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「常識の革命を始める」。トランプ氏が大統領就任式で宣言して1年が経つ。友好国に対する関税の発動、パリ協定からの離脱、USAID(国際開発庁)の解体……2025年、これまでの常識が次々に覆されてきた。米国政治をウオッチしつづけている前嶋和弘氏が「トランプ2.0」2年目を予測する。(インタビュー日:2025年11月28日)
- プロフィール
- まえしま・かずひろ●1965生まれ。アメリカ学会前会長。上智大学外国語学部卒。ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。主な著書は『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣)など。近著に『トランプがもたらす新世界 変容するグローバル秩序』(共著、日経BP)がある。

第2次トランプ政権のこれまでを振りかえると、こう述べると驚かれるかもしれませんが、想定の範囲内の出来事ばかりでした。まるでデジャブに襲われているような1年だった。というのもトランプ大統領が、不法移民対策にしろ、関税措置にしろ、2024年の大統領選挙で掲げた公約をそのままなぞっているためです。
公約のベースとなったのは、保守系シンクタンク研究員らがまとめた「プロジェクト2025」と呼ばれる政策提言書です。文書は900ページにおよび、不法入国の取り締まり強化や教育省の廃止、石油・ガス開発の奨励等が盛り込まれています。さらに、トランプ氏は閣僚をはじめ、周囲を自身に忠誠を誓う人で固めました。ゆえに大統領ひとりの言動をウオッチすれば、大方の政策は予測できたわけです。意思決定メカニズムがこれほどわかりやすい米国政権は、まれだったといえるでしょう。
トランプ氏は膨大な大統領令に署名することで、議会を意図的に無視した政権運営を展開してきました。上下両院で共和党と民主党の議席数が僅差であるため、賛否の割れる政策を実行する際、今後も大統領令により議会を迂回する戦術をとるでしょう。
米国政治の26年における目玉は中間選挙です。25年11月のバージニア州知事選などの地方選では、いずれも民主党候補が勝利しました。無党派層のトランプ支持離れも進み、共和党側に逆風が吹いているといわれます。もっとも、これらの事実をもって民主党に有利に働くと考えるのは早計です。
米国民の政党別支持をざっくり分けると、共和党、民主党がそれぞれ3割程度、無党派層が4割程度です。中間選挙の投票率は50%前後であり、そもそも無党派層の投票率は高くありません。中間選挙の趨勢を占う上でカギとなるのは、強固な支持者をどのくらい獲得できるか。共和党支持者のトランプ政権支持率は80%を上回っていて、トランプ氏は共和党支持者の投票率を高めることが勝利の方程式であると見込んでいるはずです。
米中接近で「G2」時代へ
足元の米国経済は、半導体大手エヌビディア、オープンAI、オラクルといった企業がけん引する“AIバブル”の様相を呈しています。ただし、先行きについては、関税措置の影響がまだ現れておらず、不透明感がかつてないほど強まっています。例えば、米ミシガン大学が毎月発表する消費者信頼感指数によれば、消費者マインドは歴史的な低水準で推移している。トランプ氏はインフレの発生を否定しているものの、11月には牛肉やコーヒー、バナナ等の食料品を相互関税の対象から除外すると発表しました。本音では、物価調整の必要性を認識しているに違いありません。
ちなみに、米国在住の友人によると、米国企業ではAIの活用が急速に進み、大学生の職探しが難航するなど、雇用に大きな影響を及ぼしているそうです。とりわけ、AIに代替されるホワイトカラー職を多く抱える企業が人員削減に着手しています。人がこれまで担ってきた仕事をAIが奪うことに対する危機感は、日本の比ではないようです。
第2次トランプ政権の外交政策で注目されたのは、やはり関税措置です。なかでも米中間における関税の応酬に懸念が高まりましたが、10月に開催された習近平国家主席との会談がひとつの山場となりました。米国側は、中国による米国産大豆の速やかな輸入開始、合成麻薬フェンタニルの流通阻止などでの合意を発表。この米中首脳会談で、“手打ち”が行われたとみてよいでしょう。
トランプ政権は中国からの輸入品に対して高い関税をかけ続けたものの、中国はレアアース(希土類)の輸出規制強化で対抗し、中国を関税でねじ伏せることができなかった。また、アップルに代表されるように、中国で製品を生産している米国企業は多く、スマートフォン等の電子機器を相互関税の対象から除外していました。中国は米国経済に深く浸透しており、依然として相互依存関係にあるのは明らかです。
