大企業だけでなく中小企業においても、親族内承継や従業員承継ではない社外の第三者へ事業を引き継ぐ「M&A」が、事業承継の一つの選択肢として注目されて久しい。今回は、中小企業のM&Aの実態に迫り、譲り渡し側経営者にとって最初で最後となる「M&A」による事業承継をいかに成功させるか、そのポイントを探る。M&A支援者、行政機関(中小企業庁)、そして当事者である中小企業経営者のそれぞれの視点から考察する。

プロフィール
おおやま・おさむ
公認会計士。1977年明治大学経営学部卒業。新光監査法人(当時)などを経て93年監査法人テイケイエイ飯塚毅事務所(現EY新日本有限責任監査法人)入所。2015年株式会社Tomorrow’s Business Creation(現TBC)設立。
わたべ・きよし
工学修士。1985年東京工業大学大学院理工学研究科卒業。日立製作所、安田信託銀行(現みずほ信託銀行)などを経て2010年株式会社DataBank設立。15年株式会社Tomorrow’s Business Creation(現TBC)設立。

M&Aによる事業承継を検討している経営者が念頭に置くべき要点は何か──。中小企業のM&Aに精通する株式会社TBCの大山修氏と渡部潔氏に聞いた。

M&Aという事業承継の選択肢

大山修氏(左)、 渡部潔氏(右)

──中小企業におけるM&Aの現状を、どう見ておられますか。 

大山 国を挙げて事業承継への取り組みが呼びかけられ、中小企業のM&Aは確実に前進していると感じています。しかし、中小企業庁の発表では、経営者の高齢化が進むとともに、後継者不在率も高止まりしており、休廃業・解散等は増加傾向にあります。当方に寄せられる相談件数も年々増加傾向にあり、依然として事業承継の問題は目前に横たわっていると感じています。

──根本的な問題は、どのあたりにあるのでしょうか。

大山 経営者自身が事業承継を本格的に取り組みはじめるきっかけが少ないことだと思います。経営者が高齢であっても元気なうちは、自らも周囲の人も後継者の話を切り出せない場合が多く、経営者の引退に直結する事業承継の話題はどこかタブー視されていると感じます。経営者が健康を損ねたり、親族間でもめ事が発生してはじめて「後継ぎ問題」が急浮上するということが多く、喫緊の問題でありながら後回しになっているのではないでしょうか。事業承継は時間を要する課題であり、本来であれば10年先を見据えながら、できるだけ早期に着手すべきであると思います。

渡部 私がM&A支援に関わりはじめた頃は、どうしても「身売り」のイメージがついてまわり、後ろめたさを感じる経営者がまだ多くいました。しかし、今では経営者の意識は変化し、国や公的機関の支援策拡充やM&A支援者の増加にも後押しされて、事業拡大、発展の選択肢としてM&Aによる譲り受けを検討する企業には事欠かなくなりました。中小企業のM&Aの課題として、支援者が少ない、マッチングの機会が少ないと言われていた状況は、ほぼ解消されたと思います。

大山 一方で、譲り渡し側の中小企業ゆえの課題、企業側の属性や体制に起因する課題が存在すると感じます。当然ながら、どんな企業でもM&Aで売却できるというわけではありません。

まず問われる経営者の決断

──M&Aを円滑に実施する上で、譲り渡し側の経営者はどんな事柄を念頭に置けばよいですか。

渡部 中小企業におけるM&Aはまさに千差万別であり、念頭に置くべきポイントを一律に挙げるのは容易ではありません。ただ、M&Aによる事業承継を検討している経営者にとって、必ず押さえておいてもらいたい点をこれまでの支援経験からいくつか列挙することはできます。
 下の表(『戦略経営者』2024年3月号 P10)をご覧ください。まず①経営者の意識、決断に関わる点です。「良い条件だったら売却してもよい」という経営者は少なくありません。ただ、事業存続、発展や従業員雇用継続等の目的のために第三者に自社を託すことを決断できないまま、相手探し等を進めることは、後々気持ちが揺らいで迷走するので危険です。当然ながらM&A検討当初は、経営者しか知らない状況で進めるわけですが、他の株主、従業員、あるいは中小企業の場合、経営者の配偶者の存在は特に大きく、最終的には経営者自身が目的達成のために、これら関係者を説得する覚悟を持つことが必要です。
 ビジネスモデルの観点でいえば、②経営者が引退しても回るビジネスモデルとなっているかについても、確認しておきたいところです。というのも、経営者の引退がM&Aによる事業承継の大前提ですから、経営者個人の能力や存在に大きく依存するビジネスモデルでは、社外の第三者に引き継ぐのはむずかしくなるからです。経営を任せられる「ナンバー2」が必須とまでは言いませんが、現場を切り盛りできる中堅社員がいることが大事です。そのためには、部下への権限移譲を徐々に進めておく必要があります。
 また、譲り受け側企業がM&Aを検討する目的として、労働力の確保という面のウエートが高くなっています。その意味で、③M&A後も人材が残る可能性が高いか、高齢者に偏らず年齢層も幅広く在籍しているか、リクルートの施策を講じているか、という点も重視されます。欲をいえばもう1点、④商品力、技術力、サービス力等の面で、他社にはないユニークなアピールポイントがあると、マッチングの可能性は高まります。前述したように、M&Aによる譲り受けを検討する企業が増加し、譲り受け側企業の目も肥えてきているため、優良な取引先があるというだけでは苦戦する時代になりました。

