「ひとり世帯」の増加にともない、「シングル消費」はこの先ますます伸びると見られている。“おひとりさま”の隠れたニーズを満たすビジネスが、今後の狙い目となるだろう。

 女性ひとりでレストランで食事をしたり、温泉旅館に泊まったり──。そんな「シングル消費」をアクティブに楽しむ〝おひとりさま〟の存在が世間に広く知られるようになって久しいが、今後は女性だけでなく、男性のおひとりさまも確実に増えるだろう。

 というのは、「単独世帯」の割合がこの先しばらく伸び続ける可能性が高いからだ。これまで国内の世帯構成のなかで「夫婦と子からなる世帯」、つまりファミリー層の割合が最も多かったが、東京圏では間もなく単独世帯がそれを上回る。このトレンドは地方も同じで、国立社会保障・人口問題研究所では2020年にはすべての都道府県で単独世帯が核家族世帯をおさえ、最も上位にくると試算している。なかでも増加率が高いのが30~40歳の男女、そして60歳以上のシニア層だという。

 なぜ単独世帯が増える傾向にあるのか。その理由としてまっ先にあげられるのが、結婚適齢期にある男女の「未婚化」だ。さらに、日本も他の先進国並みに離婚率が上昇していることも、単独世帯の増加を後押ししているといえる。離婚を機に「結婚はもうこりごり」と非婚の道を選ぶ人はわりと多いのだ。また、夫婦のどちらかに先立たれたシニアが単身暮らしとなるケースも、団塊世代の高齢化にともない増える傾向にある。

 ともあれ企業側にとっては、これまでと同じようにファミリー層を念頭に置いた商品・サービスを出しているだけでは、消費者の実態とあわなくなる恐れがある。おひとりさまをいかに取り込んでいけるかが、企業にとって今後ますます重要な課題となってくる。

おひとりさまを呼び込むヒント

 一口におひとりさまといっても、月収17万円のうちワンルームの家賃に7万円が消えていくといった独身のフリーターや、年金生活のシニアについては、「消費力」があるかないかでいえば正直あまりないといえる。しかしその一方で、はやいうちから生涯独身を決めていたり、未婚の状態が長くなっている一般的な会社員が、郊外に持ち家を買うのではなく、都心の駅チカにワンルームあるいは2DKくらいの部屋を借りて住むという選択肢を選んだとしたら、購買力もあるし、それなりに何かを取捨選択して生きてきた人たちなのでお金の使い方もきっとうまい。要するに持ち家の住宅ローンを抱えないことによって、お金に余裕をもった消費行動ができるわけだ。実はこの層が、単独世帯増加分のなかで結構なボリュームを占めており、これからのシングル消費を支える中心的な役割を果たすとみられている。

 では、こうした点を踏まえつつ、これから「おひとりさま需要」が向かう典型的な方向性を、3つのキーワードをもとに解説したい。そのキーワードとは、

(1)手の届くぜいたく
(2)アフターファイブのエンタメ系
(3)代行サービス

 の3つである。

 (1)手の届くぜいたくを象徴するのが、たとえばスターバックスのコーヒーだ。セルフ式のコーヒーショップにしては少し割高であるものの、金額以上のぜいたく感が味わえるとあって人気を集めているのはご存じのとおり。また、近年のラーメンブームも「手の届くぜいたく」に財布のひもを緩めがちな消費者心理の現れではないだろうか。これだけデフレが進んでいる飲食業界のなかで、例外的にラーメンはデフレになっていない。もちろん幸楽苑や日高屋といった安さをウリにしたラーメンチェーンもあるが、ブームを牽引しているのはテレビのラーメン番組で取り上げられるような「こだわりのラーメン屋」のほう。カリスマ店主が研究に研究を重ねたスープを目当てに大勢のお客さんが行列をつくっている。こうしたお店のラーメンは1杯800円前後がふつう。それでも多くの人が並んででも食べたいと集まってくるわけだ。ほんの少しお金を上乗せすればいっときの幸福感を味わえる商品・サービスには、購買力の有無を問わず、多くのおひとりさまの支持が集まるだろう。企業としては、こうした分野を目指していくのも悪くはない。

 つぎの(2)アフターファイブのエンタメ系というのは、要するに一人でも楽しめる「娯楽」や「気晴らし」のエンターテインメント・サービスのことだ。これまで核家族世帯が家族と過ごしていたアフターファイブの時間を、ひとりでも退屈しないで過ごせるようにするためのサービスとも表現できる。その代表例がインターネットカフェだ。マンガ読み放題、ドリンク飲み放題、ネット使いたい放題と、ひとりで楽しく過ごせる要素がぎっちり詰まっている。こうしたサービスは確実に狙い目。最近、少しずつ増えてきた一人カラオケ店もそうだし、電子書籍、ゲーム、テレビなどが楽しめるスマホの「アプリ」もある意味この分野に含まれる。近年はたとえ夫婦であってもいつも一緒に行動するわけではなく、どちらかひとりで旅行やイベント等に出掛けることも珍しくなくなっている。そんな現状を踏まえてみても、おひとりさま向けのエンタメ系サービスは今後さらに伸びる可能性がある。

 そして3つめの(3)代行サービスとは、これまで家族が担ってきた洗濯、掃除、料理などの家事を代わりに担ってくれるサービスだ。仕事で毎日忙しい単身者にとって、家事はとにかく面倒な仕事。それを代行してくれるサービスはいろいろ増えており、洗濯代行サービスやワンルーム向けの清掃サービス、単身シニアをターゲットにした弁当やおかずの宅配サービスなどもある。デパ地下の総菜などの「中食」もいってみれば、料理の代行サービスの一つだろう。

 一方で、これら代行サービスを展開する会社にとって密かなライバルとなるのが「ロボット」だ。洗濯から乾燥まで自動でこなしてくれるドラム型洗濯機はある種の家事代行ロボットだし、掃除機ロボットとしてあまりにも有名な「ルンバ」もある。家電メーカーにとっても、単独世帯の増加はビジネスチャンスなのである。

財布に限界のあるマーケット

 いずれにしても、おひとりさまマーケットは今後さらなる伸びが期待できる分野。中小企業も当然ここを狙わない手はない。

 ただ、注意しなければならないのは、財布に限界のある市場であるという点だ。とにかく限られた予算のなかでやりくりしながらひとり暮らしをしている人たちなので、たとえば洗濯代行サービスを利用するようになったユーザーが年数を経るにつれて、どんどん利用金額をかさ上げしていくようなことにはおそらくならないはず。とかく経営者は「どうすればお客が育っていくだろうか」と考えがちだが、かつて自動車業界で見られたようなカローラがマークⅡになり、やがてクラウンにグレードアップしていくといった流れは、期待しにくいのだ。「いつかはクラウン」ではなく、「いつまでもスタバ」くらいのイメージなのである。だとすれば、利用者が必要とするサービスを適正価格で地道に提供していく戦略に徹したほうがおひとりさまの支持を集めるうえで効果的といえるだろう。

(インタビュー・構成/本誌・吉田茂司)

掲載:『戦略経営者』2013年11月号