戦略経営者の思考法

「戦略」という言葉は、もともと戦争に勝利するための「軍事学」での使用が由来だとされ、古代ギリシャ・アテナイの軍人・哲学者であるクセノポンによって“Strategia“が用いられたのが最初だともいわれる。

 プロイセンの軍事学者、カール・フォン・クラウゼヴィッツは著書『戦争論』のなかで戦略を「戦争の目的に則して、個々の戦闘を束ね、統制するもの」と定義し「戦略においてすべての軍事行動にその目的に合致した目標を設定する必要がある」と記している。また、オックスフォード・ランゲージをひもとくと「長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法。戦略の具体的遂行である戦術とは区別される」と説明されている。つまり、戦略とは、「目的(勝利)のために目標を立て、その目標を計画的に達成するための長期的な計画や手段」であり、戦術はそのための個別のアクションプランということになるだろう。

 さて、「戦略」という言葉が、現在では軍事分野に限らず、ビジネスやマーケティング、政治、スポーツなどさまざまな分野で使用されているのは周知のとおりである。とくに企業経営の分野では、巨視的・長期的に経営をとらえる「戦略経営」が必須とされ、「戦略なきところ成長なし」とも言われる。

 とはいえ、日々の仕事と資金繰りに追われる中小企業にとって、場当たり的な「戦術」を模索することはできても、将来を見通す「戦略」にまで手が伸びないというのが本音のところだろう。場当たり戦術を繰り返し続けると、起こりがちなのが「目的からの逸脱」である。なんとか沈没を回避しようと躍起になり、向かうべき地点からそれてしまう“難破船状態”だ。そうした状況に陥った企業は、成長どころか存続さえもおぼつかなくなる。

求められる「分析能力」

 戦略経営者編集室のスタッフたちは、数限りない「戦略経営」の“使い手”(われわれはこうした人々を“戦略経営者”と呼ぶ)を取材してきた。それらの企業は、決して難破船状態には陥らず、戦略を有効に使いこなしながら成長を続けている。どうすればそれが可能になるのか。

 まず、必須となるのが「市場をリサーチし、自社を分析する」姿勢である。思い浮かぶのは孫子の兵法の「敵を知り己を知らば百戦危うからず」という言葉。われわれが見てきた“戦略経営者”は、必ずと言っていいほど経営に関するすべての事柄をアナライズする姿勢を持ち合わせていて、SWOT分析的なアプローチで、内部環境と外部環境の強みと弱みを把握しつつ、弱みを補いながら強みを伸ばす戦略の策定を実践している。これはなにも、毎回、SWOT分析のテンプレートに丁寧に書き入れながら経営を行っているという意味ではない。そうしている経営者はもちろんいるだろうが、有効な戦略を立てるためには、分析的アプローチは必須だし、優れた経営者は常に(あるいは無意識に)こうした志向性を持ってかじ取りをしているということだ。

 もう一つ、“戦略経営者”の特徴は「計数管理能力の高さ」である。

 これは、分析的アプローチとも密接に関連している。“戦略経営者”は数字という“客観データ”で自社の現状を把握・分析することで、市場との距離感や修正点を測っている。それには自計化(会計ソフトの導入により自社で財務管理を行うこと)が必須となる。計数管理には、自社内で経理業務を行い、リアルタイムの数字を確認できる体制が必要だからである。

 毎月の売り上げや利益、固定費などの増減を注視し、異常値があればその原因を追究して是正する。さらに、そうした毎月の数字を参考にしながら、そこに、内部環境や外部環境の弱み強みを勘案して微妙なかじ取りをしていく。その向かう先が「勝利」つまりは「事業目的の成就」となる。その意味では、会計を人まかせにしている経営者は、かじ取りを人まかせにしているのと同じである。

「差別化」と「集中」の組み合わせ

 ここまでは、戦略を立てるためのベースとしての「分析」。どの企業にも当てはまる話である。さらに、具体的な「競争戦略」となると、また別の話だ。米国の経営学者であるマイケル・ポーターの「3つの競争戦略」を物差しにしながら整理してみよう。

 ポーターの競争戦略は、①コストリーダーシップ戦略②差別化戦略③集中戦略の3つに分けられ、このいずれかの戦略を採用しなければ、企業が生き残ることは難しいとしている。

 ①コストリーダーシップとは、競合他社よりも安価な商品・サービスを提供して競争優位を確立していく戦略。②差別化戦略とは、自社の商品・サービスの付加価値を高め、ブランド化し、業界で独自のポジションを占める戦略。③集中戦略とは、特定の地域・顧客に経営資源を集中し、コストリーダーシップや差別化を行う戦略。つまり、③は①と②を限定した市場で行う戦略である。①と②は両立しづらいのはご理解いただけると思う。①は、(とくに中小企業の場合には)値引き競争に巻き込まれるケースが多く、②は商品・サービスの高付加価値化による高価格化あるいは価格維持がポイントだからである。

 これまで、われわれが取材してきた“戦略経営者”を概観してみると、②差別化戦略と③集中戦略の組み合わせをとるケースが多いように思われる。

 ③集中戦略は、いわゆる「地域一番店」を目指すなどといった地域密着的な取り組みがひとつ。もうひとつはニッチな商品開発により他社が手を出しにくい参入障壁をつくりだす手法が考えられる。たとえば、限定された地域に頻繁に御用聞きに回り、電球1個本の取り換えでもかけつける家電店。あるいは、それなりの設備投資をしながら少量多品種のオーダーメード製品を手掛け、取引先の「困りごと」を解決する製造業などもそうだろう。中国地方のある中小計測器メーカーでは、顧客の注文に細かく対応することで、同業の大手企業から回ってくる仕事が増えてきたという。概して大手では、手間がかかりスケールメリットが見込めない取引は避ける傾向があるからだ。

 もちろん、②の差別化戦略を全国規模で行えれば、なお良いだろう。しかし、中小企業の場合、経営資源は限られている。小規模企業であればあるほど、地域あるいは顧客を限定し、そこに資源を集中して差別化戦略を徹底することが、成功への早道だと考える。

 さて、次ページ(『戦経経営者』2024年4月号P13)からは、TKC会員事務所の顧問先によるケーススタディーである。ポーターの競争戦略にも通じる“戦略経営者”の思考法を体感していただきたい。 

(本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2024年4月号