トランプ氏は首脳会談の直後、SNSで米中を「G2」と表現しました。両国間で容易に解決できない問題が生じた場合、G2で交渉して対立をマネージする一方、くみしやすい同盟国、友好国から利益を吸い上げる。さらに、日本あるいは台湾を中国に対する交渉カードとみなす──。トランプ氏はそうした思惑を持っているのかもしれません。バイデン前政権は各国と連携して中国包囲網を形成しようとしてきました。その点をふまえると米中接近は、日本にとってはしごを外されたように映りますが、潮目が変わったととらえるべきです。
トランプ氏は、バイデン政権下で成立した半導体の米国内での製造を支援するCHIPS(チップス)法の廃止を主張しています。経済安全保障における連携では“アメリカ・ファースト”というより、“アメリカ・オンリーと呼ぶ方がふさわしい状況になっている。民主主義の価値を共有する国が緊密に連携して中国を抑え込む安全保障戦略は、転換期を迎えています。
米の現状変更を眺める中国
このように米国を基軸とする安全保障体制が揺らぎはじめているなか、高市早苗首相の台湾有事発言をきっかけに、日中間で軋轢が生じています。中国政府は日本への渡航自粛を呼びかけ、日本産水産物の輸入を停止するなどして圧力をかけていますが、中国による経済的威圧は今に始まったことではありません。韓国が16年に、ミサイル迎撃システム(THAAD)の在韓米軍への配備を決定した際には、中国は韓国からの輸入規制措置や特定商品の不買運動といった報復を行いました。韓国では今も反中デモが行われるなど、中国に対する反感が残っています。
今回の日中間の対立が終息するまでには、数年程度の時間を要するかもしれません。ただ、SNSに日本製品のボイコットを呼びかける中国語の投稿があると、いつの間にか削除されるという話も聞きます。日本に対して陰に陽に圧力をかけつつも、中国政府には、事態を穏当に収めたい腹積もりがあるのではないでしょうか。日本側の出方はむずかしいですが、基本的なスタンスとして戦略的互恵関係は変わらない点を訴え、中国側の怒りが収まるのを待つしかないと思います。
翻って、中国の立場に立つと、トランプ氏の繰り出すルールを無視した政策は、追い風といえる面があります。トランプ政権による関税措置は明らかにWTO(世界貿易機関)協定違反です。さらに、パリ協定やWHO(世界保健機関)からの離脱を表明し、対外支援額を削減するなど、国際協調体制を次々とないがしろにしています。中国は、米国によるそうした現状変更を虎視眈々と眺めている。先だって行われた米中首脳会談の合意により、米国との関係が“なぎ”の状態にあるなか、台湾へ軍事侵攻するのは得策といえません。香港返還時と同様に、台湾へ人を送り込み、ルールを徐々に変更することで、中台統一を図るシナリオの方が現実的です。
不安の覆う建国250年に
来る26年で注目すべき出来事は、トランプ関税をめぐる司法判断の行方です。米国の裁判所では、トランプ関税に対して違法との判決が複数下されています。そもそも合衆国憲法には、関税を課す権限は議会にあると明記されています。また、トランプ氏が関税の根拠とした国際緊急経済権限法(IEEPA)でも、大統領に関税を課す権限が与えられているか定かではなく、その適法性をめぐって争われています。1月中に連邦最高裁で判決が下される見込みが高く、仮に関税が撤廃されれば、米国内のインフレ抑制につながる可能性がある。私見ですが、相互関税が連邦最高裁で違法と判断される確率は、9割ぐらいあるとみています。
関税の撤廃は世界経済にとって福音といえるものの、米国政府が徴収した関税の扱いなど、その先の展開は見通しづらいです。もっとも、日米間で合意した5,500億ドルの対米投資がご破算になるわけではありません。トランプ政権が続くかぎり、中間選挙により下院で民主党が多数派となっても、大統領令を出して議会を迂回する手法をとるはずです。関税措置に象徴されるように、米国のみに依存するのはリスクが高いため、自社製品を海外で生産したり、輸出したりしている企業の経営者は、サプライチェーンの見直しを検討した方がよいでしょう。米国には自由貿易体制を重視し、気候変動対策や多様性を支持する層もいます。どのような価値観を持つ人々と取引するのか、経営者は高みに立って戦略を練るべきです。
米国は26年、建国250年をむかえます。建国200年の1976年には、記念硬貨が発行され、大規模な記念行事が開催されました。当時、大統領を務めていたのはフォード氏です。フォード氏は、ウォーターゲート事件で辞任したニクソン前大統領に恩赦を与えて反発を招き、大統領選でカーター氏に敗れました。政治家の倫理が危ぶまれ、失業率とインフレ率はかつてないほど高まっていたのです。トランプ氏は、盛大な建国250周年行事を企画しているようですが、50年前と同じく、不安の覆う節目を迎えることになるでしょう。
(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)