政府の進める働き方改革のテーマのひとつとして掲げられている「テレワーク」による柔軟な働き方。人口減にともなう働き手不足が予想されるなか、企業戦略としてテレワークをいち早く導入する中小企業が増えている。「テレワーク推進月間」にあわせ、ノウハウを公開する。

プロフィール
たざわ・ゆり 奈良県生まれ。北海道在住。上智大学卒業後、シャープに入社。夫の転勤と出産でやむなく退職。子育てと転居中もパソコンを使い自宅で働き続けた。1998年夫の転勤先の北海道北見市でワイズスタッフを設立。2008年には日本初のテレワーク専門コンサルティング会社、テレワークマネジメントを設立。企業の在宅勤務導入支援や国、自治体のテレワーク普及事業等を手がけている。著書に『在宅勤務が会社を救う』(東洋経済新報社)がある。

──インターネットの検索サイトで「テレワーク」と入力すると「テレワークとは」という連想ワードが上位に表示されます。テレワークという言葉の意味を知りたい人が多いようですが、テレワークの定義をまず教えてください。

田澤 テレワークという言葉は「離れた(tele)」と「働く(work)」を意味する単語をかけ合わせた造語です。つまり、ICT(情報通信技術)を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を意味します。1週間のうち8時間以上このような働き方をしている人はテレワーカーであるとされています。
 強調しておきたいのはテレワークとは福利厚生のためのツールではなく、あくまで「働き方」であるという点です。近年「在宅勤務」を取り入れる企業が増えていますが、在宅勤務はテレワークのひとつの形態にすぎません。
 図表1(『戦略経営者』2016年11月号P15図表1参照)のとおり、テレワークは企業と雇用契約を結んで働く「雇用型」と「自営型」に大きく分けられます。そして移動しながら仕事ができる「モバイル型」と移動せず自宅で働く「在宅型」があります。こうした働き方を総称してテレワークと呼んでいます。

──例えば個人がインターネットで業務を受託する「クラウドソーシング」は自営型のテレワークに当てはまるわけですね。

田澤 そうです。自営の個人事業主の人はこれまで自ら営業活動を行い、仕事を探すしかありませんでした。しかし、ICTの進展によりクラウドソーシングというマッチングサービスを活用すれば、場所や時間にとらわれない働き方ができるようになってきています。

──ご自身のテレワークを行う頻度は?

田澤 こうして東京オフィスで働くのは久しぶりです。クラウドのバーチャルオフィス上でふだん仕事をしているので、働いている場所はあまり意識していないですね。来客対応やこみ入った打ち合わせは原則オフィスで行いますが、自宅などでテレワークしている場合がほとんどです。北海道北見市に住んでいると話すと皆さんに驚かれますが(笑)。

──テレワークを導入して経営者の立場からどんなメリットがありましたか。

田澤 まず、人材の確保ですね。これから日本の労働力人口が減っていくなか、優秀な人材の確保は中小企業にとって死活テーマです。私の運営する「テレワークマネジメント」と「ワイズスタッフ」は東京、北海道、奈良の3カ所にオフィスがあります。採用活動を通じていつも感じているのは、地方に優秀な人材が埋もれているということです。子育てや親の介護などでやむなく退職し地方に戻らざるを得ない人たちが大勢います。私たちは大企業が手放してしまった人材をテレワークという働き方で活用しているといっても過言ではありません。

──他にもメリットはありますか。

田澤 それからコスト削減にも大きな効果があります。東京オフィスは千代田区二番町のマンションにあり、毎月12万円の家賃を支払っています。場所を鑑みれば、この金額は相当のコスト削減といえます。ワンルームとはいえ、なぜ都心の一等地にオフィスを開設できるかというと、あらゆる仕事の道具をクラウドに上げているからです。ほぼすべての書類をスキャナーでデータ化しているため、書類を保管するロッカーが不要になります。また、書類のコピーは近くのコンビニエンスストアでできるのでコピー機も置いていません。万一泥棒に侵入されても、貴重品は何もありませんからペーパーレス化は究極の盗難対策にもなっています。
 コストという点でいえば社員の通勤費用を抑えられるのはもちろん、社員との打ち合わせにはウェブ会議システムを活用しているので出張費もかさみません。各自の働き方に応じて通勤定期代を支給するか判断しています。移動時間とコストを削減でき、効率的に働けるのは生産性向上に大きく寄与します。

