トップ対談
地域「事業者支援態勢」の中核を税理士に担ってほしい
遠藤俊英 ソニーグループ(株)シニアアドバイザー 元金融庁長官 × 坂本孝司 TKC全国会会長
金融庁は本事務年度金融行政方針において「事業者支援態勢構築プロジェクト」を打ち出し、地域金融機関に対して税理士等との連携による踏み込んだ中小企業支援を求めている。ソニーグループ(株)シニアアドバイザーで元金融庁長官の遠藤俊英氏と坂本孝司TKC全国会会長が、コロナを乗り越え力強い経済回復を後押しする両者連携の方向性を熱く語り合った。
進行 TKC全国政経研究会事務局長 内薗寛仁
とき:令和4年7月4日(月) ところ:TKC東京本社
20代後半で米子税務署長に就任地域経済とマネジメントを学ぶ
──遠藤さんに坂本会長と対談いただくのは、平成30年と令和元年に続いて今回で3度目となります。
坂本 お久しぶりです。これまでと変わらず精力的に活躍されているようですね。本日も、高所大所からお話を伺えればと思います。
ソニーグループ㈱シニアアドバイザー
元金融庁長官 遠藤俊英氏
遠藤 こちらこそどうぞよろしくお願いします。
──あらためて、遠藤さんの人となりをお伝えするために、自己紹介していただきたいのですが、官僚を目指した理由からお聞かせくださいますか。
遠藤 私は、1982年に東大法学部を卒業して当時の大蔵省(現財務省)に入省したわけですけれども、特段立派な大志を抱いて役人になろうとしたわけではないんです。どちからというと、民間企業に勤めようと思っていました。私の父は山梨県の甲府で祖父の営む青果市場を引き継ぐまで商社マンをしていたものですから、私も大学を出たら商社マンを目指そうかなという憧れがありました。ただ、当時、大蔵省と通商産業省(現経済産業省)という2つの日本を代表する官僚組織は、きっとすごいところなのではないかと関心を持っていたんです。
坂本 それには何か理由があったのですか。
遠藤 いまの若い人はあまり知らないかもしれませんが、当時、『官僚たちの夏』という城山三郎の小説を読んでいて、あんなダイナミックな仕事を自分もしてみたいという気持ちがありました。実際、大蔵省や通商産業省の先輩と面談すると、仕事は激務ではあるけれども、将来への夢を語っていたし、日本経済は自分たちが支えているんだという自負もありました。そういった環境の中でいろいろ教えてもらいながら一緒に働いていけるのは、とても面白そうだなと感じました。
坂本 当時、大蔵省に入るキャリアの皆さんは、若くして地方の税務署長に就任するということがありましたが、遠藤さんはどこかに行かれていたのですか。
遠藤 いまはその制度は廃止になりましたが、私は、昭和63年から平成元年にかけて、鳥取県の米子税務署に行かせてもらいました。20代後半の若造でしたけれども、税務署長ですから、地元経済界の重鎮の方々と話をする機会もたくさんあって、すごく濃密な経験をさせてもらいました。皆さん、地元のことをいろいろ教えてくださって、そういう交流を通じて「そうか、地方経済というものは、こういう方々が中心となって支えて回っているんだな」ということが身に染みてわかるようになりました。
坂本 その後のお仕事にも生きてきそうな経験だったのですね。
遠藤 そうなんです。地方活性化のための政策を考えるにしても、制度を作る、あるいは予算を措置するといったことを、とかく頭だけで考えてしまいがちです。そうではなくて、その地方の方々の顔や現場のことを実際に思い浮かべながら、こういう政策を講じたら彼らは一体どのように評価するだろうかと具体的にイメージできるかどうかが重要だと思うのです。
他にも税務署長のときに学んだことがあります。当時、署内には100人程度の職員がいたのですが、特に、中堅や若手にやる気をもって仕事をしてもらうにはどうすればよいか、責任あるトップとして必死に考えなければならなかったわけです。そうした組織のマネジメントを若くして経験できたことも、私にとって非常にありがたかったですね。
金融庁改革の一環として若手職員のアイデアを政策に活かす
TKC全国会会長 坂本孝司
坂本 初めてお目にかかったのが監督局長をお務めのときだったこともあって、私には遠藤さんといえば金融庁という印象がとても強いのですが、金融庁でお仕事をされるようになった経緯を教えていただけますか。
