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『ホワイトカラー消滅~私たちは働き方をどう変えるべきか』がベストセラーとなっている。これまでの「高等教育を受け、良い会社に入り、ホワイトカラーとなって高い給料を得る」という人生の成功モデルが崩壊した後、やってくるのはどのような社会なのか。また、中小企業はどうふるまえばよいのか。著者であるIGPIグループ会長の冨山和彦氏に聞いた。
- プロフィール
- とやま・かずひこ●東京大学法学部卒。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、07年経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。20年10月よりIGPIグループ会長。同年日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立。パナソニックホールディングス社外取締役、メルカリ社外取締役。日本取締役協会会長。内閣官房新しい資本主義実現会議有識者構成員、他政府関連委員多数。スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。

冨山和彦氏
──ご著書『ホワイトカラー消滅』のなかで、今後、ホワイトカラーが劇的に減少していくと主張しておられます。
冨山 実は、この本を執筆するのに生成AIをフル活用したのですが、劇的に生産性が上がりました。世界中の論文や統計データは聞けばすぐに教えてくれるし、ファクトチェックもある程度できる。これまでのような外部のリサーチャーに依頼する手間とコストはゼロ。つまり、アイドルタイムなしに、執筆することができたのです。
――ホワイトカラー的な仕事をAIがしてくれたと。
冨山 はい。この場合の私とAIの関係は、ホワイトカラーのボスと部下の関係にそっくりです。ボスが「問いかけ」を行い、部下が動く。ボス的な立ち位置の人は必要ですが、いまや部下はAIで充分です。仮に1人のボスに平均4人の部下がいるとすると8割のホワイトカラーが要らなくなるということになります。
不足するエッセンシャルワーカー
――ホワイトカラーが減少する一方で、ローカル企業のエッセンシャルワーカーは……。
冨山 ニーズは確実に増えます。AIは体を使って汗を流しながら仕事をすることはできません。中堅・中小企業の「現場」に近い人たちは猛烈に足りなくなります。生産現場や観光業、医療・介護、各種サービス業などがそうですね。こうした現場の方々が、AIを補完剤としてうまく使えば、現場の生産性は劇的に上がります。これまで、ローカル企業の生産性は極めて低かったですからね。
――なぜでしょう。
冨山 つい最近までは団塊世代と団塊ジュニア世代が労働市場にいたので労働供給過剰の状態でした。また、過去30年を見ると、大企業の雇用はじわじわと減っています。そうした背景のなかで、余剰気味の雇用の受け皿が中堅・中小企業だったのです。そのため、中堅・中小企業は、生産性を上げる必要がなく、経営者が自覚的だったかはともかく、価格を下げて賃金は上げずに商売を守り、職場を維持することが暗黙の了解事項、社会の要請だった。つまり、そういう役割を担ってきたわけです。
――しかし、いまはそうした状況ではないと。
冨山 はい。猛烈な人手不足ですから。ホワイトカラーは余ってきていますが、社会全体では人が圧倒的に足りない。いまやローカル企業に雇用を守る必要性がなくなったのです。逆に、生産性を向上させて賃金を引き上げることこそが社会的な要請になりつつあるというわけです。
――すると、ホワイトカラーからエッセンシャルワーカーへの人の移動が必要になってきますね。
冨山 そこが今後、社会的なチャレンジになってくると思います。よりスムーズな移動を実現するには、ホワイトカラーをリスキリングして、付加価値の高い仕事ができる「アドバンスト」なエッセンシャルワーカーへと作り替えなければなりません。そのためのリカレント教育(学びと仕事を両立させながらスキルを身につけていくこと)を、大学や専門学校といった高等教育機関が担っていく必要があります。欧米の大学はすでに、その方向性に舵を切っていますし、少子化の進む日本では、リカレント教育のプログラムを用意することが高等教育機関の生き残る道でもあります。ここについては、国の政策転換や教育機関自身の自助努力を待たなければなりません。
付加価値労働生産性を引き上げる
――中小企業はどうすれば?
