事務所経営
「基本」に忠実に、新分野へ挑戦し関与先のニーズに応えていく
常世田税理士事務所 常世田正之(東京中央会中央支部)
常世田正之会員
経営革新計画承認支援や経営改善支援、海外展開支援など、新分野の業務にも積極的に取り組んでいる常世田正之会員。TKC会計人の基本業務を大事にしながらも、「一歩先へ」と攻めていく常世田会員の事務所経営手法を聞いた。
継続MASの広告を見てピンときてTKCに入会
──会社員、寝具店経営者を経て税理士になられたそうですね。あらためて税理士となるまでのストーリーを教えてください。
常世田 大学卒業後は旅行代理店に勤務しました。その後、両親が体調を崩したことをきっかけに、家業の寝具店を継ぐことになりました。
もともとは私の祖父が綿屋を始め、父が分家して寝具店へと業態を変化させました。戦後の何もない時代に布団を提供するというのは非常に価値のある仕事だと考えて経営していたそうなのですが、時代の流れとともに寝具の主流は綿布団から羽毛布団へと変化していきました。そうすると布団は1回買えばほとんどメンテナンスフリーで長持ちするので、うちの存在意義は何だろうと。今後何十年も存続していけるのか──という危機感を抱くようになりました。
そこである時、誰が何をどれだけ買ってくれたかというのをデータベース化したんです。そうしたら「お得意さん」と思っていた人でも、1年間を通してみるとほとんど買ってくれていないことがわかった(笑)。それに一組20万円くらいする布団は1日に二組売れればたいしたもので、雨が降るとゼロの日もある。時間はあったので、経営の傍ら税理士試験の勉強を始めたんです。そして5科目に合格してから会計事務所に勤めました。
──なぜ税理士だったのでしょう。
常世田 理由は単純で、「これなら生計を立てられそうだ」と思ったからです。寝具店の顧問税理士は身なりがきちんとしていてベンツに乗って来るし、羽振りがいいなと思って(笑)。
会計事務所勤務時代にはいまの事務所経営に生きている経験が結構あります。当時の所長は公認会計士で、職員の回転率が早い事務所だったんです。入所して7ヶ月で私が一番の古株になってしまったほど。教えてくれる人がいないから業務も全部自己流で、「これで大丈夫かな」と内心思いながら、税理士業務のスタンダードがわからないまま仕事をしていたんです。
だからTKCに入会したんですよね。独立前にはTKCのことはほとんど知らなかったのですが(笑)、独立準備を進めていた時、税理士向けの情報誌を眺めていたら継続MASシステムの広告が載っていたんです。私は経営計画が必要だなとずっと思っていたので、ピンときてすぐにセンターに問い合わせました。翌日さっそく担当者が来て、話を聞いたら財務データは連動するから過去データの入力が要らないという。しかも1ヶ月2万円と安い。非常に良いシステムだなと思いました。
それに、TKCには所長向け・職員向けの研修体制も整っているという。魅力的なシステムもそうですが、それまでずっと悩んでいた税理士業務の「王道」をきちんと教えてくれそうだなと思い、平成13年に独立と同時に入会しました。
──開業から12年が経ったわけですね。
常世田 自分の仕事を忠実にしていれば人が喜んでくれる。ここに非常に大きなやりがいを感じます。人の喜びが自分にとって最高の喜びの一つだと実感できたのは大きいですね。
──これまでで「壁にぶつかった」と感じた時期はありましたか。
常世田 昨年税理士登録した若山昌美(TKC東京中央会)を採用したときは関与先が10件ほどで、給料は出せましたが暇で大変でしたね。「所長、今日は何しましょうか」と言われるのが辛かった(笑)。仕方ないから「業務マニュアル作成して」と頼んで、私はその間に外に出て近隣エリアの金融機関の支店を回っていましたね。訪問するだけではインパクトがないので、定期積金を始めてみたのもこの頃です。
金融機関とのお付き合いもここから始まりましたし、おかげさまで関与先を紹介していただけるようになりました。都内の金融機関は異動が多いためか、紹介いただけるような関係づくりが難しいので特にありがたいと思いますね。
経営革新計画承認支援セミナーの人脈で「相続対策支援センター」を設立
──現在、事務所経営で力を入れていらっしゃることは何でしょうか。
常世田 今年はテーマを2つ持っています。一つは短期的なテーマで、相続対策。事務所収益の一つの柱になるのではないかと思っています。
5年ほど前、弁護士・社会保険労務士・行政書士など士業の人たち7名でネットワークをつくり、「相続対策支援センター」を設立しました。個人のビルオーナーや中小企業経営者の相続は、対策の立て方によっては必ずしもハッピーにならない場合があります。そこで経営や税務、不動産などその道の「プロ」が、専門的な知見を持ち寄ってあらゆる角度から考え抜いたベストな解決策を提供しよう──との目的意識から立ち上げました。
設立当初はそれほど反応がありませんでしたが、去年あたりからかなり案件が出てきました。特に平成25年度税制改正で、相続対策・事業承継対策をあらためて見直さなければいけない、という不安を抱えている方は多いようです。税制が動くと相談も多くなりますからね。
──ほかの士業の方とはどのようにお知り合いになったのですか?
