事務所経営
人材育成を根幹とした体制を実現し、黒字化支援に力を入れる
馬場輝税理士事務所 馬場 輝会員(中国会・岡山県支部)
馬場 輝会員
現在職員が8名の馬場輝税理士事務所は、開業から10年経つが、未だに退職した職員がいないという。人材の育成を第一とし、企業の黒字化支援に力を入れる馬場会員に、事務所の体制づくりの話などを聞いた。
職員時代に先輩のTKC会員から薫陶を受け、独立と同時に入会
──税理士になろうと思ったきっかけについて教えてください。
馬場 今はもう亡くなりましたが、伯父がTKC会員の税理士でした。それで税理士という職業があるのを知り、伯父の事務所で修行させてもらうことにしました。バブルがはじけた後で就職先もなかったので(笑)。
伯父の事務所で7~8年働かせてもらう間に資格を取りました。そして自分の力で事務所をやってみたいと思い、30歳のとき独立開業しました。
──すぐTKCに入会されたのですか。
馬場 職員時代に参加していた中国会の職員勉強会で、現TKC中国会会長の森末英男先生や同相談役の楢原巧先生が地区の世話役をしてくださっていて、いろいろなお話を伺う中でTKCの取り組みに魅力を感じていました。ですから開業と同時に迷うことなく入会しました。
──事務所がある西大寺という地区はどういう特徴がありますか。
馬場 今は岡山市の一部ですが、もともとは西大寺市という一つの市でした。合併したのは私が子どもの頃ですからかなり昔の話ですが、生活圏や商圏は岡山市の中心部とは別になっている感じです。
西大寺のある岡山市東区は、人口は市全体の10%程度でそれほど多くありませんが、工業生産高は約30%あります。南側が中小企業の工場が多い地域です。
税理士会でも西大寺支部という独立した支部があります。人数が少ないので租税教室やセミナーの講師などの役が頻繁に回ってきます(笑)。
人材の育成を第一と考え、費用と時間を存分にかけている
──事務所の経営方針・特色などについて教えてください。
馬場 経営理念には、まず人材育成をしていくということを掲げています。
職員にはTKCの巡回監査士試験、さらに税理士試験への挑戦を推奨しています。最高の環境で勉強させてあげたいので、税理士試験の専門学校の学費は無条件で全額事務所が出しています。まだ私の他に資格保有者はいませんが、あと1、2科目に迫っている者がいます。
大卒の場合、監査担当者になるまで基本的に2年9カ月かけています。その間は同行監査のみで、1人での巡回監査はさせていません。短期的な事務所の収益を考えると非効率ですが、これが私の事務所経営の根幹なのです。
あとこれはうちの特色だと思いますが、「ビジネス実務法務検定」の資格取得を奨励しています。周辺業務の法務についても巡回監査時によく聞かれるのですね。そういう面も広く薄く知っておいて、一旦相談を受けた上で、弁護士、司法書士、社労士といった専門家につなぐようにしています。業務に関連する書籍も事後報告で自由に買ってもらっています。
また、月初の所内ミーティングの日に、お付き合いのある金融機関や他士業の方を講師として、専門的な知識を学ぶ所内研修をしています。
──職員の育成を第一に考える理由はなんでしょうか。
馬場 会計事務所では人がすべての付加価値を生むと思います。職員が勉強しやすい環境を作ることが、事務所の付加価値を磨いていくことだと捉えています。
記帳代行だと簿記2級ぐらいの知識があれば誰がやっても同じ結果になると思います。しかし、きちんと経理指導して、巡回監査に行けば残高も合っているという状態になって、プラスアルファの仕事をさせてあげようと思うと、高度な税務や会計の知識が必要になってきますよね。だから勉強が欠かせないのです。
経営理念
[事務所の経営姿勢]社会の安定の礎となる人材を、親身になって育成する。
[事務所の存在意義]社会の安定の絶対条件である、企業の存続・発展を徹底的に支援する。
[事務所の行動規範]社会の安定のために、常に公正な立場で判断する。
黒字化支援に特化し、専門家のネットワーク作りに力を入れる
──事務所の業務として、特に力を入れている点は。
