制度改正
TKCシステムの徹底活用で決算・申告業務の生産性向上を実現
左から西海尚樹氏、向山秀男会員
令和5年10月1日にインボイス制度が開始され、会計事務所の業務負荷の増大が経営上の課題となっている。このような状況を踏まえ、本誌ではTKCシステムの利用を通じて課題に対応し、さらに業務効率化を進めているTKC会員事務所の事例をシリーズで紹介する。その第1回としてTKC西東京山梨会の向山会計事務所所長の向山秀男会員と副所長でIT推進責任者の西海尚樹氏にお話を伺った。
TKCシステムによる巡回監査を通じてさまざまな経営者と対話してきた
──昨年10月にインボイス制度が始まり、本年初めて所得税の確定申告業務と3月決算法人の確定申告業務を終えました。会計事務所からは、制度の関与先への周知、システムの設定変更、データのチェックに時間を要し、職員へ大きな負担がかかっているとの声があり、経営上の課題になっているものと思われます。その中で向山会計事務所様はTKCシステムの利用を通じて、課題を解消し、関与先企業と事務所の業務効率化につなげてきたと伺っています。そこで、インボイス制度下で行ってきた業務について、所長の視点と監査担当者からの視点でお話しいただきたいと思います。さっそくですが、向山先生のご経歴をお聞かせください。
向山 当事務所は、昭和44年7月に私の父(故向山一秀会員)が税務署を早期退職して開業し、今年55年目を迎えました。私は大学卒業後に税理士資格を取得して、昭和58年に入所し、平成2年に父が亡くなったため事務所を引き継いで所長になり、34年が経ちました。父がTKC全国会へ入会したのは昭和48年です。山梨県では入会がかなり早い方で、私が入所したときにはすでにTKCシステムを活用した巡回監査が標準業務になっており、TKCシステムを使いながら、さまざまな経営者と対話してきました。
──向山先生は地域の振興にも取り組まれているとお聞きしました。
向山 今年5月から笛吹市商工会(会員数約1800会員)の会長を務めています。会長に就任したのは、長く地元の中小企業にお世話になってきたので、地元の産業の振興のお手伝いをしたい。そして、先頭に立って地元に貢献することによって税理士のポジションを高めたいとの思いからでもあります。
制度開始の2年前から所内研修を実施 関与先向けに個別検討会を開催
──ここからは制度対応について具体的にお伺いします。インボイス制度は全ての関与先が対象となり、事前の準備が大変だったかと思います。どのような方針で取り組まれましたか。
向山 事務所の方針は、巡回監査担当者が制度を理解した上で、関与先自身で制度を理解し対応できるよう支援することとしました。
西海 所長が打ち出された事務所方針に基づいて、所内で職員が取り組んだことですが、制度開始の2年前、令和3年10月に適格請求書発行事業者の登録申請が始まりました。当時、世間では「本当に制度が始まるのか」という反応だったと思います。しかし、当事務所ではすでに「どのように進めていくのか」を話し合っていました。始めは監査担当者からお客さまへ個別にインボイス制度を説明することにしました。説明するためにはインボイス制度を職員全員が理解しなければなりません。そのため、制度の理解と情報共有を目的として、朝礼と月例会で繰り返し所内研修を実施しました。また、オンデマンド研修や『電子取引・インボイス対応ワークブック』(以下、ワークブック)、『事務所通信』などのテキスト類が充実していましたので制度の理解とお客さまへの説明に役立ちました。
──インボイス制度開始に向けて、関与先に何をどのように説明しましたか。
西海 オンデマンド研修やワークブックなどのテキストを基に、お客さまが行うべきことを説明しました。例えば、インボイス発行側の立場としては、お客さまが利用している販売管理システムが対応済みであるか。インボイス受取側としては、取引先ごとに適格請求書発行事業者の登録状況等を確認してもらいました。
また、事務所で「インボイス制度個別相談会」も開催しました。さらに、お客さまの従業員や取引先にも制度を理解していただく必要があったため、お客さまに説明会を開いていただき、私から制度の説明をしたこともありました。
──適格請求書発行事業者の登録申請は順調でしたか。
西海 そうですね。令和4年4月から5月にかけて、お客さまから適格請求書発行事業者登録の承諾書を書面でいただきました。そして、令和4年6月にOMS(税理士事務所オフィス・マネジメント・システム)にある「適格請求書発行事業者の登録申請書」の一括作成機能を利用して一括で電子申請しました。申請は他事務所よりも比較的早くできたのではないかと思います。