常世田 きっかけは、中小企業経営革新支援法(現中小企業新事業活動促進法)に基づく経営革新計画承認申請を支援する目的で毎月開催していたセミナーです。
じつはこの制度ができてすぐ、「事務所ホームページ活用による新規顧客拡大」の取り組みで当事務所自身が承認を受けました。ですから申請に関するノウハウを伝えようという目的でセミナーを開いていたのです。結構案件があって、10件くらいは承認の支援をしましたし、関与先の拡大もできました。このセミナーで、経営・不動産コンサルタントの方と知り合ったのがはじまりです。そこから人が人を呼ぶかたちで一人ずつ増えていったと思います。
「タイに巡回監査を!」を合言葉にタイに会計事務所を開設
──もう一つのテーマは何でしょう。
常世田 もう一つは中長期的なテーマで、海外展開支援です。
我々にとって中堅企業は優良関与先ですが、近年はそうした企業から海外に進出してしまっているし、それに進出先では日系の大手税理士法人が顧問になっている。しかもその業務品質は価格に見合っておらず、タイムリーな会計情報が得られていない──ということに対して非常に危機感を抱いていました。
そこで昨年2月、松本憲二TKC東京中央会会長の発案により地域会プロジェクトの一環で、現地の企業・会計事務所事情を探るべくタイに視察に行ったのです。そしてこの視察ツアーに同行していた得田政臣会員(TKC南近畿会)がいち早く行動をおこし、6月には会計事務所を設立、7月には業務開始となりました。そこで開設祝いでタイに行ったら得田会員から「一緒にやってくれないか」と打診があり、私も参画することになりました。いまでは増資もし、1ヶ月のうち1週間はタイへ出張しています。
──タイ事務所の概要について教えてください。
タイ事務所で活用している「月次巡回監査チェック
リスト」。英語・タイ語で表記されている。
常世田 現在はタイ人スタッフが6名、常駐の日本人マネージャーが1名います。コミュニケーションは基本的に英語です。
関与先のほとんどは製造業で、そのニーズは記帳代行。それでも「タイに巡回監査を!」というミッションを果たすべく、記帳代行先でも毎月巡回監査を実施しています。その際は、『巡回監査報告書』を参考にして作った英語・タイ語併記の「月次巡回監査チェックリスト」(右)を活用。必ずマネージャーがこのチェックリストに基づいて業務内容をチェックし、財務諸表データとともにジャパンデスクへ送ることになっています。そしてジャパンデスクで資料の翻訳を行い、日本の親会社へ会計資料をお渡しするという流れです。
月次巡回監査により、日本と同様の品質の月次決算書が提供できる。なおかつ連結会計システム(eCA-DRIVER)などを利用することで、日本の親会社までを含めた連結会計・国際税務までサポートできることを強みとしています。
──海外で会計事務所を経営していくにあたっての課題は何でしょうか。
常世田 言葉の壁はもちろんですが、やっぱり人材教育・人材管理の面ですね。日本人とタイ人では仕事の仕方が全然違うんです。たとえば日本人は業務中、真面目に仕事をするのが当たり前ですがタイ人はずっとおしゃべりしているんですよ。だけど、ある時突然ぴたっと話をやめてものすごい勢いで仕事に集中しだす。メリハリがすごすぎるんです。
それと一番は、「Due date(期限)」の考え方がまったく違うんですね。記帳代行でも日本と同じ経営感覚で「翌月10日までに会計データが欲しい」という日系の現地企業もあって、結構スピードが要求されるんです。しかしタイのスタッフがデータ締めを完了するのは、いつも財務諸表提供日当日の夜8時とか。そこからジャパンデスクで日本語に翻訳し、日本の親会社へ各種資料を提供できるのは夜11時くらいになってしまう。非常に遅いので、今度タイに行ったら話し合わなければいけないなと思っています。
タイ事務所の様子。日本と同様の業務品質を目指しているという。
経営改善計画は「返済の約束」「どうしたら返せるか」が最も重要
──目線を日本に移してみますと、認定支援機関のミッションとして「経営改善支援」がキーワードになっています。事務所ホームページの「銀行がうなる経営改善計画の策定をお手伝いします!」という文言が印象的でした。
常世田 昨年の夏頃、三菱東京UFJ銀行の方から松本会長に「継続MASを活用した経営改善計画のモデルを作りたい」という相談がありました。そこで、角掛博人会員(TKC東京中央会)と牧真之介会員(同)と私の3人でモデル計画を作ったんです。ところが税理士と金融機関の目線で結構相違点があった。我々としては査定されているようでとても居心地の悪い思いをしたのですが(笑)、金融機関の目線がよくわかって非常に勉強になりました。