成功の4つの心構え

──社内にテレワーク制度を導入する際の流れを教えてください。

田澤 ポイントは、主に4点あります。
①現在の業務を整理する
 まず、会社で行っている業務を整理します。ただし、「テレワークで行える作業」と「テレワークで行えない作業」にはじめから分類するのはやめてください。テレワークで行える作業のみを任せていると、当初はうまく機能してもテレワーク希望者が増えていくうちにだいたい行き詰まります。より多くの仕事をテレワークでも行えるよう、業務フローを見直したり改善していくスタンスが重要です。
②システムを選定する
 これまでほとんどの日本の企業では、職場で仕事をすることを前提としたITシステムを利用してきました。しかし、遠隔地で働くためには何らかのテレワーカー向けのシステムが必要です。機能をはじめ価格もさまざまですので、自分たちにあったものを選んで使いましょう。
③制度を策定する
 在宅で働いていると近所の方が訪ねてきたり、宅急便が届いたりいろいろなことが起こります。会社で働いているときと同様に宅配物を受け取るのは問題ありませんが、近所の方と玄関口で話し込むのはまずいわけです。こうした事柄を想定し、最低限のルールをつくるようにしてください。労働時間制や賃金制度を変更する場合は就業規則の改定あるいは、テレワーク勤務規程の追加が必要になります。
④社内の意識改革を行う
 テレワークというと「子育て中の女性のための制度」といったイメージがまだ根強く残っています。しかし、誰もが親の介護などでテレワークをする可能性があるはずです。社員の意識を変えるのが何より重要で、将来の危機管理策ととらえてもらうためにも、社員に研修を実施するようにしてください。
 以上の4点を念頭に置き、一部の社員からトライアル(試行)を実施し、課題に応じて改善を加えていきます。トライアルは繁忙期を避け、テレワークの必要性の高い部門や社員から実施するとよいでしょう。

──テレワークではどんなシステムを利用していますか。

田澤 社員の時間管理には「Fチェア」を利用しています。テレワークで働く人がパソコン画面上の「着席」ボタンと「退席」ボタンを押すことにより、労働時間の管理を行えるシステムです。例えば昼食休憩や子どもの送り迎えをするときは「退席」を押します。コマ切れの時間があってもトータルの業務時間を自動的に集計できるのが特徴です。
 とはいえ、ボタンを押して業務時間を申告するのは本人に委ねられているので、本当に働いているのか不安を感じる人もいるかもしれません。Fチェアには着席ボタンが押されている間、パソコンの画面をランダムでキャプチャー(取得)する機能もあります。オフィスで働いているのと変わらない緊張感を生み業務に集中できるので、生産性の向上が期待できます。業務効率が上がれば長時間労働の抑制にもつながります。
 さらに当社では仮想オフィスのシステムも利用していて、誰が在席しているか、誰と誰がウェブ上で話し合っているかなどがひと目でわかるようになっています。テレワークというと孤独に働くイメージを抱く人もいますが、ウェブ会議やチャットを日常的に行っているので、一緒に仕事をしているという一体感を醸成できます。

──よく「報連相」といわれますが、業務の報告はどのように?

田澤 主に「Pro.メール」という独自のメールシステムを使ってやりとりしています。業務連絡にメーリングリスト(登録メンバー全員にメールを送る機能)を利用しているケースも見受けられますが、弱点は自分に関わる内容か判断できなかったり、たくさん届いて読みきれないところです。これらを改良したのがPro.メールで、自分宛の連絡は赤字になり、一連のやりとりもツリー状で表示されます。情報共有を図るためにはこうしたツールが欠かせません。

──テレワークは今後広がっていくでしょうか。

田澤 はい。ただし、労働人口が減り、親の介護や子育てなどで終日働けない人が増えていくなか、労働時間をものさしに評価する時代は終わりました。評価を行う際の計算式を「仕事の成果+労働時間」から「仕事の成果÷労働時間」に変えていかなくてはなりません。時間あたりの仕事の成果、つまり生産性を評価基準にすえれば、労働観は変わっていくはずです。
 現状、テレワークによる生産性アップを目指すなら、労働時間のマネジメントをしっかり行う必要があります。従来の労働時間の長さだけを重視した働き方を改めないと、経済成長が危うくなるのは間違いありません。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2016年11月号