向山 早めに対応できたのは、事前に所内できちんと研修ができたことと、職員が日ごろから巡回監査でお客さまとコミュニケーションが取れているからだと思います。早期に登録申請できたことから地元の税務署長からお礼を言われたこともありました。
適格請求書発行事業者や課税区分チェックによりインボイス開始後の経理業務は安心
──次に制度開始前にTKCシステムで対応したことをお聞かせください。
西海 特に気を付けたことは、FX4クラウドと他社販売管理システムを仕訳連携しているお客さまの対応です。対象のお客さま向けには、事務所主催の説明会を実施しました。TKCからFX4クラウド推進担当の社員さんにも支援していただき、インボイス制度開始後の仕訳連携の設定変更箇所や注意事項を説明しました。おかげで仕訳連携機能に関する設定の見直しはインボイス制度開始前に対応を終えました。
そして、戦略販売・購買情報システム(SX2)を利用しているお客さまは、監査担当者が納品書、請求書、領収書のうち、どの書類を売上インボイスにするのかをお聞きしてシステムの設定変更を支援しました。そのほかFX2クラウドなどについても職員全員がシステムの改訂内容を確認して十分に理解したうえで、仕訳連携などの設定変更を早めに行ったことで問題なく令和5年10月の制度開始を迎えることができました。
──今回の制度対応において、TKCシステムをあらたに導入した関与先もあったとのことですが。
OMSの「適格請求書発行事業者の登録申請書」
の一括作成機能
西海 あるお客さまから市販の会計ソフトではインボイス制度対応について不安があるとお聞きしました。そのためIT導入補助金を申請し、FX2農業会計クラウドを導入しました。TKCシステムであれば「適格請求書発行事業者の登録番号」(以下、登録番号)を取引先マスターに登録していれば、登録番号から国税庁のサイトと照合して適格請求書発行事業者であることを自動チェックしてくれるため、日々の仕訳入力業務は制度開始前とそれほど変わりません。またクラウドなので事務所との情報共有も早く、お客さまからとても喜んでいただけました。
──取引先マスターへ登録番号を登録するにあたって、お客さまから「入力が面倒」といった声はありましたか。
西海 特にありませんでした。私たちはインボイス制度開始前から経理担当者に取引先マスターへの登録番号の登録をお願いしていましたが、制度開始後に確認すると、登録が想定よりも進んでいました。経理担当者の方によると、事業者の検索画面で登録番号を入力すると取引先名と法人名が違っていたりすることが新鮮で楽しみながら登録したそうです。住所も取引先マスターに複写されるので便利だとおっしゃっていました。
──制度開始後、関与先様では仕訳の入力作業は混乱なく対応できていますか。
西海 お客さまにとっては、仕訳入力の際に、登録番号などの入力項目が増え、さらに適格請求書発行事業者であるか、免税事業者の経過措置に該当するかの判断が必要となり、手間と入力が増えたのは間違いありません。しかし、取引先マスターに登録番号を登録していれば、登録番号や取引先名は仕訳入力画面に表示されますし、取引先や課税仕入れ等の課税区分、免税事業者等からの課税仕入れに係る経過措置などの入力チェックもしてくれるので、入力作業時の負担は軽減されていると思います。さらに、証憑保存機能を使っていると、レシートなどの証憑から間違いのない仕訳が作成でき、効率化に役立っています。
──制度開始後に巡回監査業務にかかる時間などへの影響はありましたか。
西海 制度開始後、巡回監査にかかる時間が長くなったとは感じていません。お客さまが仕訳入力する際はチェック機能があるため、入力間違いは防がれていると思いますので、チェック機能は本当に助かっています。また、FX2クラウドを利用していれば、いつでも事務所からお客さまのデータを確認できますので、仕訳枚数の多いお客さまの場合、巡回監査で訪問する前に事務所で仕訳を事前確認して、気になる仕訳があれば、付箋機能を使ってお客さまに訂正のお願いをすることもあります。
向山 普段から作業の空き時間にお客さまのデータを事前確認し、頭に入れておけば、お客さまのところで行う巡回監査でチェック時間が短縮され、空いた時間を使って社長と経営の話をより深くできるようになったと思います。
95%の関与先においてTKCシステムで前年よりも決算・申告業務を早期に完了
──制度開始後の法人決算申告業務に関して、職員さんに負荷がかかるなどの心配な点はありましたか。