遠藤 それは歴史のいたずらみたいなものなんですが、金融庁は、金融不祥事や金融危機などを契機とする財金分離(国の金融当局は財政当局からの独立性を保ちながら金融行政を行うべきだとする考え方)のため、大蔵省から金融監督部門が分離して生まれた組織です。当初は金融監督庁といいましたけれども、ちょうど分離した1998年から4年間、私はアメリカに本部がある国際通貨基金(IMF)に大蔵省から出向していました。それで2002年に帰国して就任したのが金融庁に属する証券取引等監視委員会の特別調査課長だったということです。
──その後、金融庁では検査局長や監督局長などの要職を経て、2018年に金融庁長官に就任されました。長官として特に力を注がれたことは何ですか。
遠藤 これは税務署長のときの経験にもつながる話なのですが、金融機関に変化を求めるのであれば、自分たちも変わらなければいけないだろうという考えがありました。そのためには、若手や中堅の職員が面白いと思える仕事ができて、やりがいがありモチベーションを高く持ってもらえるような組織にすることが一番重要なのではないかと思っていろいろな取り組みをしました。その中の1つに「政策オープンラボ」の設置があります。どういうものかというと、庁内改革の一環として若手を中心とした職員の新たな発想やアイデアを政策に活かすため、職員自身の本来業務以外にも自主的な政策提案ができるという枠組みです。上司や同僚の評価を気にすることなく発言や行動をしてほしかったからですが、これが私の期待以上に成果を挙げています。
例えばアメリカについて、これまでニューヨークのウォールストリートにあるような大手金融機関のことばかり引き合いに出していたけれども、州ごとにあるようないわゆるコミュニティーバンクについては何も知らないではないかということで、その研究を始めたチームがありました。彼らがそこで発見したのは、包括担保法制という仕組みです。要するに、工場や機械、株などに関する個別担保はもちろんあるのですが、それ以外に、借り手を全面的に支えるために経営全体を1つの担保とするという、金融庁が進めてきた事業性評価にも通じる仕組みが法制化されていたのです。いまやこのような仕組みを日本にも導入できるかどうか議論が始まっています。金融庁とともに法務省や経済産業省も検討しています。
坂本 成果が実るといいですね。アメリカといえば、私はいま、職業会計人における独立性概念について研究しているのですが、洋の東西を問わず、諸外国の進んでいる部分を国内の事情に照らし合わせて法制度に活かしていくという考え方は、とても重要だと感じています。
企業の交渉相手から相談相手に税理士との連携を監督指針に盛り込む
──昨年8月に金融庁から「2021事務年度金融行政方針」が公表されました。その「経営改善・事業再生・事業転換支援等の推進と態勢構築」の項目の中には、地域の関係者として金融機関や信用保証協会などが掲げられ、「税理士」も最後に明記されています(下)。
金融庁「2021事務年度 金融行政方針」(2021年8月)より抜粋
Ⅰ. コロナを乗り越え、力強い経済回復を後押しする
2. 地域経済再生のための取組み
(1)経営改善・事業再生・事業転換支援等の推進と態勢構築
ワクチン接種の進捗等により、経済活動は徐々に活性化していくことが期待されるものの、コロナの影響と売上の回復の行方は個々の事業者により様々だ。特に、資金繰り支援にとどまらない経営課題に直面する事業者に対しては、地域に根差した金融機関が中心となり、地域・業種の特性も勘案し、経営改善・事業再生・事業転換支援等の取組みを進めていくことが必要だ。
このため、地域の関係者(金融機関、信用保証協会、商工団体、地方公共団体、中小企業再生支援協議会、中小企業基盤整備機構、地域経済活性化支援機構(REVIC)、税理士等)と連携・協働し、実効性のある事業者支援態勢の構築・強化を通じて、経営改善・事業再生・事業転換支援等の取組みを一体的かつ包括的に推進していく。具体的には、財務局において、経済産業局と連携し、こうした地域の関係者と協議の上、都道府県ごとに事業者の支援に当たっての課題と対応策を関係者間で共有する「事業者支援態勢構築プロジェクト」を推進する。その際、必要に応じて支援や相談の軸となる中核機関を特定するなど、個々の事業者が適切な地域の関係者から支援を受けられる態勢となっているか確認する。
(下線は編集部)
坂本 このように金融行政方針の中に税理士という職業が盛り込まれるのは画期的なことであり、また勇気づけられることでもあります。
