事務所経営
いち経営者として真剣にKFSを推進 関与先と職員の幸せを実現する
村田忠嗣税理士事務所 村田忠嗣会員(静岡会沼津支部)
村田忠嗣会員
「真剣に関与先支援に取り組むことは事務所の経営を圧倒的に良くすることにつながる」と語る村田会員。理念の共有や経営計画の浸透を徹底するため20年計画をもとに職員との約束と目標を作成している。事務所経営の眼目について聞いた。
「丸ビルの歯医者の伯父さんの話」を教訓に絶対にUターンしないと決意
──開業までの経緯を教えてください。
村田 大学卒業後に母の紹介で税理士事務所に就職したのですが、私が27歳の時に勤めていた事務所の所長が突然亡くなられ、仕事に追われてほとんど家に帰れない日々が続きました。ある日妻から「仕事を辞めて資格を目指してみたら」と言われて、3日間寝ずに考えて資格取得を決意しました。3日後、妻に「税理士を目指すから」と伝えた時には「そんなこと言ったっけ?」とすっかり忘れられていましたが(笑)。
それからが大変で、授業料を捻出するために車を売り、そのお金で東京の水道橋にある大原簿記学校に通いました。当時の私は頑張るのが嫌いな性格で、初めて受けた簿記論の試験は全国で下から3番目(笑)。税理士試験の合格者は上位1割程度なので、どう転んでも受かるとは思えないくらいの成績です。
それから奮起して、なりふり構わず1日13時間必死に勉強しましたね。歩きながら勉強したり、寝言で税法の条文を唱えるほどで(笑)、平成6年になんとか税理士試験に合格することができました。
──くじけそうになりませんでしたか。
村田 私が諦めなかったのは、職員時代に飯塚毅全国会初代会長の講演で聞いた「丸ビルの歯医者の伯父さんの話」が頭にあったからなんです。少年時代の飯塚初代会長が、東京丸ビルで歯医者を営む伯父さんを訪ね、丸ビルの屋上から眼下にある東京駅を眺めて、多くの人が行き交う姿を見て、伯父さんに「あの人たちを抜こうと思ったら、僕は、普通の人の何十万倍もの努力をしなくちゃ、あの人たちを抜けないことになるんだよね?」と聞いたそうです。しかし伯父さんから、どんな仕事であっても必ず泣きどころ、いわゆる壁があって、その場合に人は99.9%はUターンする。だから、「Uターンしないほうの0.1%の中に入っていればいいんだよ」と言われたそうです。その話を覚えていて、絶対に諦めないという気持ちが強烈にありました。
──開業後は、すぐにTKC全国会に入会されたのですか。
村田 平成7年6月に開業して、9月にはTKCに入会しました。きっかけは、静岡会の青嶋伸治先生からのお誘いです。職員時代もTKC会員事務所に勤めていたので、青嶋先生とは地域会主催の職員研修で知り合いました。頼りになる「兄貴」のような存在で、分からないことがあると電話で相談したり大変お世話になっていて、税理士試験合格を報告した際、「お前の入会金くらい俺がだしてやるから」と声をかけてくださったんです。
大変ありがたいお話ではありましたが、すでに他社システムに決めていたので、お断りしに青嶋先生の事務所を訪問したのです。ところが、青嶋先生の背中がとてもがっかりしているように見えたんですね。「なんてことをしてしまったんだろう」と思い直し、帰りの電車の中では、TKC入会を決めていました。
──開業当初、特に印象に残っている出来事はありますか。
村田 初年度の年収は230万円と大赤字。子供もいましたから、当時、家族を食べさせていくためにも「なんとかして稼がなきゃいかん」という状況でした。
当事務所の理念は、「自らを高め続け、世の中に貢献し、物心両面みんなで豊かになる」として、社是に「自利利他」を掲げています。経営に対する考え方が大きく変わったのは、開業6年目の平成13年に経営の「師匠」である稲盛和夫さんの盛和塾に入り、「稲盛和夫流経営」を実践するようになってからです。
盛和塾に入ったきっかけは、新聞記事で稲盛さんのコラムを読んで、たまたま「利他」の2文字が目に飛び込んできたこと。私自身、TKCに入会してから、飯塚初代会長と坂本孝司先生の講演テープを擦り切れるほど聞いて、「自利利他」という考えがとても心地よかったんですね。稲盛さんも「自利利他」なんだと知り、TKCの思想と共通する部分もあるという思いから盛和塾に入りました。