馬場 企業の黒字化支援に特化したいと考えています。税務を疎かにするわけではないですが、赤字の企業がうちの事務所に来て、黒字になって生き残り、雇用も守れたら、世の中のためになるやりがいがある仕事だなと思ったので。いま関与先の黒字割合は62.3%です。新規の関与先は赤字のところが多いので、なかなか上がりません(笑)。
企業の課題解決と黒字化を支援するために、他士業との連携にも力を入れています。自分でもいろいろ勉強しましたが、やっぱりその道のプロには勝てません。他士業の中でもエキスパートといわれる、弁護士や司法書士なら会社法に強い人。社労士なら従業員さんから訴えられても大丈夫なように就業規則などを見直してくれる人。建設業の許認可に強い行政書士や知的財産権に強い弁理士。そういうような方々と連携しています。
──どのようにして力のある専門家を探すのですか。
馬場 案件を実際に頼んでみて、確かめました。あとは仕事をしている中で何らかの接触が偶然にあったときは、その偶然を大切にして、意識的に関係を作るようにしました。
いまは経営改善や再生の専門家チームを作ろうと思えば1日でできる状態です。たいていの案件に対応できるので楽になりました。
巡回監査・KFS・会計要領のすべてを全関与先に提供することが基本方針
──ここ数年の事務所経営の状況はいかがですか。
馬場 売り上げはずっと伸びていて、平均すると年間10件ずつぐらいは関与先が純増しています。事務所を開業して3~4年は、ほとんど個人のお客さまの創業をサポートして、2年後に法人成りしてだんだん大きくなっていくというパターンでした。ここ最近は、今月の資金繰りにも困っているような企業の経営改善支援をきっかけに関与するケースが多いです。いまは関与先拡大のために特別に取り組んでいることはなく、すべて金融機関や他士業からの紹介で増えています。
──事務所経営の面ではどんな工夫をしていますか。
馬場 バランス・スコアカード経営を実践しています。5年ほど前にTKC岡山県支部で受託した経営革新塾や後継者塾の講師を務めたことがきっかけです。TKCで作成している『経営革新塾テキスト』や『後継者塾テキスト』にバランス・スコアカード経営の内容が入っていたので、まず自分で実践してみました。そこから継続して取り組んでいます。
──会計法人は「株式会社KFS」という名称ですが、これはKFS実践への決意を表しているということでしょうか。
馬場 開業のときからKFSをやろうと決めていたのでこの名称にしました。全関与先に巡回監査、KFS、中小会計要領などのすべてを提供していく方針で、すべてを提供するのが当たり前というかそれ以外ないぞという姿勢です。
──KFSへの具体的な取り組みについて教えてください。
きれいに整頓された事務所内はスペースにゆとりがある
馬場 自計化は、FX2の導入を契約時の基本的な条件としています。自計化と初期指導については、職員が相手のレベルや状況を見ながら工夫して対応してくれています。自計化をしている先には、継続MASで予算を100%登録し、巡回監査の際も予実対比を中心に社長さんと話をするようにしています。予算は毎年、決算検討の際に作成しています。
書面添付は関与開始から2~3年は様子を見て、その間に書面添付できる体制になるように指導していって、全関与先に実施するようにしています。
7000プロジェクト20件超が目標
中小企業診断士との連携で実績を挙げる
──7000プロジェクトでも3月末までの実績で13件と高い実績を挙げられています。
馬場 関与先を支援した案件と関与先外を支援した案件が半々ぐらいです。金融機関などからいま月に1件ぐらい関与先外の案件の相談が来ていますので、経営改善支援に強い事務所だと認識いただいているのかなと思っています。相談を受ける案件の中にはソフトランディングの廃業を提案して弁護士さん・司法書士さんにつなぐケースもありますが、今年度中に20件は超えられると思います。
──具体的にはどのように取り組んでいるのでしょうか。