遠藤 それは当然のなりゆきです。税理士をはじめとする外部専門家の方々には、地域経済エコシステム(※)を構築する地域企業の支援関係者として、引き続き金融機関と二人三脚で地域の活性化に努めていただかなければいけません。そのために、これまで金融行政の改革が進められてきたわけですが、その起点は、平成23年(2011年)における地域密着型金融(リレーションシップバンキング)の推進に関する監督指針の改正にあります。
当時、中小企業金融円滑化法の期限が迫る中で、地域金融機関がいかにして企業に向き合うべきなのかについて、金融庁内でもさまざまな議論を行っていました。そのときに、金融機関だけで十分な付加価値を地域企業に提供するのには限界があり、外部専門家の方々の力を借りなければ難しいのではないかという仮説のもと、実態を調べてみることになりました。
私は地域金融担当の監督局審議官で、数名の課長補佐クラスの若手でチームを作って一緒に全国各地を回りました。その結果、地域企業のサポートに優れた金融機関は、その地域における優れた外部専門家の方々と上手く連携していることがわかりました。つまり、税理士をはじめ中小企業診断士や商工会議所の経営指導員の方々など、高い志をもって地域企業のために努力されている優れたキーパーソンとネットワークを築いていたのです。
そのときお会いしたある信用金庫の理事長さんとの話がとても強く印象に残っています。融資先企業のニーズをどのように把握されているのか伺ったところ、「顧問税理士さんに協力してもらっている。われわれ信金は、融資先企業から見れば“交渉相手”で税理士さんほど社長さんと本音ベースの話はできない。だから、いざというときには、“相談相手”である顧問税理士さんとよくコミュニケーションを取りながら、タッグを組んで対応しながらわれわれも交渉相手から相談相手になれるよう努力している」という答えでした。このようなヒアリングの結果を監督指針の中に初めて盛り込んだわけです。
坂本 そのような方針を示していただいたおかげで、金融機関との関係はだいぶ深まってきました。先般、栗田照久監督局長と対談させていただいたのですが、その折に栗田局長は、認定経営革新等支援機関である金融機関や税理士等が連携して中小企業の経営改善支援に取り組む地域ごとの「事業者支援態勢」を構築することが金融行政方針の目玉であると述べられました。また、私からは、この4月に見直された「ポストコロナ持続的発展計画事業」を活用することの重要性についてご提案したところ、栗田局長がすぐさま本事業の活用を全国地方銀行協会や全国信用金庫協会などに対して要請してくださいました。
遠藤 そのような方向性はこれからも変わらないでしょう。TKC会計人をはじめとする税理士の皆さんには、ぜひとも地域の「事業者支援態勢」の中核を担ってほしいと思います。
(※)地域経済エコシステム:ある地域において、企業、金融機関、地方自治体、政府機関などの各主体が、それぞれの役割を果たしつつ、相互補完関係を構築するとともに、地域外の経済主体等とも密接な関係を持ちながら、多面的に連携・共創してゆく関係(金融庁「変革期における金融サービスの向上にむけて~金融行政のこれまでの実践と今後の方針(平成30事務年度)~」82頁参照)
「優良な電子帳簿」と書面添付制度は中小企業金融の円滑化に有効
──遠藤さんは長官当時、「経営者保証に関するガイドライン」の定着に向けた書面添付制度の活用について『TKC会報』の中で次のように述べられています。
「ガイドライン上、法人と経営者との関係を明確に区分・分離することが求められているところ、経営者に対してその必要性を認識してもらうほか、書面添付制度の活用等を通じてその実態を保証するといった形で、税理士が経営者と金融機関の橋渡しを行うことにより、ガイドラインの浸透・定着が促進することが期待される。」(『TKC会報』2019年1月号提言)。
坂本 心強いご提言です。書面添付制度はわれわれ税理士が「申告書の適法性等の保証に加えて、その基になった決算書の信頼性を保証する」ということで、いわば資格をかけて実施しているものですから、国税だけではなく、融資の経営者保証解除などを含めて、中小企業金融にもさらに活用していただきたいと考えています。
遠藤 経営者保証の問題については、随分前から議論されていて、いまご紹介があったように、ガイドラインもしっかり示されています。しかし、経営者保証を解除するための基準をどのように実施していけばよいのかというと、多くの人たちが納得できるよう実績を積み重ねるしかありません。
