中小企業会計学会(JaaSMEs)第6回全国大会「基調講演」より

ドイツにおける税理士による中小企業会計指導の重要性
Die Bedeutung von Steuerberatern für die Rechnungslegung von kleinen oder mittelgroßen Unternehmen (KMU) in Deutschland

中小企業会計学会(会長=河﨑照行甲南大学名誉教授)の第6回全国大会において、独エアランゲン・ニュルンベルク大学教授(Friedrich-Alexander-Universität Erlangen-Nürnberg, FAU)のクラウス・ヘンゼルマン博士(会計学・監査論)がドイツから招へいされて基調講演を行った。講演の中でヘンゼルマン博士は、ドイツの会計制度の現状とともにドイツの税理士が中小企業金融に果たしている役割として知られている「決算書の作成証明業務」について、その制度内容や運用をめぐる規定等を詳細に語り、多くの税理士を含む受講者の関心を集めた。ヘンゼルマン博士の講演要旨を掲載する。

とき:平成30年9月1日(土) ところ:東洋大学白山キャンパス 通訳:片岡治代

講師

Prof. Dr. Klaus Henselmann クラウス・ヘンゼルマン博士

クラウス・ヘンゼルマン博士
Prof. Dr. Klaus Henselmann

エアランゲン・ニュルンベルク大学教授(会計学・監査論講座)
Lehrstuhl für Rechnungswesen und Prüfungswesen
Friedrich-Alexander-Universität Erlangen-Nürnberg

 皆さま、本日はご来場くださいましてありがとうございます。皆さまの前で講演をすることは私の大きな喜びであり、大変な名誉です。ご招待いただき、心より感謝申し上げます。

 講演では、まずはドイツにおける中小企業と上場企業の会計の違いについてご説明します。その後、中小企業金融における税理士の役割について述べた上で、「年度決算書の作成に関する連邦税理士会の声明」に関してお話をさせていただきます。

A:中小企業と上場企業の会計の相違点

ドイツでは全ての企業は商法典(HGB)に従った個別決算を義務づけられている

 ドイツでは、規模の大小にかかわらず、全ての企業は常にドイツ商法典(HGB)に基づいて個別決算を行わなければいけません。この決算が、配当や所得税等の基盤になります。

 コンツェルン決算(連結決算)に関しては、国の規制下で運営される資本市場に有価証券を発行して参加する全ての上場企業は、IFRSに基づいたコンツェルン決算書(連結財務諸表)を作成しなければなりません(EC規則1606/2002第4条)。

 しかし、中小企業グループもコンツェルン決算を義務づけられる場合があります。中小企業はコンツェルン決算を行う際、商法に基づく決算、あるいはIFRSに基づく決算を選択することができるようになっています(商法315条3項)。つまり、このうち一つを選択すれば、もう一方は免除されるということです。

 商法上の会計の構成要素は、企業の法的形態と企業規模で決まります。個人企業と人的会社の年度決算書は、貸借対照表と損益計算書のみです。資本会社の場合は、それらに加えて付帯注記と「状況報告書」(※1)が必要になります。また基本的に監査義務が生じます。

 とりわけ「小規模」な資本会社には、簡便法の適用が可能となっています。簡便法の適用対象となる企業規模の上限は、次の通りです。

  1. 従業員50人
  2. 貸借対照表総額600万ユーロ
  3. 売上1200万ユーロ

 重要なのは、この三つの条件のうち、二つの上限を超えないことです(商法267条)。このような小規模資本会社には監査義務がなく、「状況報告書」も不要です。

 資本会社に対しては、商法に基づく貸借対照表や損益計算書の構成に関して、法的拘束力のある規定が存在しています(商法266条、275条)。基本的に、個人企業や人的会社もこの規定を守ります。

 ドイツ商法典には、いわゆる「その他の包括利益」(Other Comprehensive Income:OCI)に関する規定はありません。通常の損益計算書に関する規定があるだけです。企業は、総費用法か売上原価法のいずれかを選ぶことができます(商法275条第1項)。

