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電子書籍やオンライン書店の台頭、活字離れ等の影響で書店業界は依然として厳しい環境に置かれている。 そんななか東京都書店商業組合では著名人がおすすめの本を紹介する「#木曜日は本曜日」プロジェクトを立ち上げ、集客を後押ししている。 同プロジェクトの陣頭指揮を執る小川頼之氏と柴﨑王陽氏に、プロジェクトの狙いと"本屋が持つ魅力"を聞いた。
- プロフィール
- 小川 頼之(おがわ・よりゆき)
東京都書店商業組合「#木曜日は本曜日」習慣化プロジェクト特別委員会委員長。有限会社小川書店社長。最近読んで面白かった本は金原ひとみ著『ミーツ・ザ・ワールド』(集英社)。柴﨑 王陽(しばさき・おうよう)
東京都書店商業組合事務局勤務。「#木曜日は本曜日」プロジェクトでは主に組合員書店、関係各所との調整など運営業務全般を担当。最近読んで面白かった本は土屋賢二著『長生きは老化のもと』(文藝春秋)。
──書店業界の実情をお聞かせください。
小川頼之氏と柴﨑王陽氏(左)
小川 ご存じのとおり「ピンチ」です。東京に限らず全国で多くの本屋が廃業に追い込まれています。出版科学研究所のデータによると、2000年には全国に2万1,000店ほどあったそうですが、20年には1万1,000店と20年間で半分近くになっているようです。当組合員の数も22年4月時点で277店と1984年の1,426店をピークに8割ほど減っており、そのほとんどが廃業を理由に退会されました。
──小川さんは組合で役員を務める一方、実際に書店を経営しておられます。売り上げや来店客数の変化をどのように感じていますか。
小川 パソコンやスマートフォンが普及するにつれて来店客がぐっと減った印象です。余暇の過ごし方がデジタルデバイスにシフトしたことで紙の本を読む習慣が失われつつあるのでしょう。当店は港区南麻布という開発が進みつつも昔ながらの風景が色濃く残る街で、100年以上にわたって本を取り扱ってきました。昔は近所の人たちがふらっと立ち寄っては、買った本や読みたい本について店員や他のお客さんと語りあう姿を見かけましたが、最近は読書人口の減少やコロナパンデミックの影響もあり、こういった光景はほぼ見なくなりましたね。
──寂しいですね。
小川 とはいえ、ただ現状を憂いているだけでは何も変わりません。私のほかにももっと集客したい、読書人口を増やしたいと考えている人は多いので、組合員どうしスクラムを組みながら本屋に足を運びたくなるようなプロジェクトを仕掛けているところです。
「人生を変えた本」を紹介
──その一つが昨年10月にスタートした「#木曜日は本曜日」プロジェクトですね。
小川 これは東京都中小企業団体中央会の「デジタル技術活用による業界活性化プロジェクト」の委託事業で、読書家の著名人に「人生を変えた本」を10冊選んでいただき、その本との出会いにまつわるエピソードをインタビューしています。狙いは一人でも多くの人に本屋に足を運んでもらうこと。「忙しいなかでも書店に赴き、ゆっくりと本に向き合う時間を設けてほしい」という思いのもとスタートした企画なので、インタビューでは本の紹介だけでなく本屋での思い出についても深く掘り下げています。
柴﨑 インタビューの模様は当組合のユーチューブチャンネル「東京の本屋さん~街に本屋があるということ~」で公開するとともに、おすすめされた本はプロジェクト参加書店でフェア展開しています。
これまでに俳優、タレント、文化人など、さまざまな分野の著名人に登場いただいており、女優の上白石萌音さんを筆頭にフリーアナウンサーの宇賀なつみさん、テレビプロデューサーの佐久間宣行さん、歌手で作家の加藤シゲアキさん、芥川賞作家の羽田圭介さんなど18人(2月15日時点)の方におすすめの本、本屋での思い出を紹介していただきました。
──反響はいかがでしょう。
柴﨑 著名人が動画でおすすめの本を紹介し、その本を実際に書店で販売するという斬新さが目を引いたのか、情報番組や新聞、雑誌、ウェブメディアなど幅広い媒体で取り上げられました。動画の再生回数はいずれも1万回を超え、なかには100万回再生を突破した動画もあるなど、反響の大きさを肌で感じています。
小川 あまりにも急激に伸びたので、私たちもとてもびっくりしています(笑)。
肝心の本の売れ行きは店によってまちまちで、例えば上白石萌音さんがおすすめされた本は、当店では動画公開後1週間で20冊ほど売れました。プロジェクト参加店全体の実売は約2,200冊で、動画の公開前に比べて伸びています。ただ、再生回数と比べると売れ行きが絶好調とは言い難いので、実売数をさらに増やせるよう引き続き委員会で議論を重ねながら、プロジェクトをブラッシュアップしていきます。
「未来の読者を育てる」
──ユーチューブチャンネルには著名人のインタビュー以外にも書店紹介やドラマ『本を贈る』など多彩な動画が公開されています。
小川 コンセプトは「街の本屋さんを詳しく知ってもらう」ことです。書店業界のあまり表に出ない一面が伝わるよう、店主の人となりや、本屋の経営に懸ける思いをインタビューやドラマ仕立てで発信しています。原案は書店関係の書籍を多く執筆されている作家の石橋毅史さんに、撮影は『地下鉄に乗って』『花戦さ』など数々の映像作品を手がけられ、第42回日本アカデミー賞で優秀監督賞を受賞された映画監督の篠原哲雄さん、ケーブルテレビ会社であるJ:COMの市川浩岳さんなどにお願いしました。
──都心から郊外までさまざまな書店が紹介されていますね。
小川 お店の個性もそうですが、いかにしてお客さまに来ていただくか、魅力にあふれる空間をつくるかなど、それぞれのお店の奮闘が垣間見える仕上がりになっています。単なるビジネスではなく、読書人口を1人でも増やしたい、書店業界を活気づけたいという書店主たちの高い"志"を、動画を通して感じてもらえればうれしいですね。
──例えば、ブックスページワンイトーヨーカドー赤羽店では子ども向けの「おはなし会」を毎月開催されているそうですね。
小川 店主である片岡隆さんの「未来の読者を育てる」という方針のもと、店舗スタッフの方、読み聞かせをする地元ボランティアの方が一丸となって会を運営してこられました。20年以上継続して催されており、総開催数はなんと250超。コロナの影響で1年ほど中止を余儀なくされましたが、昨年復活し今も欠かさず開催されています。
──ほかにもカフェを併設したり、専門分野に特化したり、マスコットキャラクターを作ったりと、それぞれのお店の特色が伝わってきました。
小川 こういった草の根レベルの取り組みにスポットライトを当てることで、多くの方に本屋の魅力が伝わったように感じます。お客さまから「動画を見たよ」と声をかけられた組合員も多く、ユーチューブを活用したPRはわれわれのモチベーションアップにもつながっています。
──ちなみに、小川さんのお店ではどんな工夫を?