──株式会社かいけい村の名称でホームページやブログを作成し、経営・人生に役立つ多岐にわたる内容を発信されています。かいけい村という名前の由来はなんですか。
村田 平成15年6月に、会計法人の名称をかいけい村にしたのですが、「会計」をひらがなにしているのは、やさしいイメージを持たせたかったからなんです。簡単の「易しい」と利他の「優しい」という2つの意味を込めています。会計の重要性を経営者に分かりやすく伝えることができる、思いやりある会社にしたいという思いからきています。
KFSをやる・やらないの議論はしない 何年かけても100%を目指す
──事務所の概要とKFSの実践状況を教えてください。
村田 私の他に職員が6名いて、そのうち巡回監査担当者5名(巡回監査士4名含む)、総務1名の事務所です。関与先は法人が66件、個人が7件で、計73件。入れ替わりや廃業なども含めると、これまで150社ほどとのお付き合いがありました。
継続MAS全件、FXシリーズ69件、書面添付46件という状況です。毎月、各推進担当を決めて、進捗状況を必ず報告してもらっています。法人全社に「中小会計要領」を適用し、減価償却などの基本的な会計処理も統一しています。
「村田」という漢字をモチーフにかいけい村のロゴマークを作り、それを社章にしました。私は、知らないうちに傲慢になるので、いつもこの気持ちを忘れないようにと「謙虚にして驕らず更に努力を」の意味を込めました。
──村田先生は、本誌平成16年3月号の座談会で、「継続MASとTKCシステムによる自計化をセットで推進」することの重要性を当時からお話しされていますね。
村田 継続MASとFXシリーズは、セットでの推進が進んでいる状況です。会社の予算は、あるべき姿を数値化したものです。予算と実績を比較することは非常に重要で、両システムを使えばそれが簡単に把握できます。あるべき姿が分かれば、あとは比較して、どこを直せばいいのか見ていけばいいわけです。何年かけてもKFS100%を目指しますから、KFSをやるか、やらないかという議論はしません。
──KFS推進の前提となる翌月巡回監査についてはいかがですか。
村田 個人であっても必ず毎月巡回監査をしているので、それをご理解いただけない場合は、自然とお付き合いがなくなりました。
職員が巡回監査をしていますが、別途私が社長面談に行く関与先もあります。経営者からの依頼であれば、早朝から、深夜まで何時でも駆けつけます。悩みごとのない社長はいませんから、できるだけ経営者の身になってアドバイスすることで、社長からさらに込み入った相談をしてもらえるようになるんです。そういうお客さまが1社、2社と増えることで事務所が成長し、顧問料が自然と増えて高収益事務所になりました。
飯塚初代会長は、「経営とは『自利利他』を実現する人間の営みである」と仰いましたが、お客さまの業績がよくなることが私たちの幸せなので、日々の巡回監査でそれを実現するように職員にも指導しています。
MR設計ツールを活用して時間当たりの利益を管理
──自計化はどのように進めておられますか。
村田 私は、FXシリーズを使っていかに稲盛さんの提唱している「アメーバ経営」ができないものかと常々考えてきました。アメーバ経営は、売り上げ、粗利、経費、利益だけではなく「時間当たりの利益がいくらなのか」という数値を使って経営を見ていきます。
以前は、エクセルを使って試行錯誤したのですが、渡りに船となったのが「マネジメントレポート(MR)設計ツール」の機能です。これを使ってデータを切り出して、オリジナルの帳表を作り時間管理ができるようになりました。それが事務所の強みでもあり、TKCシステムによる自計化が経営に役立っています。
──FX4クラウドの導入も進んでいるそうですね。
村田 基本的に、既存の関与先から移行する場合は、担当の職員から案件が挙がってきます。FX2からFX4クラウドに移行したケースでは、「仕訳読み込みテンプレート」がポイントでした。売り上げデータ等のファイルを仕訳データとして読み込めるので、仕訳のボリュームが多い関与先でも簡単に入力することができます。
新規のお客さまは必ずTKCシステムで自計化していただくので、最初に機能の違いなどを説明して、FX2とFX4クラウドのどちらを入れるか確認しています。新規の場合は、私が初めにどのシステムを使うか決めてきてしまうのですが、その後の対応は全て職員が行います。