向山秀男会員
向山 制度開始後初めての決算を迎え、心配している部分もありましたが、職員を見ていても意外にバタバタしておらず、事務所内の負担が増えた感じはありませんでした。今年の3月決算法人の申告業務に関しては、約95%のお客さまが昨年よりも早く処理を完了しました。この結果は、インボイス制度開始前にしっかりとお客さまへ指導できたことと、TKCシステムは会計システムと税務システムのデータが連携して、一気通貫で申告書を作成できるため、お客さまの仕訳の入力ミスをいかに減らして、月次巡回監査の精度を高めるかを常に考えて努力してきた結果だと思います。
西海 私たちの生産性を上げることも大事ですが、お客さまの経理業務の生産性を上げることをまずは考えています。銀行信販データ受信機能、証憑保存機能、販売管理システム・給与計算システムとの仕訳連携など、TKCシステムをフル活用してもらい、経理担当者の生産性を高める支援を心がけています。TKCシステムの活用が年々浸透してきた結果、決算申告業務の生産性も高まり、早期に完了したのだと思います。
──昨年6月に勘定科目内訳明細書等への登録番号の記載についての法令解釈通達が公表されましたが、この影響はいかがですか。
西海 あまり影響はありません。というのも、自計化システム利用のお客さまでは勘定科目を取引先別に管理するように指導しているところが多いです。そのため、勘定科目内訳明細書には取引先マスターから登録番号が連携されるため、手間なく作成できています。
関与先の経理合理化を支援し、社長と未来へ向けた経営を語り合いたい
──向山会計事務所様では長年TKCシステムによる月次巡回監査で関与先を支援されていますが、どのように関与先へTKCシステムのフル活用を提案されていますか。
東京都内から特急列車で90分。
山梨県の富士山石和温泉郷
近くにある向山会計事務所
西海 お客さまの負荷が軽減され、楽になることを一番に考えて提案しています。例えば、銀行信販データ受信機能や証憑保存機能であれば、経理担当者の仕訳入力を合理化できることを説明しています。今回のインボイス制度対応でもお客さまは確実に負荷が減っており、生産性の向上につながっていることを実感しています。
向山 新しく提供されたシステムやサービスについては、所内研修を行い「みんなで取り入れていきましょう」と話しています。そうすると、職員のみんなが頑張ってお客さまへ提案してくれています。もちろん1回目の提案でお受けいただくことばかりではありませんが、お客さまの役に立つということを丁寧に説明することで最終的には導入いただけます。これもお客さまと日ごろからコミュニケーションができている結果だと思います。
私の事務所の良いところは、みんなが情報を共有してくれることです。おかげで事務所の方針を職員全員が理解して、同じようにお客さまにきちんと指導できています。
──OMSの業務日報作成システム(DRS)を関与先の業績管理に役立てているとお聞きしました。
西海 所長から提案があり、監査担当者がDRSで業務日報を提出する際に、関与先の最新の試算表を添付するようにしています。監査担当者が考えている会社の課題などが最新業績とともに私や所長と共有できるため、決算の時に社長からの相談に乗りやすくなっています。
向山 もともとは業務日報とは別に紙で試算表を提出してもらい、試算表を見て気になる科目を監査担当者に聞いていましたが、DRSに添付してもらうことで、より早くお客さまの数字を把握できるようになりました。
──本日は貴重なお話をありがとうございました。最後に今後事務所で目指されていることを教えてください。
向山 私たちの仕事は、関与先の経理業務の合理化をお手伝いし、社長に自社の最新業績を把握してもらい、月次巡回監査で未来に向けた経営の話をすることだと捉えています。そのためには事務所職員の作業も合理化して生産性を高める必要があります。それを可能にしてくれるTKCシステムを今後も推進していきたいと思います。
(インタビュー・構成/SCG営業本部 勝田浩幸)
事務所名 | 向山会計事務所 |
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所在地 | 山梨県笛吹市石和町四日市場1787 石和ビジネスセンタ-ビル3F |
開業年 | 昭和44年7月 |
職員数 | 17名(巡回監査担当者16名) |
関与先数 | 620件(法人420件、個人200件) |
(会報『TKC』令和6年8月号より転載)