──「目線の違い」を最も感じられたのはどういった点ですか。
常世田 「売上はそれほど伸ばさなくてもいい」ということですね。売上が右肩上がりの計画を策定しがちですが、金融機関からすれば「どうしたら返せるか」が最大の重要ポイント。ですから、たとえば資産があれば「いつ売るのか」などが具体的に示されている計画が喜ばれるということがわかりました。
だから経営改善計画の策定支援においては、まず社長に「売上は伸ばさなくてもいいんですよ」と言います。その上で、「経営改善計画は返済の『お約束』なんです。お約束をした以上は返していかなければいけませんが、いままでの約定返済でなくていい。きちんと返せる返済金額を決めて守っていきましょう。私たちがサポートします」とお伝えしています。
そうして作った経営改善計画を、金融機関の方から「この計画なら実現可能性が高いと判断します」と言ってもらえると非常にありがたい。安心した社長から「先生はたいしたもんだ」なんて言っていただけることもあり、本当にうれしいですね。
巡回監査ではFX2の画面で社長に説明
「社長の話を一生懸命聞いてくること」
──人材採用についてはいかがですか。
常世田 採用基準は結構ゆるめだと思います。「簿記2級」「未経験者OK」としていますから結構応募はありますね。
理想は、「社会人経験あり・会計事務所経験なし」という人ですね。まったくの未経験者でも、OJTをしながら2~3ヶ月くらいで巡回監査に出してしまいます。事務所にいても面白くないだろうし、巡回監査に行かないと仕事が始まらないですからね。現場主義で育てていこうと思っています。
──巡回監査の現場では特にどのような点を重視されているのですか?
常世田 基本的なことですが、必ずFX2の画面を見て、数字をドリルダウンしながら月次の状況を社長に説明してくることと、巡回監査終了後には「何か変わったことはないですか」と声をかけて社長の話をよく聞いてくること──の2つを指示しています。
そして『巡回監査報告書』に、どんなささいなことでも書いてもらう。いま社長が取り組んでいること、今後始めたいと思っている経営にまつわる話題はもちろん、お昼やお酒をごちそうになった場合はその旨も必ず報告するよう徹底させています。「なれ合い」はよくありませんからね。
──そこまで社長との対話にこだわるのはなぜでしょう。
常世田 当事務所では全関与先に対して年に3回、継続MASを使って中間決算検討会・決算検討会・決算報告会を開催するのをルールとしていますが、私が社長と会うのはこの3回くらいしか機会がないんです。でも毎月報告書で情報を上げてくれていれば、社長と顔を合わせた機会に話ができますよね。
私は社長に「いつでもなんでも、相談事があるときは言ってくださいね」とお伝えしているのですが、自分のことをよくわかってくれていない人に相談はできないでしょう。
だから気軽に相談しやすい関係づくりのためにも、職員には「社長との時間を大事にするように」と指示しています。皆一生懸命聞いてきてくれて、多くのことを報告してくれるから感謝していますよ。おかげで「先生、知らないようでよく知ってくれているんですね」という言葉をいただくことは結構ありますね。
──事務所経営で大事にされていること、重視していることは何でしょうか。
常世田 所長がいなくても回る組織を理想としているので、そのための事務所づくりを考えています。タイに行くのはいまは1ヶ月に1週間ですが、そのうち2週間にしようと思っているんです。
ただ、いまでは若山がいますから非常に安心感がありますね。たとえば書面添付も、書面だけは全関与先で作っているのですが、若山が内容をチェックするルールにしています。この検閲で決算後の数字が直ることもたまにあるほど。細かく見てくれているので信頼しています。また以前は、中期経営計画は私しか作りませんでしたが、いまは経営改善計画の策定も職員にどんどん担当してもらっています。
会計事務所勤務時代の経験もあって、特に重視しているのは業務の標準化。私は以前から、職員が独自に経営分析表などをエクセルで作って提供するのを禁止してきました。結局その人のスキルに拠ってしまい、次の人に引き継げない。放っておくと巡回監査も自己流になってしまいますから、属人化を防ぐために平成15年の初版から巡回監査支援システムを導入しています。FX2利用企業には基本的に使っていて、いまでは計30件ほど導入しています。
──かなり早い導入ですね?
