【ユーザー事例】最先端ICT都市の実現へ大阪市が取り組む
行政手続きのオンライン化

大阪府大阪市 ICT戦略室
デジタル化推進担当課長 西畑彰人氏
デジタル化推進担当課長代理 西川 肇氏
企画担当 江畑嘉紀氏

大阪市では、『大阪市ICT戦略』を策定して以来、最先端ICT都市の実現に向けて
さまざまな取り組みを進めている。その“1丁目1番地”が行政手続きのオンライン化だ。
2020年8月7日の新サービス開始へ、何を考え、どう行動してきたのか
担当されたICT戦略室の皆さんに聞く。

行政手続きのオンライン化を
いかに推進してきたか

西畑彰人氏

西畑彰人氏

西川 肇氏

西川 肇氏

江畑嘉紀氏

江畑嘉紀氏

──8月7日から、「大阪市行政オンラインシステム」のサービスがスタートしました。

西畑 これは、行政手続きの申請から証明書等の交付まですべてオンライン上で完結できるようにする“次世代”の電子申請システムです。市民や事業者向けに提供するもので、セミナー・講座等の申し込みなど従来からの簡易な申請に加え、マイナンバーカードを活用した〈厳格な本人確認が必要な手続き〉や〈手数料等の決済が必要な手続き〉のオンライン申請に対応します。

江畑 「デジタル手続法」の施行により、いま社会からも行政手続きのオンライン化が注目されています。しかし、買い物や銀行取り引きなどで多くの人がオンラインサービスを利用する時代を迎えたいま、もはや旧態依然の電子申請サービスでは立ち行かないことは明らかです。そこでワンランク上の市民サービスの提供を目指して、システム開発に取り組んできました。

──なるほど。

江畑 大阪市では、『大阪市ICT戦略』(2016年3月策定)で〈最先端ICT都市の実現〉を掲げました。行政手続きのオンライン化は、その“1丁目1番地”です。17年度から具体的な検討を開始し、まずは、この取り組みに対する本市としての方針策定に着手しました。策定にあたっては「行政手続きの棚卸し」「電子申請システムの機能調査」を行いました。
 「行政手続きの棚卸し」では、半年ほどかけてすべての行政手続きに対し、その手続きはどんな根拠法令に基づくものか、申請受付から交付までの事務処理や利用する業務システムは何か、申請の対象者は誰か、押印・決済は必要なのか、処理時間はどの程度かかっているのか──などを“見える化”しました。
 第二の「電子申請システムの機能調査」については、われわれが目指す次世代の電子申請システムにはどんな機能が必要なのか、それは既存製品の機能で十分なのか、新しい機能が必要なのかどうか──などを調査し、電子申請システムに求められる機能要件を整理しました。

──それらの調査結果をもとに策定されたのが、『大阪市行政手続きオンライン化推進計画』(18年5月策定)ですね。

江畑 そうです。「電子申請サービスの機能拡充」と「業務改革の推進」が、取り組みの2本柱となっています。合わせて全庁的にこの取り組みを推進するため、ICT戦略室と業務改革担当部門(当時市政改革室、現在はICT戦略室に業務移管)、各手続き所管部署が三位一体でそれぞれ主体的に取り組むこととしました。

──そうした準備作業を経て、推進されてきたわけですね。オンライン化する手続きはどのように選定されたのでしょうか。

江畑 本市の行政手続きは約3400件あります。このうち現状では法令等の制約によりオンライン化が難しいものなどを除き、すべての手続きを検討の対象としています。オンライン手続きは順次拡充を図ります。計画では今年度中に200の手続きを、23年度までに600手続きを、また25年度までに1500手続きのオンライン化実現を目指します。
 一方で、新型コロナウイルス感染症の影響などにより新たな手続きも登場しており、これらにも対応していきます。先頃実施した「感染拡大防止に向けた営業時間短縮協力金」の支給についても〈原則オンライン申請〉とし、新たにサービスを開始した大阪市行政オンラインシステムで事業者からの申請を受け付けました。