馬場 中小企業診断士さんや「OB人材」を活用して、必ず事業デューデリ(事業DD)を組み込んでいます。中小企業診断士協会の支部長が個人的な知り合いで、その縁からいろいろな業種に強い診断士さんを紹介してもらっています。はじまりは個人的なつながりですが、TKCの支部にもそのつながりを広げています。
計画書の作成と事業DDと金融機関との調整が7000プロジェクト実践の三本柱だと思います。そのうちの一つをお願いするので、事業DDの費用として、経営改善計画策定でいただいた料金の概ね3分の1をお支払いしています。
──中小企業診断士と連携する具体的なメリットは何ですか。
馬場 事業DDのプロはいいものを作りますから、金融機関の納得度も違うと思います。例えば、飲食店の経営改善だったら、流行の盛りつけ方などを提案して具体的な写真にして見せるとか、製造業なら試作品を持っていくといったことで、金融機関の方にも「良さそうだな」と思われるのですね。数字でいくら説明するよりも、ビジュアルとか実物という定性的なところの方が、金融機関の評価につながりやすいのだと思います。
この事業の利用に補助金があるとはいっても、企業の一部負担はありますから、外部の人間も入った方が、経営者に納得感があるのではないかと思っています。
残業ゼロ、職員の自主性を活かす方針
退職した職員が1人もいない
──所長の方針を職員さんに徹底するために工夫していることはありますか。
馬場 方針を徹底するということはそれほど意識していません。経営理念に沿ってやってもらっているだけです。みんなが私のやりたいことを理解してくれていて、まだ開業して10年の事務所ですが、離職した職員は1人もいません。
──職員さんをそれだけ定着させている秘訣は何でしょうか。
馬場 残業はほとんどゼロだということがあるかもしれないですね。残業はあっても1カ月で数時間のレベルです。
会計事務所に勤める人間はまじめな人が多いので、基本的にきちんと仕事をしてくれると信じており、あまり管理はしていません。入所から3年以上経って、監査担当者として独り立ちしたら、あとは自分で考えて行動するように任せています。自分で考えて動くのと他人から言われて動くのでは違いますからね。
──残業を少なくできた理由は。
馬場 担当している関与先は1人15~20件ぐらいで多くも少なくもない程度です。基本的に自計化していますから「作業的な仕事」にかかる時間が少なくて業務効率が良いのだと思います。
経理指導が十分できている先では、巡回監査時の指摘事項なども少ないですし、チェックに使う時間が1時間弱で、あとは会話の時間ですから、1件当たりの巡回監査時間は1時間半から2時間程度。移動時間を入れても1日で2件から3件行けますので、極端な話、15件なら1週間で終わらせることも可能です。月末に集中していることも多いですけど(笑)。年一は受けていませんので、確定申告の時期も残業が必要なほどには忙しくなりません。
少しでも暇な時間があったら税理士試験の勉強をしてもらってもいいし、お客さんの現場を見せてもらうなど、いろいろ社会勉強をして自分の幅を広げてもらうこともいいと思っています。
事務所の皆さんと
職員がプライドを持って「社会を支える仕事」に取り組める環境にしたい
──事務所の収益性や職員さんの報酬といった面はいかがでしょうか。
馬場 顧問料は近隣の相場より少し高めだと思います。経営支援に力を入れていることで、年一や記帳代行型の会計事務所から移ってこられるお客さまにとっては「違うサービス」になっていますから、料金のことで特に何か言われることもありません。
職員の給与体系は岡山県の地方公務員の水準を意識したものにしています。通常の給与以外のインセンティブは、いまは設けていません。私自身の給与も同じ体系に基づいて決めています。
──今後の事務所の展望をお聞かせください。
馬場 会計事務所で働く人がプライドを持って、やりがいのある仕事ができるような環境をさらに整えていきたいと思います。経営改善など、「社会を支える仕事」をして、学生に「ああいう仕事をしたいな」と思われるような事務所にしたいですね。
(TKC出版 蒔田鉄兵)
(会報『TKC』平成27年8月号より転載)