常世田 基本的に、新しいものが好きなんです(笑)。新しいことは誰もしていないこと。だから自分の成長につながるし、何より先駆者利益がある。遅れてもうまくできればいいのですが、私は人よりうまくやれる自信がないから先へ行こう、という考えです。最初のうちなら失敗しても軌道修正ができますからね。
事務所はJR京葉線八丁堀駅から徒歩5分ほどの場所に立地し、アクセスがよい。
5階で日当たりがよく、雰囲気も明るい。
アジア各地でTKC会員事務所による海外ネットワークを整備したい
──今後についてはいかがでしょう。
常世田 最近の傾向として、顧問料の見積もりを出すと「高い!」と驚かれることが増えてきました。特に東京ではどんどん低価格化が進んでいると感じます。
だからこそ安売りはしたくない。拡大したい気持ちはありますが、数だけを追いかけるようなことはしたくないし、何より当事務所の価値を認めてくれる人とお付き合いしたいなと思っています。
でも今年に入って少し関与先が増えてきました。価格以外の部分に価値を見いだしてくれる人も多くなってきたのかな、と感じます。年商規模でいえば、いまはFX2レベル(5,000万~5億)の層が一番多いのですが、今後は創業間もない企業もきちんと育てていきたい。ただ最近は、どうも目先の利益ばかり追いかけているような企業も結構混じっているので、見極めも必要だと思っています。
中長期的に使命感を持っているのはやはりタイに巡回監査を根付かせたいということ。日本事務所の業務品質も重視しながら、同様にタイ事務所の業務品質も引き上げていって、相互の事務所でそれぞれのお客様をサポートできればいいなと思っています。タイのスタッフはすごく日本にあこがれていて来たがっていますし、将来的には人材交流もできたらいいなと。ゆくゆくはクロスボーダーな会計事務所を目指していきたいですね。
また、これは私一人ではできませんが、将来はタイだけでなくアジア各地で、日本と同様に巡回監査を行って、高品質の月次決算書を提供する会計事務所の拠点を整備したいと考えています。
昨年11月、松本会長の旗振りのもと、TKC東京中央会の有志会員38人で「一般社団法人海外展開支援ネットワーク」を設立しました。いま東京中央会の会員はここを足がかりに積極的に動いていて、ミャンマー、インドネシア、ベトナムなどで着々と実体のある会計事務所の整備が進んでいるところです。将来はTKC会員事務所の海外ネットワークもつくれたらいいなと思いますね。
常世田税理士事務所の皆さん。常世田会員の隣が若山昌美会員、
後列左端が海外担当のアマンダさん(マレーシア出身)。
(TKC出版 篠原いづみ)
昭和62年明治大学卒。平成13年開業、TKC入会。関与先件数49件(法人・個人含)、職員数4名(巡回監査担当者3名、海外担当1名)。継続MAS導入件数30件、FX2導入件数28件、書面添付実践件数25件。翌月巡回監査率99%。東京中央会NMS委員長。49歳。
常世田税理士事務所
住所:〒104-0043 東京都中央区湊1-7-4 MJビル5F
電話:03-5542-5161
(会報『TKC』平成25年7月号より転載)