「入れてくれればいいな」という気持ちではなく、どんなときでもお客さまの経営に役立つよう親身になって、自信を持ってシステムの良さをお伝えします。TKCシステムを使って、「財務の浄化」「経営の浄化」を実現したいという一心です。
「社員との約束」と「個人目標」を設定し事務所に掲示
──自計化を進めることで、事務所経営にも変化がありましたか。
村田 先日、地域会の会合で坂本孝司静岡会会長が、「KFSや認定支援機関としての取り組みを推進していますが、皆さんの事務所の売り上げ、職員さんの給料は伸びていますか」と問われました。まさに、真剣に関与先支援に取り組むことで、それを事務所の売り上げや利益に直結させることが非常に重要だと考えています。どのお客さまよりも圧倒的に自分の事務所経営がよくないと、経営指導はできません。KFS100%を目指して事務所経営がよくならないと意味がないわけです。事務所経営の目的は、職員と関与先の幸せを実現することであり、そのためにKFSを推進しているわけですからね。
──事務所の経営計画を毎年作成されているそうですね。
村田 将来どのような事務所経営をしていくか職員に伝えるために、平成17年から毎年20年計画を作っています。計画は、1年目、2年目、3年目、5年目、10年目、15年目、20年目まであります。その経営計画を俯瞰逆算して、年初の会議で必ずその年の私の「社員との約束」と「個人の目標」を説明して、その紙を所内に掲示しています。
約束の前文に「この約束を破ったら社長を辞めます」と宣言しています。今年は「経常利益20%を目指し、最低でも10%は達成します」「誰にも負けない努力の実践として、最低でも年間5,000時間働きます」などの17カ条を掲げました。個人の目標は、「自己経営」「家庭経営」「事業経営」「その他」の項目ごとに記載しています。
もちろん目標は職員にも作成してもらいます。この約束の話をすると非常に驚かれるのですが、それを怠らないように、自分でチェックリストを作り「社員との約束」と「個人の目標」を読むことを日課の一つとしています。
全職員の目標は所内に張りだされている
「税金を1円でも多く払うことが事業発展の要諦です」と説明
──関与先さんは、どのような経緯で関与されることが多いですか。
村田 以前は、定期的に訪問していたこともあって、一番多いのは金融機関からの紹介です。しかし、「必要なお金しか借りない」と方針を決めてからは、金融機関を積極的に回ることを止めたんです。返済が必要な分だけ利益を出さなければ当然、経営を圧迫します。会社は売り上げが下がるから倒産するのではなく、借りたお金の返済ができなくなるから倒産するわけです。たとえ売り上げが下がっても、返済する必要がなければ、経費を下げて対応できる。利益を出して税金はきちんと支払い、内部留保を厚くする経営を目指しています。
しかし、私の考え方をきちんと理解してくださる金融機関からは、いまもご紹介をいただいています。金融機関との交流は継続しており、地元信用金庫の支店では毎月勉強会を開催しています。
──関与先の黒字決算割合はどのくらいですか。
村田 直前期の黒字決算割合は約56%です。平成20年のリーマン・ショックの影響を受けて売り上げが急激に落ち込んだ会社が数社あって、何とか立ち直ってもらうために一時的に顧問料をゼロにした時期もあります。その時の報酬は減りましたが、いまはリーマン・ショック以前の状態に戻りつつあります。
私が目指すのは「清らかな経営」です。売り上げが上がれば当然税金も上がりますから、かつてお客さまから「税務署の回し者か?」とお叱りを受けたこともあります。しかし、「税金を1円でも多く払うことが事業発展の要諦です」と説いて、納税まできちんとしていただく方向に導きます。
数字はすごい道具です。この数字をいかにポジティブに伝えるかということが重要なんですね。たとえば野球の場合、バッターに対して「ノルマだからヒットを200本打て」というのと、「200本打てば記録が樹立される」というのでは、同じ目標でも印象が違うわけです。
──どんなアドバイスをされていますか。