坂本 金融商品取引法監査等は約2万社(2021年11月時点)という状況の中で、税理士法に基づく書面添付制度は約26万社(2021年3月時点)、日本の全法人の1割近くに実施されています。このようにTKC会員をはじめ税理士は相当頑張っており、さらに書面添付制度を経営者保証解除等に役立てていく実績を積み重ねていくことが重要だと考えています。
遠藤 書面添付制度は、いわば「税務監査」ですね。地域では税理士さんと税務署というのは、互いに顔が見えている関係でもあるわけですよね。その関わりの中で信頼できる税理士さんが税務申告書にお墨付きを与えているのであれば、あえて税務調査をする必要はないと考えるのが自然な流れではないでしょうか。その意味で書面添付制度は、中小企業金融にとっても非常に有効な手段だと思います。
坂本 遠藤さんがご指摘のとおり、reliability(信頼性)に加えて、credibility(信用力)も重要なため、われわれは書面添付制度のさらなる実践に取り組みつつ、地域の金融機関とのトップ対談や交流会等を通じて、相互理解に努めていくことが重要だと認識しています。
──書面添付制度の基になるのは、日々の適時に正確な記帳(入力)に基づく会計帳簿(電子帳簿含)です。残念ながら本年1月に施行された改正電子帳簿保存法では、トレーサビリティ(訂正等履歴)が確保されていない電子帳簿(その他の電子帳簿)が法制化されてしまいました。TKC全国会では、これまで通り、トレーサビリティーが確保された「優良な電子帳簿」を圧倒的に増やしながら、その結果、書面添付も増やしていくことを運動方針に掲げています。われわれは最後まで、いつでも改ざんが可能な「その他の電子帳簿」を認めれば「悪貨は良貨を駆逐する」ように、いつまで経っても信頼性の高い「優良な電子帳簿」の普及・一般化は進まないと税務当局に訴えてきましたが、結果惨敗しました。この辺りについて遠藤さんのご所見をお聞かせいただけますか。
遠藤 デジタル化で必要となるのは、ブロックチェーンの基本概念にみられるようにトラックレコード(過去の実績や履歴)を確保し、それを第三者が見ることができることです。税務執行の観点からも、帳簿に履歴が残らないのだとすれば、税の執行もかなり大変になるのではないかと想像します。法改正にどのような背景や経緯があったのかはわかりませんが、伺う限り本改正は、税務当局にとっても大きな課題を残すことになるのではと感じます。TKCの皆さんが、「優良な電子帳簿」を圧倒的に普及・拡大することで、それを日本のスタンダードにしていただくことを期待しています。
迅速な情報開示が企業体質を強くする MISで経営者の意識が転換された
──TKC全国会は、中小企業金融を支えるインフラとして「TKCモニタリング情報サービス(MIS)」の推進にも力を注いでいます。MISを使えば、関与先企業の電子申告時に決算書等を取引のある金融機関に対して同時に提供することができます。コロナ下という状況もありましたが、この仕組みが金融機関から大いに評価されて、この3月末に利用申込件数が30万件を超えています。
遠藤 それはすごいですね。どれくらいの金融機関が利用しているのですか。
──現在、476の金融機関にご利用いただいています。
坂本 MISが急速に普及したことによって、これまで決算書等を金融機関に対してオープンにするのを躊躇っていた多くの経営者の意識転換がかなり図られました。この前向きな変化はこれからの中小企業支援において非常によい影響をもたらすと考えています。
遠藤 私は、その情報が自社にとってプラスでもマイナスでも開示することによって企業の体質は強くなると思っています。おそらく情報開示を躊躇する経営者は、そこに悪い数字があった場合、取引が不利になるのではないかと恐れているのでしょう。しかしそれはまったく違います。正直に示された情報を受け取った側は、そのことを高く評価すると思います。特に、誠実に向き合おうとしている金融機関であればなおさらです。悪い情報も含めて、それらを克服するために一緒に経営改善していきましょうという話になるにちがいありません。
坂本 そうなるように、さらにMISを通じて、決算書だけでなく半期、四半期または月次で試算表を金融機関と共有して、情報の非対称性を解消してことに努めていきたいと思います。
民間の前向きな働きの先にある地域活性化に伴走してほしい
──ところで、遠藤さんは金融庁長官をご退任後、現在、ソニーグループ(株)シニアアドバイザーなど、各社顧問としてご活躍ですが、その点についてお聞かせください。
