書面添付実践
「ブルースカイ・シンキング」をモットーに2年で書面添付実践件数を倍増
税理士法人BLUE SKY 栗本知弥(あきみつ)会員(TKC中部会)
栗本知弥会員
直近2年で、書面添付実践件数を38件から75件へとほぼ倍増させた税理士法人BLUE SKYの栗本知弥会員。その背景には、「事務所方針の明確化」「職員の協力」「ハードルを上げすぎない記載内容」があったという。事務所全体で書面添付を推進するポイントについてお聞きした。
簿記の面白さに出会い競馬業界から税理士へ転身
──はじめに栗本先生ご自身のことについてお聞かせいただけますか。
栗本 出身は愛知県額田郡幸田町です。岐阜の大学に行っていたのですが、大学時代に同じ岐阜にある笠松競馬場(羽島郡笠松町)に興味本位で行ってみたら競馬にハマってしまい……(笑)。賭け事の才能はなかったのですが、それでも競馬が好きで、大学卒業後は馬の世話をする厩務員の仕事をしたいと思うようになりました。たまたま大学の友達が有名ジョッキーである安藤勝己さんのお子さんの家庭教師をしていて、その紹介もあって運よく競馬業界に就職することができました。
就職後はいろいろな競馬場で仕事をしていたのですが、名古屋競馬場で働いていたある時、新聞で「名古屋競馬場、累積赤字50億」というニュースを見たんです。さすがに将来が不安になりました。その時私は30歳で結婚していましたし、「このまま自分の好きな仕事を続けるよりも、今後のことを考えて転職したほうがいいかな」と考えるようになったんです。でも一般の会社員はなんとなく向かない気がして、何か資格を取ろうと。そしてさまざまな資格の本を読んで、資格取得を決めたのが税理士でした。一科目ずつ積み重ねていけるというところと、「稼げる」と本に書いてあったので、いいなと(笑)。妻が日商簿記2・3級のテキストを持っていて、簿記の勉強をしてみたら自分に合っていて面白いと感じたことも、税理士を選んだ大きな決め手になりました。
その後何十通と履歴書を送る転職活動をする中で、唯一拾ってくれたのが同じTKC中部会千種支部のハル税理士法人(代表:和田義雄会員)でした。5年半ほどお世話になり、その間に資格を取り、平成24年6月に独立開業しTKCに入会。しばらくは個人事務所でしたが、平成27年4月に税理士法人を設立しました。法人化してから金融機関からのご紹介も増えました。おかげさまで現在の関与先件数は法人・個人合わせて約150件です。
──法人名「BLUE SKY」の由来は?
栗本 競馬場勤務時代に、アラブ首長国連邦のドバイで5カ月ほど働いていたことがあります。中東には、インドやパキスタンなどから出稼ぎで働きに来る人も多く、そうした人たちをまとめるインド人のボスがいました。彼はいつも明るく笑顔を絶やさない人で、「ボスはどうしてそんなに明るいの?」と聞いたら、「俺はいつもブルースカイ・シンキングだから!」と答えたんです。それが強く印象に残っていて、法人化にあたっては「『ブルースカイ』しかない!」と思って名付けました。明るさや爽やかさ、清々しさも感じられていいかなと、気に入っています。
自計化・巡回監査の意義を伝え「会社をよくしたい」経営者と契約
──独立から8年となります。現在の事務所経営のポリシーを教えてください。
栗本 TKC会員としては当たり前のことではありますが、原則として「年一決算は受けない」ことにしています。正直に言えば、独立当初は関与先が欲しくて何でもかんでも受けていたんですが、スタッフへの負担が大きく、それでいて収益は伸びないという悪循環に陥ってしまい、やはり自計化しないとダメなんだと痛感しました。今は顧問契約の段階でしっかり自計化と巡回監査の意義・重要性を伝えて、納得してくれる方とだけ顧問契約を結んでいます。
顧問のご相談をいただいて経営者とお話しする中で、脱税志向のある方や単に値段だけで税理士を見ている方だなと判断した時は、きっぱりお断りしています。その時は顧問報酬額を高めにして提示すると、自然と断られますね(笑)。やはり、会社をよくしたいという思いを持った真面目な経営者の方とお付き合いしたいなと考えています。
──コロナ禍の今、どのような支援をされていますか?
栗本 現在は、関与先のご意向を確認して感染防止策を徹底した上で、短時間で巡回監査を行うよう心掛けています。遠方の関与先にはWebを活用した打ち合わせ等も行っていますが、Webでの対応で本当に満足されているのか、不安な部分もあります。経営者の「本音」をしっかり汲み、臨機応変に対応するしかないと思っています。
幸いにも影響を受けた関与先はそこまで多くないのですが、やっぱり飲食・旅行など業種によってはかなり厳しい先もあります。特に4~5月は、自分が税理士なのか銀行員なのかよく分からないくらい(笑)、融資の相談に応じていました。そうした中でも、TKCモニタリング情報サービス(MIS)を利用されている関与先への融資はかなり早く、ありがたかったです。特に日本政策金融公庫で初めて借入する方でも、二期前の決算書は紙で送っていましたが、一期前の決算書はMISで送ったら審査はかなりスピーディーでした。MIS利用先と未利用先では、着金まで1~2週間の差があったようです。この違いはかなり大きいですよね。
毎月のミーティングで数字をチェック 件数にこだわり書面添付実践件数は倍に
──書面添付実践についてお話を伺います。平成30年は38件、令和元年は75件と実践件数がほぼ倍となっていますね。この背景を教えていただけますか。
栗本 もともと書面添付自体は、個人事務所時代から実践していました。ただ、しっかり経理されていて、「ここは問題ないだろう」という会社だけを対象としていたんです。法人化後もそうした方針は変えていなかったのですが、2年前に役員3人で今後の事務所の方向性について話し合いました。そして、「事務所全体をレベルアップさせ、業務品質と付加価値アップを目指そう」と決め、明確な目標を掲げることにしました。具体的には、①書面添付の実践②40日決算への取り組み③月次巡回監査への取り組み④巡回監査士・巡回監査士補資格者の増加──です。
──書面添付を1番目に掲げたのは?