 ドイツの商法の規定は、全体としてIFRSに比べて選択肢の幅が広いといえます。例えば、企業は減価償却の方法を選択することができます(商法253条3項)。商法に基づく決算書の付帯注記においては、選択権の行使に関して表明し、変更した場合はその旨を記載する必要があります。

 ドイツ商法においてより重要なのは、「慎重性の原則」です。減価償却後の取得原価または製造原価が、常に価値の上限となります。つまり、より高い時価で評価してはなりません。推定は慎重に行います(商法252条1項)。

※1=株主へのアニュアルレポートのようなもの。

クラウス・ヘンゼルマン博士

全ての納税義務者は電子ファイルでの貸借対照表・損益計算書の提出義務がある

 ドイツでは、税務会計と税務申告のプロセスにおいては、会社規模つまり上場企業と中小企業とで違いはありません。全ての基本となるのが商法上の単独会計(商事貸借対照表)であり、これが「基準性の原則」ということになります。場合によっては、税務会計では異なる貸借対照表作成規則に合わせて調整することになります。

 2013年からは、全ての納税義務者は、貸借対照表および損益計算書の内容を、XBRLファイルで税務当局に提出することを義務づけられました(所得税法第5条1項)。ドイツ財務省は、XBRLタクソノミー文書のデータベース構造を公表しています(公課法第87条bに規定)。この点に関しても、中小企業と上場企業の扱いは同じです。通常、中小企業の税務XBRLファイル──いわゆる電子貸借対照表──は、税理士が自動的に年度決算書作成ソフトウェアで作成し、インターネット経由で税務当局に提出することになります。

B:中小企業金融における税理士の役割

ドイツ税理士は関与先企業の融資資料を作成する経営コンサルタントの役割も

 ドイツでは、ほぼ全ての中小企業が、年度決算書作成にあたって税理士のサポートを受けています。各企業から委任される業務の範囲はそれぞれ大きく異なります。

 一方で年度決算書は、税務会計上の利益算出の基盤となるものです。この他に決算書は、銀行に与信判断の基盤を提供し、また融資実施後の監視の基盤ともなります。銀行にとっては、融資先企業の貸借対照表と損益計算書が、さらに資本会社の場合には付帯注記も重要になります。銀行は付帯注記を年度決算書の一部と捉えています。この他の資料としては、例えば、合計/残高一覧表(口座残高証明書)や、月次決算書、経営計画などがあります。

 このように税理士は、関与先企業のために融資資料を作成する重要な経営コンサルタントでもあります。関与先は資料を銀行に提出することができ、また税理士は、銀行との交渉に加わる場合があります。

2018年4月から、税理士が金融機関に電子財務報告書を送信する仕組みが整備された

 2018年4月1日から、金融機関と税理士との協力の幅が広がりました。つまり、金融機関の各連合組織が、年度決算書作成においてXBRLによる統一データフォーマットを使用することに合意したのです。この「電子財務報告書」は、電子税務会計と共通のものがベースになっています。またこれに加えて、PDF形式のファイルを補足的に使うことができます。

 税理士は、関与先の委託により、全ての資料をデジタルファイルで銀行に送ることができます。シームレスな送付によってコストを削減したり、ミスの原因を減らしたりすることができるようになっています。さらには、融資申請の処理もスピードアップすると思われます。

 ドイツにおいては、税理士という職業は社会的に高い評価を受けています。税理士には法的な、また職業法上の厳しい規定が適用されているからです。例えば税理士法第57条は、以下のように規定しています。

(1)税理士・・・は独立性をもって、自己の責任において誠実に、秘密を厳守し、職業に反する広告を行うことなく業務を遂行しなければならない。
(2)税理士は・・・その職業又は職業の信望と相容れないような、いかなる行動もしてはならない。税理士は、職業活動以外でも、この職業に要求される信頼や尊敬に値するように努めなければならない。
(2a)税理士・・・は継続的に教育を受ける義務を負う。

