「ダイバーシティ」が人々の口の端に上るようになって久しい。とくに組織のあり方については、「日本の遅れ」に言及する文脈で使われる機会が増えている。人材の多様性が中小企業経営に及ぼす効果を探ってみた。

多様な人材が活躍する会社

 図表1(『戦略経営者』2023年11月号 P11)をご覧いただきたい。経済産業省が選定する「ダイバーシティ経営企業100選」を受賞した中小企業を、そうでない中小企業と比較すると、人材の採用・定着、社員満足度、売上高、営業利益など、すべての指標で「良好」とする企業の割合が高くなっている。多様性を積極的に受け入れる「懐の深さ」が、良い人材を引き付け、結果として業績もよくなるとの状況は、十分にありうることだろう。「多様性のあるチームの方が、より革新的なアイデアを生み出す」と主張した海外の学術論文もある。

異なる価値観を融合させる

 ちなみに経産省は、ダイバーシティ経営を「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義する。ちなみに、ここでいう「多様性」とは「性別」「国籍」「年齢」「学歴」「性自認」「性志向」「宗教」「障害の有無」「ライフスタイル」「働き方」などを指す。

 もちろん、女性、高齢者、障害者、外国人などの人材の採用が取りざたされているのは、「近年の深刻な人手不足をとりあえず補うため」という現実的側面が大きいのは事実である。しかし、その目的だけを漫然と追求していては、社内の混乱を招く可能性もあり、逆にマイナスに振れるリスクが生じてしまう。経産省が定義するように、イノベーションや価値創造につなげていく方向性のもと、組織を改変する経営者の意思が強く求められる。

 では、なぜ多様な人材を採用し生かすことが、イノベーションや価値創造につながるのだろうか。

 よく言われるのが、さまざまな価値観がミックスされ、それらがうまく融合された場では、コミュニケーションなど交流のなかで多くの気づきが得られるということである。似たような価値観を持つ人たちの集団では、いくらコミュニケーションを重ねようと、発想は狭い範囲にとどまり、その範囲を超えたアイデアは出にくい。そのため、発信者(たとえば上司)の意見を周囲が補強する形で議論が進みがちになる。ところが、多様な価値観がぶつかり合う議論においては、その限りではない。

 とはいえこれも、組織が人材の多様性を積極的に受け入れ、少なくとも文化や制度などを変革しようとするタイバーシティ・マネジメントが機能しているという前提つきである。つまり、最近とみに目に付く言葉である「インクルージョン」(多様な人材が互いに機能している状態)が担保されてはじめて、組織の活力向上に資するというわけだ。

 ダイバーシティ・マネジメントに詳しい立教大学の尾崎俊哉教授は、著書『ダイバーシティ・マネジメント入門』の中で、「ダイバーシティ・マネジメントとイノベーションの関係は2階建ての構造を持っていることが理解される。1階部分をなすのが人材である。人材の多様性は、イノベーションを生みだす必要条件だからである。しかし、1階部分だけでは、イノベーションが起こる可能性があるというところまでである」と述べている。

強力なリーダーシップが必要

 では、そうした2階建ての部分をつくるにはどうしたらよいのだろうか。

 図表2(『戦略経営者』2023年11月号 P12)をご覧いただきたい。

 経産省の作成したパンフレットから引用した図だが、それによると多様な人材の活躍を実現するには「経営者の取り組み」「人事管理制度の整備」「現場管理職の取り組み」の「三拍子」がそろっていることが必要なのだという。

 経営姿勢や理念の表明は、どの企業にとっても必須のものだが、とくにダイバーシティ経営においては、人材が多様であるからこそ、組織をひとつにまとめるための方向性が必要となる。もちろんそこにはトップの強いリーダーシップが求められる。