冨山 付加価値労働生産性を引き上げること。それが中小企業生き残りのための唯一最大の戦略といってもいいと思います。ちなみに付加価値労働生産性とは、労働者がどの程度効率的に付加価値を生み出しているかの指標です。
計算式は
付加価値額(売上高−外部費用)÷ 労働量(人数×労働時間)
となります。
付加価値労働生産性を向上させるには、経営者は分子である付加価値額(≒粗利)をアップさせるか、分母である労働量を引き下げる必要があります。付加価値額については、顧客に価値を認めてもらえる製品・サービスを開発して売り込むという事業活動そのものの問題。一方、労働量については、先述の通り、日本の中堅・中小企業の圧倒的に劣っているところであり、逆に言えばノビシロは十分です。
──その部分をDXで効率化せよと……。
冨山 その前にやるべきことがあります。「分ける化」「見える化」です。まずは、生産性が高く、儲かっている部分はどこなのかを見極めることが大事。そのためには顧客別、製品別、店舗別、個人別にデータを切り分けてみてさまざまに分析することです。そして、儲かる分野に狙いを定めて、経営資源を集中していく。それをやってからDXです。それをやらないでDX化してもほとんど意味がありません。DXやAIはあくまでも経営改善の手段ですから。ここは絶対に間違えないようにしてください。
──付加価値労働生産性が上がれば、従業員の賃金を上げることができますね。
冨山 私は20年ほど前に産業再生機構の最高執行責任者として、さまざまな企業再生を指揮しましたが、多くの場合、雇用や人件費をカットする必要がありました。これは、まったく健康的ではないですよね。しかし、現在、われわれは中小企業への投資やM&Aを手掛けていますが、当時のようなストレスがありません。なぜかと言うと、生産性を上げて賃金を上げることが、会社としての成長力につながることが明らかになりつつあるからです。
──逆に言えば、賃金を上げられない企業は退場を余儀なくされるということでしょうか。
冨山 退場したとしても、これまでのように社会の同情は得られないと思います。従来は、どんな企業であっても退場すれば失業を生みました。しかし今は違います。仕事はいくらでもある。どうしても賃金を上げられないのであれば、退場するか、あるいは生産性の高い会社に事業譲渡することを考えるべきでしょう。
──結局のところ、パラダイムシフトが起こっているということだと思いますが、中小企業経営者はそれに気づいていますか。
冨山 気づいていない経営者が多いと思います。気づけばいい感じですよ(笑)。今は大企業の方がつらい状況です。ホワイトカラーを数多く抱え、給料を払いすぎているからです。逆にエッセンシャルワーカーを多く抱える中小企業は給料を「払わなさ過ぎ」。われわれの現在の仕事は、生産性を上げながら賃金を上げて人を確保してマーケットシェアを確保していく……というものとなり、20年前とは180度変わりました。とてもやりがいを感じています。
中小企業がGDPを1.7倍に
──経営者のマインドセットの変化が求められますね。
冨山 暗い眼鏡をかけて世の中を見ていた人が、その眼鏡をはずしたら空は晴れている上に追い風が吹いている――というわけですね。さらに言えば、従来は中小企業経営者にとってはとても手が届かなかったDXツールが利用可能なのです。すごいツールがプログラミングなしで使えるし、多くはAIもビルトインされています。また、クラウドベースなので廉価で利用できる。生成AI自体もますます賢くなっていて、それが月2,000円程度で使えます。何を要求してもパワハラにはなりませんしね(笑)。もはや中小企業にハンディキャップはありません。
──それでも「ITは苦手」という中小企業経営者は多いと思いますが。
冨山 それこそ、いわゆる“よそ者若者ばか者”を使えばいいんですよ。何も東京大学の松尾研(松尾・岩澤研究室)にいるような優秀な人材は必要ありません。いまや普通の子がどんどん最先端のITツールを使いこなす時代です。
──未来は明るいですか。
冨山 そう思います。いずれにせよ日本の将来を左右するのは、全労働力の7割を抱えている中小企業です。中小企業の生産性が先進国並みになれば、計算上、日本のGDPは1.7倍になります。それと、実は日本の最大の強みは、ローカルな現場の労働力の質が、世界的にみて圧倒的に高いことです。もちろん突出した才能を比べると、米国には勝てません。しかし一方で、平均的な人たちのレベルは高い。そういう人たちがローカル産業を担ってきたにも関わらず、生産性が低いのはそもそもおかしいのです。
今がチャンスです。未曽有の人手不足をテコにして、生産性を上げ、賃金を上げ、そしてGDPを押し上げる新たな成功モデルを提示できれば、今一度、日本は世界のトップに浮上できると思います。
(インタビュー・構成/本誌・髙根文隆)