 また、税理士会も職業規定の遵守を監視しています。このため、金融機関は税理士を信頼できる専門家として見ているわけです。

「年度決算書作成に関するベシャイニグング」のない決算書は、懐疑的判断を下される

 経済監査士によって監査される年度決算書は多くはありません。監査義務を有するのは、資本会社で従業員が50人より多い、貸借対照表総額が600万ユーロより多い、売上が1200万ユーロより多い──という三つの条件のうち、少なくとも二つの条件の基準値を超えた場合です。

 中小企業の多くは個人企業または人的会社、小規模な資本会社です。基本的に中小企業の年度決算書は、作成の際に税理士が引き受けた業務が多ければ多いほど、信頼性が高いとされています。

 もちろんこれは、中小企業がどの範囲の業務を税理士に委任するかに拠ります。税理士は委任された業務を行うだけでなく、作成業務に関して「年度決算書作成に関するベシャイニグング」を発行することができます。この「ベシャイニグング(Bescheinigung)」というドイツ語は、「証明書」という意味です。税理士への業務委任の範囲によって、さまざまな段階の証明書が存在します。

 このような証明書は広く普及しています。「年度決算書作成に関する証明書」がないと、その中小企業は税理士のサポートを受けなかったということになります。もちろんそれ自体は、禁止されているわけではありません。ただこれは、当該中小企業が全ての法規則や規定を知っていて、そしてそれを自ら正しく適用することができると考えている──ということを意味します。

 例えば、自社内に「税務・会計部門」を有し、専門担当社員がいるような、数少ない比較的大規模な中小企業には当てはまることかもしれません。

 ただ金融機関は通常、「年度決算書作成に関する証明書」がない中小企業の年度決算書に対しては、懐疑的な判断をするでしょう。また、「証明書」がないということは、その原因は他にもあるかもしれないという判断をされる可能性があります。そのような場合は、懐疑がさらに大きくなるわけです。ひょっとしたら、その会社が年度決算書の重大な誤りを修正することを拒んだために、税理士が委任を辞した──という可能性すらあり得るからです。

講演風景

C:『年度決算書の作成に関する諸原則についての連邦税理士会の声明』

商法および税理士会の行動基準書で企業責任と税理士の業務範囲が明確に区分

 商法242条、264条には、「年度決算書(貸借対照表、損益計算書、また場合により状況報告書)の作成は、企業またはその代表者の責任である。」と規定されています。ただし、中小企業はこれらの書類作成のサポートを税理士に委任することが可能とされています。

 ドイツ連邦税理士会(BStBK)による『年度決算書の作成に関する諸原則についての連邦税理士会の声明』(2010年)には、一般的規則や特定の種類の委任に関する追加的な規定が書かれています。一般的規則には次のようなものがあります。

  • 委任引き受けの条件は、関与先が必要な証拠書類を全面的に提供すること。(『声明』17)
  • 税理士は、委任を遂行するために、委任者の企業の業種、事業活動に関する知識を必要とする。(『声明』28)
  • 年度決算書には形式、評価方法、証明に関して選択権がある。選択権行使の決定ができるのは、関与先企業のみである。(『声明』9、 22)

 税理士が行った作業は全て記録しなければならず(『声明』8、 51−52)、企業への報告は作業書類や作成報告書などで行います(『声明』15、 68−77)。そして税理士は遂行した業務に関して、別途「証明書」を作成します(『声明』57−67) 。業務の種類と範囲に応じて、この「証明書」の文言は異なります。

 多くの資本会社は、年度決算書に加えて、「状況報告書」を作成します(商法289条)。「状況報告書」には、当該年の事業展開や年度末の事業の最新の状況、さらに将来の事業展開におけるチャンスやリスクに関して、主に叙述形式の記述と分析が記されます。

「状況報告書」の作成はまさに経営陣の任務でして、税理士が「状況報告書」を作成することは許されていません。税理士ができることは、「状況報告書」の作成に際して助言をすることです(『声明』10)。また、この助言を行うためには、別途委任を受けることが必要になります。そして「証明書」は、決して「状況報告書」を対象とすることはありません(『声明』60)。