栗本 税理士しかできない業務であるということと、まだ実践している人はそこまで多くないため事務所の強みにできるかな、と思ったからです。実は中部会会報には毎月、会員の書面添付実践件数が公表されているのですが、同じ代表社員を務めるが、「この順位表の上位掲載を目指そう。そうすれば『事務所の強み・特徴は何か?』と聞かれた時に堂々と『書面添付』と言えるはず!」と提案してきたことも、書面添付推進に力を入れようと決めたきっかけでした。
その後は四つの事務所目標を、毎月のミーティングで使用するアジェンダの目立つ場所に必ず入れて、スタッフの目に毎月触れるようにしました。またミーティングでは、その月に申告を迎える関与先を一覧表にして、関与先ごとに、書面添付の有無、40日決算ができたか否か、翌月巡回監査ができたか否か──を追いかけてチェックするようにしました。自計化と同様、順位や件数といった「数字」を毎月意識するようになった積み重ねが、2年かけて実践件数の増加につながっていったのかなと思います。
でも、一番はスタッフの努力と協力ですね。添付書面は、実際に巡回監査に行ってその関与先のことをよく分かっている担当者に下書きしてもらい、代表社員がチェックして仕上げています。申告時に添付書面がない場合、さりげなく「ここ書面添付やってみようか」と言うと、皆素直に作成してくれます。TKCの研修には積極的に行ってもらっていますが、それ以外に事務所内で書面添付に関して何か特別な勉強会をしたりノウハウの共有をしたりしているわけではないので、明るく素直で真面目なスタッフによる巡回監査をはじめとした日々の蓄積が大きいと思います。
──書面添付実践件数が増えて感じる変化はありますか。
栗本 税務調査が本当に少ないということは言えます。昨年は税務調査が1件もありませんでした。一昨年も、意見聴取は2件ありましたが、1件は是認、もう1件は少し指導があったものの修正申告を出すことなく終えられました。
前年と数字が変わった背景・理由を巡回監査で確認し必ず根拠資料をもらう
──添付書面は職員さんが下書きされるとのことですが、充実した記載内容にするためどのような工夫をされていますか。
栗本 添付書面の記載内容の充実には、毎月の巡回監査で関与先のことを深く知ることが欠かせません。そのためには良い関係性を作ることが前提になると思いますが、ありがたいことに今のスタッフたちと関与先との良好な関係はできあがっています。その上で、書面添付の観点、例えば、前年と比べて大きく外注費が増えている、といったことがあれば、その背景や理由についてしっかり巡回監査で聞くよう指導しています。また必ず関与先からその根拠となる資料の写しをもらうことも徹底してもらっています。それに巡回監査の内容は毎月書き溜めてもらうようにしているので、それらを拾い上げていくと比較的書きやすいということも分かってくれているようです。
──書面添付実践に躊躇される方から、「添付書面に何を書いたらいいか分からない」という声を聞くことがありますが。
栗本 以前、中部会で「書面添付書き方研修」の講師をした時、同様の質問を受けたことがあります。確かに、1年目はまっさらの状態から書くので内容に迷いますし、多少手間もかかります。それでも、①貸借対照表の科目②損益計算書の科目③確認した事項④顕著な増減があった事項──の順に書いていくと書きやすいと思います。2年目以降は、まず前年の記載内容を複写して、イレギュラーな事項をプラスして書いていけばいい。うちのスタッフもこのセオリーを理解しているので、実務経験が浅い者でも比較的スムーズに取り組んでくれています。
それと記載内容のレベルアップは重視していますが、一方で不動産賃貸会社など申告内容が毎年あまり変わらない関与先については、そこまでハードルを上げていません。「変に書き込もうとせず、そのままの事実を書けばいいよ」とスタッフには言っています。そもそも書面添付は、関与先と税理士の信頼関係を基に成り立っているもの。「税務の専門家」としての立場から、どのように決算書・申告書を作成したか等についてありのままに記載し、構えることなく実践すればいいと思います。「書面添付をするぞ!」という所長方針を決め、まず1件から踏み出していただきたいと思います。
代表を務める木全洋介会員(前列左から3人目)・職員さんと
税理士の社会的地位向上のためにも書面添付の件数を増やし社会に広めたい
──課題を含め、栗本先生の今後の夢について教えてください。
栗本 書面添付をもっと世の中に広めたいですね。坂本孝司TKC全国会会長もおっしゃっていますが、書面添付が、税理士という職業の社会的地位の向上に貢献するはずだと私も本気で思っています。ただ現状は、経営者の会合に行って「書面添付って知ってる?」と聞いても、9割以上の経営者は「知らない」と答えます。法人税であれば9.5%と、1割にも満たない状況ですからこれはある意味当然の結果なのですが、せっかく税理士の権利として書面添付制度が与えられているにもかかわらず、このような状況が続くと書面添付制度をなくすという事態にもなりかねません。書面添付は数も重要だと考えていますので、今後も書面添付は積極的に実践していきたい。また経営者にも理解いただけるよう折に触れてアピールし、「税理士の社会的地位向上」という夢を実現させたいです。
税理士法人BLUE SKY
(インタビュアー/TKC全国会事務局課長 多田篤史、構成/TKC出版 篠原いづみ)
(会報『TKC』令和2年11月号より転載)