西畑 やはり、取り組みを円滑に進めるには優先順位が必要です。そこで申請件数が多い手続きや、子育てや介護などにより区役所に出向くのが困難な市民が行う手続きなどを、重点手続きとして推進しています。

江畑 この取り組みは“総論賛成・各論反対”になりがちです。オンライン化の必要性は分かっていても、実務を考え〈現状を変える〉ことを躊躇(ちゅうちょ)する職員の気持ちは十分理解できます。特に、行政には〈あるべきサービスを安定して提供し続ける〉ことが求められるため、こうした反応も一概に否定はできません。しかし、時代が変わったいま、行政も新たな業務スタイルへの変革が不可欠となりました。
 そのため、どうすれば積極的にオンライン化をしてもらえるかを考えながら日々取り組んでいるところです。ただ、新型コロナの影響もあって職員の意識が変わってきました。現場からもオンライン化の必要性が語られるほど、最近では機運の高まりを感じています。

西川 各部署にとっては、「どのようにオンライン化していくか」を考える中で、これまでの運用手順や事務処理ルールなどを見直すきっかけにもなります。しかし、最初に何か解決の糸口になるようなものがなければ、なかなか動き出すことができません。
 そこで、われわれが“コンサル営業”として現場に飛び込んでいって、まずは「なぜこのような業務フローになっているのか」など、職員と一緒に深掘りします。その上で、「業務フローをこう見直せばオンライン化できる」「これにはこんな代替手段がある」など、手続きのオンライン化に限らず、さまざまなICTツールの活用なども含めてアドバイスしています。これにより「こうやればいいのか」と理解が進めば、他の手続きへと広がっていくのではないでしょうか。
 また、よりスムーズなオンライン化の支援を行うため、20年度よりICTを活用した業務改革について、市政改革室からICT戦略室へ業務移管し、システム開発と一体的に取り組んでいます。

図1 システムの概要

「市民の機会損失」に着目し
費用対効果を考える

本誌編集委員 吉澤智

本誌編集委員 吉澤智

──興味深いのは期待する効果の筆頭に「市民の機会損失の削減」を揚げたことで、損失費用も試算されました。

江畑 行政における費用対効果というと、行政内部の費用削減や業務効率化で測定されがちです。今回の取り組みにおける最大の費用対効果は「市民の機会損失の削減」だと考えています。
 そもそも市民は行政手続きのために時間を費やし、交通費を負担しています。行政手続きのオンライン化により、われわれからは見えにくい〈市民が負っている費用や時間・手間〉を削減することができます。時代の変化に合わせて行政の固定観念も変えていかなければならないと感じています。

──おっしゃるとおりですね。

江畑 大切なのは「市民は何に困っているのか、そのために何をしなければならないのか」という視点で考えることです。
 例えば、システム連携を実現すると職員の業務負荷軽減や効率化の効果が期待されます。一方で審査にかかる職員の処理時間が短縮されるということは、申請から交付までの時間が短縮されることであり、それにより〈利用者への迅速な行政サービスの提供〉が可能となります。それが本当に目指すべき効果なのではないでしょうか。

──「ユーザーファースト」ということですね。次世代の電子申請システムの開発にあたり、重視した点は何だったのでしょうか。

江畑 システムを調達するにあたり、9つの方針を立てました(図2)。なかで最もこだわったのはシステムの使い勝手です。やはり、利用者に使ってもらえなければ“宝の持ち腐れ”になってしまいます。また、ICT分野の技術革新は動きが速く、継続的な機能改善も必要です。それらにも柔軟に対応できるようにしたいと考えました。
 もう一つ、利用者向け機能で重視したのは〈申請状況の見える化〉です。特別定額給付金の際に、自分の申請状況が分からず市民からの問い合わせが殺到しましたが、こうした情報をきちんと確認できることで利用者の安心感にもつながると考えています。
 また、職員向け機能では〈データ分析〉を重視しています。申請情報やアクセスデータなどを分析することにより、利用者ニーズの把握や、手続きのどの部分が分かりづらいかなどが分かり、サービス向上に役立てることができます。今後はEBPM(Evidence-based Policy Making/エビデンスに基づく政策立案)の観点からもデータ分析機能を強化します。

図2 行政手続きオンライン化の方針

──反応はいかがですか。

江畑 利用者から「行政らしくない斬新なデザイン」と評価の声をいただくなど、比較的、高評価を得ていると感じています。ただ、実際に利用し始めたことで改善点も見えてきました。担当者としては、利用者や職員がさらに使いやすくするために、どう機能を拡充していくか、われわれも一緒に知恵を絞っていきたいと考えています。

手続きのオンライン化推進へ
大阪市が先陣を切る!