クラウス・ヘンゼルマン博士

連邦税理士会が定める「委任の種類」は「どの程度証拠書類を信頼するか」で決まる

 連邦税理士会の『声明』においては、委任の種類が次のとおり挙げられています(『声明』11)。

  1. 評価を伴わない作成(『声明』32−36)
  2. 蓋然性評価を伴う作成(『声明』37−44)
  3. 包括的評価を伴う作成(『声明』45−49)
  4. その他の委任(『声明』50)

 これらの委任の種類の違いは、税理士がどの程度依頼者の証拠書類や情報をそのまま信頼するのか、あるいはその正しさを検証するか──に拠っています。

1.「評価を伴わない作成」の詳細

 評価を伴わない年度決算書を作成する際、税理士は提出された証拠書類の正規性を前提とし、証拠書類を評価することなく使用します。税理士の業務は主に技術的なものとなります。

 評価を伴わない年度決算書の作成の基盤となるものは、次の通りです。

  • 帳簿、棚卸、証憑
  • 業界や企業についての知識(『声明』28)
  • 企業からの情報、説明(『声明』17)

 これに関して、連邦税理士会は、依頼者から「完全性宣言書」という書類を受け取ることを推奨しています(『声明』53−56)。書式テンプレートは、連邦税理士会が提供しています。

 この「評価を伴わない」という言葉は誤解されやすい表現なのですが、「評価を伴わない作成」と定義づけられるような案件においても、税理士は企業の証拠書類を無条件に信用してはいけません!

 税理士が提出された証拠書類の正規性に疑問を抱くような契機がある場合は、これを究明する必要があります(『声明』30第1文、33第2文)。そして、明らかな誤りは訂正しなければいけません(『声明』36)。誤りがあった場合、税理士は訂正を提案します。当然税理士は、年度決算書の中でその訂正が実行されるかどうなのか、ということを注意して見守らなくてはいけません。税理士は、「年度決算書に見出した許容されない会計に加担してはならない。」(『声明』29第1文)と定められているからです。

 さらに、関与先が必要な証拠書類の提出や情報提供を拒んだときは、税理士は委任を辞する必要があります(『声明』30第3文)。また関与先が誤った価額の計上や表示を要求したり、あるいは必要な修正を拒否したりするような場合には、税理士は「証明書」の中で異議を表明しなければなりません(『声明』29第2文、30、58、66)。

 関与先が重大な瑕疵を修正しない、あるいはできない場合には、税理士は「年度決算書作成に関する証明書」を発行してはなりません。また、「証明書」発行の委任を解除しなければいけません(『声明』31、58、67)。関与先が本当は条件が満たされていないのに事業の継続(Going Concern)を想定し、その上で決算書類を作成するような場合はこれに当たります(『声明』29第3文)。

 この点は非常に重要です。年度決算書の作成において事業の継続を想定できるのは、実際上または法律上の状況が事業継続を妨げない場合(商法第252条第1項2)だけだからです。このことに関連して、連邦通常裁判所(BGH)は2017年1月27日の判決(X ZR285/14)において、税理士の賠償責任に関して、より厳しい判断を下しました。判決は次のような内容です。

 税理士は、その委任の種類にかかわらず、つまり「評価を伴わない作成」の委任であっても、提供された証拠書類と自らが知る事実から、企業の継続を妨げる実際上または法律上の状況が生じるかどうか、検証しなければならない。

 つまり、明らかに企業継続の妨げになるような根拠となる証拠があるにもかかわらず、税理士が検証を怠った場合、税理士は、瑕疵のある年度決算書を信頼したことによって第三者──例えば金融機関──が被った損害に対して、賠償責任を負うことになります。

 こうしたことを背景に、連邦税理士会は2018年3月13日/14日の会議で次のような決議を行いました。ちょっと名称が長いのですが(笑)、「継続企業の想定に反する状況がある場合に関連した『年度決算書の作成に関する諸原則についての連邦税理士会の声明』に対する指摘」という決議です。