遠藤 おかげさまで、複数の企業に関わって、それぞれミッションが与えられて仕事をしているわけですが、共通しているのは、組織を強くするにはどうすればいいかという問題に向き合っているということです。そのポイントはやはり中堅・若手社員です。組織の中で中堅・若手社員がいまどういうことで悩んでいて、どうすればそのモチベーションを高めることができるのかという問題で多くの経営者は悩んでいます。ですから、私は、経営者と中堅・若手社員とのつなぎ役のような立場でアドバイスをさせていただいています。
また、中小企業とは離れますけれども、コーポレートガバナンスが組織内においてどのように働いているかなども具体的にわかるので、自分にとってそれがとても勉強になっています。
坂本 経営者に対し、ズバッと単刀直入に問題点を指摘されるのでしょうから、遠藤さんを顧問に迎え入れた経営者の方々は懐が深くてご立派ですね。
遠藤 こんなはずじゃなかったと思われているかもしれませんね(笑)。やや言いすぎたなと反省することも多いです。
──TKC全国会では向こう3年間の運動方針として「未来に挑戦するTKC会計人──巡回監査を断行し、企業の適正申告と黒字決算を支援しよう!」を掲げ、その具体策である「優良な電子帳簿を圧倒的に拡大する」「租税正義の守護者となる」「黒字化を支援し、優良企業を育成する」という3本柱の実現に力を注いでおります。
坂本 つまり、コストカットによる利益創出ではなくて、中小企業の付加価値を伸ばす運動に転換しようという取り組みなのです。ここでいう付加価値(限界利益)とは、人件費・減価償却費・金融費用・経常利益などを加算した、企業が新たに生み出した価値の総和を指します。例えば、人件費は役員や従業員の給料に充てられ、減価償却費は設備投資をしないと生まれず、金融費用は銀行などの返済に回ります。利益を出せば、自社の経営基盤が強くなり、従業員や取引先も喜び、社会もよくなる「三方よし」の経営ができるようになります。そんな経営者のいる中小企業をどんどん増やしたいと思っています。
遠藤 よいサービスや商品を顧客に提供して、その分の収益をしっかり受け取るというのは極めて重要です。ある西日本の信用組合の事例ですが、金融商品は一切扱わず、融資と預金に特化したビジネスモデルで融資の審査は原則3日以内で決裁することで差別化しています。その結果、方針として掲げている預貸率9割超を実現しています。金利は他の金融機関より高いのですが、このスピード重視の経営をトップが率先して実践しています。
坂本 掘り起こせば資金ニーズにはまだ伸び代があるという好事例ですね。
──時間も迫ってまいりました。最後に、TKC会員に対するメッセージをいただきたいと存じます。
遠藤 これまでの経験から私は、地域の活性化は行政が生み出すものではなく、民間企業の前向きな働きの先にあるものだと思っています。繰り返しになりますが、地域経済エコシステムにおいて、さまざまなプレーヤーやステークホルダーがいる中で、やはり税理士の皆さんは地域金融機関と同様に極めて重要なポジションにあるということを今一度ご認識いただきたいと思います。
そして今日、一貫してお話ししたかったのは、仕事は前向きに面白くしないと成果もあがらないし、何より継続できないということです。税理士の皆さんも同様に感じられていると思うんですね。いま目の前にいる関与先企業を徹底的に伴走しながらサポートしようという気持ちで深く関わる。そのことによって、その企業の経営が改善し、さらに成長していく姿を見ることが、税理士の皆さんにとっても、すごくやりがいがあることではないでしょうか。
やりがいを感じながら、厳しい状況下にある中小企業のために、地域金融機関と一緒に伴走していただけるようなTKC会計人の方々が、全国の地域で活躍されることを大いに期待しております。
坂本 遠藤さんと話していて、勇気が沸いてきました。私たちも金融機関との連携をさらに強めて中小企業の皆さんに前向きになってもらえるようなご支援にしっかりと取り組んでまいります。
(構成/TKC出版 内薗寛仁・古市 学)
遠藤 俊英(えんどう・としひで)氏
1959年生まれ。山梨県出身。1982年東京大学法学部卒業。金融庁検査局総務課長、総務企画局総務課長、総務企画局参事官(監督局担当)、同局審議官(監督局担当)、同局審議官(企画・市場・官房担当)、検査局長、監督局長等の要職を歴任し、2018年7月金融庁長官に就任。2020年退任後、複数の民間企業の顧問等を務める。
(会報『TKC』令和4年8月号より転載)