大阪市役所

大阪市役所

──国も本腰を入れて推進し始めたことで、行政手続きのオンライン化の動きは今後加速していくでしょう。

江畑 現在、多くの自治体が電子申請サービスを提供していますが、その内容は民間や海外の行政機関のサービスに比べると大きく遅れをとっています。こうした状況は誰かが打開しなければなりません。それには、本市のような体力のある団体が先陣を切らなければ、行政手続きのオンライン化は進まない──という思いでこれまで取り組んできました。
 システム開発では、われわれの知見を惜しみなくつぎ込み、電子申請システムとしては最新鋭のものになっていると自負しています。このシステムは、規模に関わりなく全国の自治体が利用できるようLGWAN-ASPサービス(商品名はスマート申請システム)として提供してもらいます。これにより、行政手続きのオンライン化が全国に拡大する役に立てれば、これ以上、幸せなことはありません。

大阪市行政オンラインシステム

大阪市行政オンラインシステム

──当社としても次世代電子申請システムの開発は“未知への挑戦”でしたが、これからもさまざまな形で行政手続きのオンライン化推進に貢献したいと考えています。今後の計画についてお聞かせください。

江畑 行政手続きのオンライン化は段階的に推進する計画です(図3)。現在は全体計画の第2段階にあり、次はいよいよシステム間連携や証明書等の電子交付を実現する第3段階を迎えます。これからの大きな課題は、やはり業務システムとの連携ですね。
 システム間連携については、来年度にかけて、オンライン申請された情報を各業務システムに連携する手法を検討します。業務システム側の改修も含め、スピード感をもって検討を進め、早期実現を目指します。
 もう一つの課題と捉えているのが、証明書等の電子交付です。これについては、まずは本市の条例や制度の整理が必要です。また、電子交付物を第三者に提出する場合、提出先が電子データを受け入れてくれなければ意味がありません。その意味では、官民連携も含めた検討が必要で、これについても率先して取り組んでいきます。まずは、電子による証明書を自治体が発行するという一つの流れをつくり出していきたいですね。

図3 オンライン化の段階的導入のステップ

行政サービスのリモート化で
すべての利用者を〝簡単・便利〟に

江畑 行政手続きのオンライン化とともに大切なのが、「行政サービスのリモート化」の実現です。これについて、本市では今年8月に『大阪市行政手続きオンライン化推進計画(別冊)』を策定し、取り組み方針と今後の方向性を示しました(図4)。
 行政手続きには、対面で確認しなければならないものや相談事が多い案件もあります。そうした窓口対応は、コロナ禍においては来庁してもらうこと自体がリスクとなります。そのためには、Web面談による相談や対面審査、あるいはオンラインでの来庁予約による3密の回避などが考えられるでしょう。これらについては、すでに検討に着手しており、次年度以降速やかにサービス展開する予定です。

──社会環境の変化に合わせて、その取り組みも柔軟に軌道修正しながら進めておられるのですね。変化が常態となったいま、システム開発事業者にとっても、時に応じて素早く判断し、行動することが必要不可欠です。当社としても、懸命に挑戦を続けてまいります。

江畑 この間、TKCは、われわれからの多くの要望にもきちんと耳を傾け、モチベーションを下げることなくしっかりと受け止めて、システム開発に生かしてくれました。1年たったいまでも、そのモチベーションは下がることなく、素晴らしく感じています。この状態を今後も継続して、さらなるデジタル行政の実現に向けて、一緒に考究していきたいと考えています。

図4 行政サービスリモートへの今後の取り組み

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