 先ほどの判決にありました「実際上の状況」とは、経営上の問題です。例えば、大幅な損失の継続、脆弱な自己資本、切迫した資金繰り状況、あるいは与信の停止や大口顧客の喪失、新しい関税によるデメリットなどのネガティブな将来予測です。

 そして「法律上の状況」とは、例えば企業解散の決定、重要な契約の終了、営業許可期限の終了などです。特に重要なのが、支払不能による破産申請義務(倒産法17条)や、資本会社の場合は債務超過による破産申請義務(倒産法19条)が生じる可能性がある状況などをいいます。

 加えて連邦税理士会は、具体的な倒産リスクの兆候として、次の事柄を挙げています。支払不能に関する兆候としては、正味運転資本(短期流動資産から短期流動負債を引いたもの)がマイナスになる場合。また債務超過に関する兆候としては、名目資本の50%を毀損している場合──このケースでは、資本会社の場合は臨時株主総会の開催が必要になります──または自己資本がマイナスになっている場合です。

 一方で、リスクを軽減する事実もあるかもしれません。例えば、土地の含み益によって債務超過の可能性がなくなる場合もあるかもしれません。しかし、そのような事実がない場合は、税理士ではなく当該企業自身が、別途に企業継続の予測を作成しなければいけないことになっています。ただし税理士は、企業継続の予測に関して助言する委託を受けることができます。

 企業継続の予測においては、最新で詳細かつ具体的な内部的計画の証拠書類に基づき、企業の継続を前提とすることができるかどうかを分析します。内部的計画で対策を予定しており、かつ/または、それによって予測される展開を前提としている場合は、そのことを具体的に表記し、分かりやすく理由を示します。

 事実関係を形成する対策のために、決議や商業登記簿への登記が必要な場合、「証明書」の内容を補足する必要があります。これは例えば、オーナーからの持ち出しによって企業の継続が確保されるようなケースです。この際には、「今後実行される予定の〇〇〇ユーロの増資を留保条件として、企業継続の原則が適用されたことを、補足して指摘する」というような記載となります。

 しかし、企業継続の予測の内容が要求条件を満たしていない場合や、企業の継続が期待できない場合、税理士は年度決算書作成にあたって、企業の継続を前提にすることはできません。このようなときに「証明書」の発行が可能なのは、企業の清算価値に基づいて決算書を作成する場合のみです。

 金融機関は、経営状態の良くない企業に対しては、資金計画の提出を求める場合があります。このことは結果的に、企業継続予測に関する計画を事実上金融機関に対して公開することを意味します。

2.「蓋然性評価を伴う作成」の詳細

 蓋然性(※2)評価を伴う年度決算書を作成する際、税理士は本来の決算書作成の業務の他に、質問や分析的評価も行わなくてはいけません。そしてその旨を「年度決算書の作成に関する証明書」の中で言及します。

 その際に、決算書作成のための重要な一切の見地からして、提出された証憑──これは証憑書類ともいい、領収書や請求書など取引を証明する書類をいいますが──帳簿及び資産証明書の正規性を否定する状況が自身に既知となっていない(自分が知るところになっていない)場合には、税理士はその旨を表明する必要があります。

 連邦弁護士会は「蓋然性評価を伴う作成」(『声明』37−44) の際の助けとして、「年度決算書の作成にあたって蓋然性評価をするためのチェックリスト」を2012年6月19日に決定しました。チェックリストの質問項目や分析的評価は全部で102項目ありますが、以下にその一部をご紹介します(『声明』40)。

  • 取引の把握と処理のために会計で適用している方式を質問する。ただし構成や機能に関して独自の評価は行わない。
  • 主要な一切の決算情報に関する質問:個々の決算情報の分析的評価(例えば前年の数字との比較、業界内での指数の比較)。
  • 年度決算書にとって意義のある社員決議、監査役会の決議に関して質問する。
  • 作成の過程で得られた情報と年度決算書の全体的印象を照らし合わせる。