──確かに経営者個人の資質に過度に依存していないかという点は確認しておくべきですね。財務面や業績面におけるポイントは?

渡部 譲り受け側企業は、譲り渡し側企業の直近の決算書だけで判断することはありません。通常、少なくとも過去3期分の決算数値の推移や、直近の試算表を確認します。譲り受け側企業の企業価値(譲受価格)決定のプロセスで、損益計算書上の利益を重視する流れも強くなっています。⑤ビジネスモデルの魅力が決算書で示されていなければ評価されないのが現実です。複数の事業を展開しているのであれば、部門別損益計算書等により事業別の収益状況を説明できる状態にしておく必要もあります。
 また、⑥事業と関連性のない資産や負債はないか、法人と個人の関係が曖昧な契約の不動産はないかといった点をみておきたいところです。法人所有の不動産を私的利用(社宅扱い)している、個人の借り入れに会社が債務保証を入れているなど、法人と経営者個人が分離できていない場合は、M&A前に整理しておく必要があります。事業と関連性のない資産や負債の額が大きい場合、買い手側からM&A前の分離、処分を求められるケースもあります。
 財務面ではもう一つ。無借金で潤沢な資金を持つ企業が素晴らしいことは間違いありません。しかし、M&Aにおける譲り受け側企業は、現金を現金で買収するような資金を寝かせるM&Aよりも、投資効率を重視する傾向にあります。一定の内部留保は、企業の安全性や安定性を高めるために必要ですが、⑦収益力向上のための投資や設備更新などに資金をまわすことも重要ということです。

身近な第三者に相談を

──内部管理のポイントは?

渡部 ⑧適切な労務管理が行えているかが大事です。譲り受け側企業は、自社と同等レベルの労務管理を求め、問題がないかを検討します。労働基準法に準拠した就業規則を作成し、適正な労務管理に基づいて給与を支給していることはもとより、残業時間の実態把握方法や端数時間の処理など、自社の傘下に入った際の擦り合わせの困難度をM&Aの最終契約前の買収監査(デューデリジェンス)で確認します。中小企業では許される曖昧さが譲り受け側企業では厳密に処理すべきとなれば、潜在的な未払い残業代等を認識せざるを得なくなり、譲渡対価の減額や、場合によってはM&A自体が中止されることもあります。また、労務管理面では、従業員退職金規程や退職金の手当てができているかについても確認します。退職金規程の存在の有無にかかわらず過去に支給実績がある場合には、退職給与引当は必要という判断がされて、譲渡対価のマイナス要因となりかねません。
 デューデリジェンスに話がおよんだので実務的な課題について触れておくと、デューデリジェンスの段階では、譲り渡し側企業の社内には、M&A検討の事実は知らせないのがセオリーです。そうしたなか、経営者ひとりが譲り受け側企業の非常に多岐にわたる質疑応答に対応することは、かなり困難です。財務、税務、労務、法務、事業面の詳細な資料提出依頼や質問に対応するには、社内に協力者が必要となります。つまり、⑨秘密を分かち合える管理系の役員や中堅社員が存在するかがポイントになります。
 最後になりますが、⑩経営者が少なくとも月次レベルで自社の業績数値をおさえていることや、中期的な視野を持っていることはとても重要です。譲り受け側企業から決算の着地見込みを聞かれた際に、「現状はわからないが利益は出るはず」といった、明確な根拠を示せない状態では信頼を得られません。自計化は最低限の条件であり、できれば中期経営計画も策定していることが望ましいです。

──M&Aによる事業承継を検討している中小企業経営者に対して、アドバイスをお願いします。

大山 冒頭で述べましたが、経営者は事業承継について考えていても、誰にも相談できず孤独な状態に置かれているのではないかと推察します。社員や同業者、親族にも相談しづらい方が多いのではないでしょうか。ましてや、金融機関やわれわれM&A支援機関に切り出すのも、ハードルが高いのではないかと思います。ぜひ自社の内情を知り尽くしている顧問税理士に相談されることをお勧めします。まずは悩んでいる事柄を言葉にしてみることからはじめましょう。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2024年3月号