 経営者はまず「経営ビジョン」として「多様な人材の活躍」を打ち出さなければならない。とくに、ほぼ単一民族で価値観の幅の狭い日本人は、異質な人々を排除する傾向がある。ビジョンや方向性をトップが強力に打ち出してはじめて、従業員たちは心理的に異質な人々を受け入れる態勢を整えることができるようになる。多様な人たちが混在する組織では、価値観や文化、ものの考え方も多様化する。そうしたなか、社員同士の考え方がぶつかった時、あるいは行動に迷った時には、「この会社の経営はどういう目的で、どんな手法を使って行われるのか」、つまり確固とした理念や方針を共有しておくことで、個々人の統一感を担保できるというわけだ。

 しかし、もちろん理念や方針だけでは具体性が足りない。そこで経営者の発した理念や方針にもとづき、人事管理制度の整備と現場管理職の緻密な取り組みが必要になってくる。

 価値観や考え方が多様になれば、働き方も多様になるので、それらを考慮した制度を用意しなければならない。たとえば、主婦や高齢者であれば時短勤務、外国人であれば自国語のマニュアル作成、身体に障害がある人であればオフィスのバリアフリー化を考える必要があるだろう。また、働き方の違いと各人の能力・個性を勘案しながら、役割や成果に基づいた評価の基準をつくり、それぞれが100%能力を発揮できる土壌づくりも必須だ。

 また、中間管理職の職場管理も重要になってくる。いくら人事管理制度が整備されても、実際に働く人が、その制度を十全に活用し、モチベーション高く仕事ができる雰囲気がなければ、絵に描いた餅である。その雰囲気づくりを行うのが現場の管理職である。

 管理職は、各人の能力の違いを正しく見極め、経営戦略に紐づけた適切な業務指示で各人の能力が発揮できるよう導かなければならない。本人の適性に合わせた現場を選び、環境を整備し、併せて周囲の社員たちを啓蒙(けいもう)していくのである。

 組織の規模にもよるが、概して経営者は従業員それぞれに細かい指示はできない。トップの方針や理念を正しく理解しながら、ダイバーシティ・マネジメントを回すのは現場管理職なのである。

多様性が評価を左右する時代

 経済産業省では、ダイバーシティ経営の成果について、図表3(『戦略経営者』2023年11月号 P13)のようなイメージを提示している。これによると、①プロダクト・イノベーション(商品・サービスの開発・改良など)②プロセス・イノベーション(生産性の向上、業務効率化など)③外的評価の向上(顧客満足・市場評価の向上、優秀な人材獲得など)④職場内効果(社員満足の向上、職場環境改善)という効果がダイバーシティ経営には期待されるという。

 とくに③外的評価の向上は、中小企業にとっての喫緊の課題である人手不足問題の有効なソリューションとなりうるという意味で要注目である。

 ハーバードビジネスレビューの日本サイトによると、回答者1,000人を対象にしたある求人サイトの調査で、求職者が求人情報を見る場合、67%がその組織の従業員の多様性をあらかじめ確認してから、応募するかしないかを決定している。また違う調査では、女性の61%が、就職先を決める際に、経営幹部内のジェンダーの多様性を重視しているのだという。

 これらは海外のリサーチ結果だが、ダイバーシティという意味では国際的に遅れている日本も他の先進国を追いかける形で、多様性へのニーズが急速に高まってくることは確実である。つまり今後、求職者、とくに優秀な求職者になればなるほど、入社すべき職場の多様性を重視するようになるということだ。

 加えて、投資家にとってもダイバーシティは大きな評価の指標となるだろう。いまのところは大企業に限られるが、SDGsがそうなりつつあるように、人材の多様性を達成している企業が、外部の評価を高めるという文脈も、日本市場で近い将来間違いなく現実のものとなると言われている。さらにいえば、さまざまな人材を受け入れる組織は、いま注目されつつある「心理的安全性」が担保されているとの評価を得ることもできるだろう。

 人材の多様性は中小企業経営者にとって、「ピンとこない」ものなのかもしれない。あるいは「人が足りないから仕方なく」取り組んでいる企業もあるだろう。しかし、視点を少し変えれば、経営革新のきっかけになりうるもの。人手不足を解消し、なおかつ経営革新ができるのであれば、経営者にとって掛け値なしに便利なツールと言えないだろうか。

(構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2023年11月号