 こうしたチェックリストの活用により、税理士に提出された証拠書類に「正規性が欠ける」という事態を、かなり確実に排除することができます。また、託された証拠書類に対する税理士の基本的な信頼は、明らかに限定的なものとなりますが、作成する年度決算書への信頼性は逆に高まります。また追加される業務時間はより多くなりますので、税理士にとっては報酬の増加にもつながります。このようなことから、「蓋然性評価を伴う年度決算書の作成」は、信用格付けにプラスの影響を与えることが期待されます。

※2=真実と認められる確からしさの度合い。

3.「包括的評価を伴う作成」の詳細

「包括的評価を伴う年度決算書の作成」の場合、税理士は提出された証憑、帳簿、資産証明書の正規性の判断を委任に基づいて行ったことを証明します。この評価作業は、十分に確実な判断を下せるように計画し、そして実行しなければいけません。そして税理士が年度決算書作成の基盤となった証拠書類の正規性を確信することができたら、その旨を「証明書」の中で表明することになります。

 包括的評価を行う際には、提出された証拠書類の正規性の評価および妥当性の評価はもちろん、会計関連の内部統制システムの有効性の評価も含まれます。そして個々のケースにもよりますが、例えば、棚卸の実地立ち会いや債権と債務の残高確認書の確認、銀行・弁護士の証明書のチェック、契約の検証(納入関係や役務関係)、引当金形成必要性の有無の確認──といった作業も必要な場合があります(『声明』49)。

 包括的評価においては、このように非常に広範囲の作業が必要になりますが、税理士は年度決算書を「作成」したことだけを対象とする「証明書」を発行します。この「証明書」は決して、決算書が外部監査を受けたという印象を与えてはいけません。

 なぜかといいますと、年度決算書は税理士の作成作業に基づくもので、自分が作成した決算書を自己監査することはできないからです。それに作業にかかる時間と費用は大変多大なものになるということもあり、実際には、税理士が包括的評価を伴う作成を委任されることは、ほとんどないのが現状です。企業にとっては、任意で年度決算書の監査を外部の経済監査士に委任する方が有意義だからです。この場合、経済監査士は「確認の付記」という書類を発行することができます。

講演風景

『声明』は連邦税理士会・経済監査士協会が意見調整をして作成・公表されたもの

 多くの経済監査士は税理士の資格も持っています。このような人々は、経済監査士と税理士の職業法の両方を遵守する必要があります。

 実は、先ほどご紹介した連邦税理土会の『声明』の旧版に関しては、ドイツ経済監査士協会(IDW)から批判が寄せられていました。批判の内容は「蓋然性評価を伴う年度決算書の作成に関する証明書は、税理士が独立性を持った経済監査士のように、年度決算書を監査したという印象を与えた可能性があった」というものでした。

 このため、連邦税理士会の最新の『声明』の草案作成にあたっては、ドイツ経済監査士協会と意見を調整して作成作業が行われました。その結果、最新の『声明』では誤解の余地がない内容となっており、またほぼ同一の文章を、経済監査士協会も『IDW S7:年度決算書の作成に関する諸原則』として採択しております。

 皆さま、ご清聴ありがとうございました。私の話が皆さまのご参考となることを祈念します。ありがとうございました。

クラウス・ヘンゼルマン博士(Prof. Dr. Klaus Henselmann)
1963年生まれ。独バイロイト大学と英国アストン大学で経営学を学ぶ。1997年、バイロイト大学で博士号(Ph. D)を取得。2006年以降、エアランゲン・ニュルンベルク大学で会計学・監査論講座の教授を務める。主な研究分野は企業評価、会計および公開開示分析、監査論。

(会報『TKC』平成30年10月号より転載)

講演資料ダウンロード

【会報『TKC』平成30年10月号:巻頭鼎談】
ドイツ税理士による決算書の作成証明業務の現状を語る

講演を終えたヘンゼルマン博士を囲んで、TKC全国会坂本孝司会長、TKC飯塚真玄名誉会長が、ドイツの中小企業金融における税理士の役割や現状などをお聞きしました。