小川 当店では親子連れのお客さまが多く来店されるので、学習参考書、図鑑や絵本など知的好奇心を育むような本を中心にそろえています。特にこだわっているのは目線です。例えば絵本や図鑑などは小学校低学年ぐらいの背丈にあわせて、参考書や教科書は大人の背丈にあわせて配置しています。参考書を熱心に品定めする親の後ろで、子どもが絵本に夢中になっている……そんな光景をよく目にしますね。
漫画も話題作は全巻そろえており、流し読みできるようなるべくフィルムはつけていません。中身をチェックしないことには作品の面白さが判断できませんからね。とはいえ、長時間立ち読みされては困るので、「立ち読みは中身を確認するためのものです。全部読むなら買いましょう」と注意書きも掲示しています。
作り手の"念"が集積
──ずばり、本屋の魅力とは何でしょう。
小川 人それぞれ、さまざまな答えがあると思います。私たちもインタビューを通して、著名人や書店員のみなさんに問いかけてきました。例えば池上彰さんは「『知のインフラ』としての機能」とお答えになり、羽田圭介さんは「気分転換ができること」とお答えになりました。ほかにも「知らない世界に触れられる」「アイデアとモチベーションが湧いてくる」「テーマパークのようなわくわく感が得られる」など、本屋がその人の生活にどんな影響を与えているかが分かる回答を多く耳にしました。すべて「なるほど」と腑に落ちましたし、正解だと思います。
そのうえでこれらの回答を私なりに深掘りするなら、「本屋とは著者たちの思いの集合体である」だと思います。よりインパクトのある言葉を使うなら「作り手の"念"の集積」と言っていいでしょう。1冊の本には著者の伝えたい思いや問題意識が込められています。それを編集者や校閲者が読者に伝わるよう言葉を整理し、さらに人目を引き付けるために装丁家が見栄え、触り心地、重さ、質感を整えることで出版される。そんな作り手たちが1冊の本に込めた"思い"や"念"に直に触れられること。これこそが本屋の魅力ではないでしょうか。
──動画でも佐久間宣行さんは「情報量、念が一番強い場所」、鈴木おさむさんは「書いた人の念と引き合う」など、「念」という言葉が多く登場しています。
小川 まさにおふたりがお話しされたとおりですし、私たちがこうしてユーチューブを通して本屋の魅力を発信しているのも、さかのぼれば、ある1冊の本から"念"を感じ取ったことがきっかけかもしれません。
──「1冊の本」とは?
小川 組合の仕事である本屋を訪れたときに、『風になった伝書猫』という小説から、言葉では言い表せない強い"念"を感じたんです。すると店主さんが「この本の著者さんが今、店にいますよ」と声をかけてくれて、紹介されたのが音楽家の田村元さんでした。田村さんは執筆から製本まですべて1人で手作りし、多摩川沿いの本屋を回っては売り込みをかけていたそうです。実際にこの本を読んでみて、「本屋としてこういう本を売っていきたい」という思いに至った私は今の組合の理事長、副理事長をはじめとする組合員有志で版元を立ち上げ、書店で販売してもらえるよう働きかけました。その結果、全国400の書店で取り扱っていただき、初版の3,000部は約半年で完売。追加で3,000部を重版するなど上々の成果を収めることができました。ちなみに、その後この本は角川書店の目にとまり、商業出版されています。
ユーチューブでお世話になった篠原監督も田村さんからご紹介いただきました。そこからJ:COMの市川さん、ライターの石橋さんなど、さまざまな人と出会いました。あのとき、『風になった伝書猫』に出会わなければ、そもそもその本屋に行っていなければ、篠原監督と出会うこともなくユーチューブチャンネルの担当にならなかったことでしょう。そう考えると、1軒の本屋、1冊の本をきっかけに人生が素敵な方向に向かっていったと感じます。
本屋へ行こう!
──最後に読者へメッセージを。
小川 出版不況や本離れが加速していますが、私たちは日々試行錯誤を重ねながら魅力あるお店づくりに前向きに取り組んでいます。ぜひ、時間のあるときは身近な本屋さんに足を運んでみてください。きっと人生に影響を与える素敵な1冊と出会うことでしょう。
(インタビュー・構成/本誌・中井修平)