んだ自主行動計画を作成・公表しています。
緻密な原価管理が必要
──今般の物価高を受けて値上げ交渉を実施し、価格転嫁を実現した中小企業の事例を教えてください。
鮫島 2社紹介します。いずれも金属部品製造業で、関東地方に拠点を置く中小企業です。
【ケース1】A社
自動車や機械装置メーカーなど、複数の大手企業に金属部品を納入しているA社は、原材料価格やエネルギーコストの高騰を受けて値上げ交渉を実施したところ、取引価格への転嫁が認められました。
A社の取り組みで目を引くのが、原価管理を緻密に行っていた点。同社は材料費や電気代といった原価の推移をリアルタイムで把握できる仕組みを構築しており、以前と比べてどのコストがどの程度上昇したのかを判別できていました。
社長は原価の上昇具合とその要因を文書にまとめて交渉の際に提示し、事業を継続するために値上げが必要であることを伝えたところ、発注事業者も社長の要望を認め、取引価格の値上げが認められました。
【ケース2】B社
複数の大手メーカーを取引先に持つB社も、原価管理を緻密に行い、材料費や電気代の上昇分を発注先に開示したことで取引価格への転嫁が認められました。B社では原価の上昇分をカバーするために、希望取引価格を新たに設定。「この価格でないと受注できない」と強気の姿勢で交渉に臨んだことで、親事業者もB社が希望する取引価格に引き上げることを決めました。
この2社に限らず、価格転嫁が認められている事例を分析してみると、主に3つの成功要因が見て取れます。
1つ目は原価管理を緻密に行っていることです。価格転嫁に成功した企業の多くが、原材料費などの諸経費をリアルタイムで把握できる体制を構築しています。こうすることで、製品原価が昔と比較してどの程度上昇したかを取引先にはっきりと示すことができ、説得力を持って交渉に臨むことができます。
2つ目は交渉の場において、希望取引価格を明示していることです。ただやみくもに「値上げを受け入れてほしい」というだけでは、発注側もどの程度引き上げれば良いか判断できず、対応に苦慮してしまいます。値上げを受け入れてもらうためにもコストが上昇している根拠を示すとともに、「取引価格を○円まで上げてほしい」と具体的な金額を提示することが重要で、そのためにも1つ目に挙げた緻密な原価管理が欠かせません。
3つ目は自社の強みを積極的にアピールし、強気の姿勢で値上げ交渉に臨んでいることです。A社、B社ともに自社の技術力やノウハウを前面に押し出し、自社と継続的に取引することのメリットを訴えました。日ごろから自社の強みに磨きをかけることも、価格交渉を進めるうえで優位に働きます。
──最後に中小企業経営者にメッセージを。
鮫島 原材料費やエネルギーコストは今後も上昇していくことが予想されます。事業の継続や発展、そして雇用を守るためには、常に自社の強みに磨きをかけ、その機が来れば思い切って価格転嫁に向けた交渉を進めることが重要です。中小企業庁でも下請事業者の価格交渉が成功するよう旗を振り続け、後押しする施策を拡充していきます。
(インタビュー・構成/本誌・中井修平)