村田 社長にしっかり経営していただくことが目的ですから、難しいことを言わないようにしたんです。できるだけシンプルにお話しするようにしています。経営をする上で最も重要なことは、どんな業種であっても、「自分の仕事を一生懸命頑張る」「社員と心を合わせる」という2つなんです。加えて、それがうまくいっているかどうかを確認するのが「会計」です。「売り上げや利益という数字を使って、うまくいっているかどうか確認しましょう」とお伝えすると、皆さん納得されますね。
企業に必要なのは、収益性と安全性の2つです。もう一つ加えるとしたら成長性ですが、「基本的には、P/LとB/Sの両方をバランスよく強くしていくだけでいいですよ」とお伝えしています。それ以上細かく確認するときには、そこではじめて枝葉を一つひとつ見ていけばいいわけです。
自分勝手な言動は許さない 「人間力」と「仕事力」のバランスが重要
──事務所の経営理念を職員さんはどのように理解されているのでしょうか。
村田 所内のチーム力の状況を表す私なりの基準があってレベルわけしています。それは、「心と行動が両方不一致」「行動は一致、心は不一致」「行動と心が一致」「助け合う風土」「仲間のために頑張る」「仲間のために尽くす」──というものです。事務所の現状は、お互いに助け合う風土ができつつあります。
私自身の幸せは、職員に①世間並みの給料②安心できる将来性③良好な人間関係④正当な評価⑤人間力と仕事力の成長⑥人の役に立って感謝される──の6つを与えることです。そのためには、全員の方向性を合わせることが経営の要諦なので、私が開催している経営者向けの「フィロソフィ勉強会」に職員全員に出席してもらって理念を共有しています。
採用面接の際にも、事務所の理念や方針説明に4時間かけ「うちは厳しいよ」と正直に話しますし、私は「社員を我が子と思い、本気で成長を祈り、本気で叱ります」と宣言しているので、職員もそれは理解してくれています。いくら仕事ができても自分勝手なことをしていれば、「自分のことばかりしないで手伝いなさい!」と自分の子供と同様に真剣に叱りますからね。
朝礼のスピーチで使う「日めくりカレンダー」
私の理念や考え方を伝えるためには、朝礼も大事な時間です。11個の日めくりカレンダーを使って、毎朝順番に職員がスピーチします。内容は、日めくりに書いてある言葉をテーマに自らの実践を話すというものです。スピーチの後には、その場で私がコメントする、ということを繰り返し、理念の統一を図っています。
職員ともども「人間力」と「仕事力」をバランスよく養い、成長した力でお客さまのお役立ちをしたいからこそ、こうした取り組みをしています。お客さまの経営が伸び、事務所の経営も伸び、物心両面の豊かさを手に入れてみんなで幸せになるために、理念を肌で共有しています。
──今後の事務所の課題はありますか。
村田 事務所には資格者がいないので、職員に税理士試験に合格してほしいですね。事務所を永続的に安定させていくために、いずれは税理士法人を設立したいと考えています。
──来年の開業20周年に向けて、抱負をお願いします。
村田 私は、福島県にある日本3大桜の一つ「三春の滝桜」のような事務所にしたいと常々考えています。たとえ立地などの条件が良くなくても、魅力ある仕事をすれば必ずお客さまが集まる。実力だけで、真っ向から勝負する王道の経営戦略です。そのために本当に必要なところにのみお金を使うことを徹底してきたからこそ、事務所の売上高以上に預金が貯まり、自己資本比率90%超の無借金経営ができていますし、職員の給料にも反映させることができています。
私は、税理士資格を持ついち経営者として生きていきたい。しかし、決して間違えてはいけないことは、自分の成果は、天からの恩恵をいただいているからこそだということです。自分の実力・成果だと傲慢にならず、謙虚にして驕らず更に努力を続けていきたいと思います。
職員の皆さんと
(TKC出版 益子美咲)
静岡県駿東郡長泉町生まれ。平成6年12月税理士試験合格、平成7年6月開業。同年9月TKC入会。
村田忠嗣税理士事務所
住所:静岡県駿東郡長泉町下土狩798-2
電話:055-986-4950
関与先数73件(法人66件・個人7件)。職員6名(巡回監査担当者5名〈巡回監査士4名〉・総務1名)。
翌月巡回監査率97.7%、継続MAS(予算登録)73件、FXシリーズ自計化69件、書面添付46件、中小会計要領66件。
(会報『TKC』平成26年6月号より転載)