対談・講演

税理士業界全体がより社会に認められ、尊敬される職業になるよう力を尽くす

第7代TKC全国会会長 坂本孝司会長に聞く

とき:平成28年11月17日(木) ところ:ホテル椿山荘東京

平成29年1月からTKC全国会第7代会長として坂本孝司新会長が誕生した。坂本会長はこれまで全国政経研究会幹事長、TKC静岡会会長、TKC全国会副会長などを歴任。また中小企業会計の研究者として会計帳簿の意義を追求・発信し続けてきた。「国家に貢献できる職業としての税理士の社会的地位を高めていきたい」との思いを強く抱く坂本会長にロングインタビューを受けていただき、会長就任の抱負やあるべき税理士像、ご自身のルーツまで幅広く語っていただいた。1月号・2月号の2回シリーズに分けてお届けしたい。

◎インタビュアー 会報「TKC」編集長 石岡正行

巻頭インタビュー

破壊的イノベーションを定着させた初代会長の思いを今様に徹底実践

 ──この1月から、粟飯原一雄前会長からのバトンタッチを受け、坂本孝司会長が第7代TKC全国会会長に就任なされました。ご就任おめでとうございます。

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長
坂本孝司

 坂本 ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。

 ──坂本会長はこれまで政経研幹事長、静岡会会長、全国会副会長等、会務へ多大な尽力をされてきました。今後は全国会会長として、すべてのTKC会計人を導いていくという大事なお役目を担われるわけですが、まずはご就任の率直なご感想と抱負をお聞かせください。

 坂本 粟飯原前会長には、私が戦略特別委員会委員の時から20年以上にわたりご指導をいただいてきました。非常に判断力と決断力に長けた方で、リーダーシップについて勉強させていただき、大変感謝しています。
 その粟飯原前会長ご自身が、TKC全国会創設50周年に向けての戦略目標とロードマップを示してくださいました。ですから私は会長として何か新しいことをスタートさせるというより、今まで展開されてきたTKC全国会の活動、あるいは税理士業務をより一層追求していきたいという思いが強いです。
 私は、税理士というのは、①税務、②会計、③保証業務、④経営助言──という4つの分野の専門家であるべきだと考えています。もちろん税務は大前提です。これに加えて、これからは税務以外の「会計」「保証業務」「経営助言」の3つの分野をより研ぎ澄ます必要があります。それには、飯塚毅先生が言われた「自利利他」「租税正義」といった哲学を現代に合わせ、今様に具体化していきたいと考えています。
 イノベーション研究の第一人者であるC・クリステンセン氏によれば、イノベーションには①持続的イノベーション(競争力を生み出す)、②破壊的イノベーション(新たな市場を形成する)──の2つがあるとのことですが、飯塚毅先生はすごい。飯塚毅先生は「『租税正義の実現』を最高の理想とし、租税法律主義の下で租税法に精通し、これを関与先の防衛と繁栄のために縦横無尽に活用できる税理士となる。そして、税務当局には阿(おもね)らず、関与先の不正な要求には妥協せず、かつ関与先の指導には労を惜しまず、担雪埋(たんせつまい)井(せい)の精神で、正々堂々と活路を開こう」という志をもって会計事務所を開業されていました(飯塚真玄著『自利利他の経営』TKC出版、2015年、250頁)。ここに税理士業務のあるべき姿がすべて言い尽くされています。
 そして「巡回監査」をあみだし、「租税正義」という言葉を提唱されました。「企業防衛」もそうですね。これらはすべて、破壊的イノベーション。飯塚真玄TKC会長によるFX2の開発も破壊的イノベーションですよね。FX2が提供開始された平成元年当時はパソコン会計が注目されていましたから、その中でセンター利用しながら自計化せしめるなんてあり得なかったわけですからね。
 ですからTKC全国会としては、破壊的イノベーションを提唱し、税理士の業務として定着させてくれた飯塚毅先生の思いを、今様に徹底実践していくことしかないと感じています。
 テクノロジーの進化は目覚ましいものですが、(株)TKCがしっかりサポートしてくださっています。ですからTKCのご支援をいただきながら、今まで活動してきたTKC全国会の方向性が時代に合うよう心を砕く。そして全国会活動を積極的に発信し、会員はもちろん特に金融機関を主とした外部の方に対して、税理士の存在意義や役割を改めてきちんと伝えていきたいと考えています。

先頭集団だけでなく会員の段階に応じた「目配り」を肝に銘じたい

 ──発信力を強化し、内外に税理士の存在感をアピールしていくと。会員にとっては非常に力強いメッセージです。

 坂本 ただ正直に言えば、一部の人のためのTKC全国会ではいけないと思っていましてね。平成24年から4年間、静岡会の会長をさせてもらって強く感じたのは、やっぱり幅広い会員がいるということなんです。全国会の会議に出ますと、地域を代表する皆さんですから、やっぱり一流の先頭集団。そういう方が集まる会議は、どうしても勇ましい話になってしまうんですね。「エイエイオー!」というような(笑)。ところが同じトーンで地域会に帰って話をしても、なかなか伝わっていかないなということがありました。
 先頭集団の、すでにできあがっている事務所はそれでもいいんです。ただ、皆さんも絶対に経験があるはずなんですが、私も開業当時は非常に苦しみました。その時の苦しい状態が続いている方も全国にはたくさんおられるんですよ。だから、どれだけ人として組織として、そういった苦しんでいる方々の応援をするかということを考えて会務に当たっていました。
 いまやTKC全国会会員は1万人を超え、新入会員もどんどん増えています。先頭集団とこれからスタートする方とはいつでも混在している状況がありますので、やっぱりきちんと目配りをして、段階に応じた会の対応策を考えていきたい。全国会会長として運営をするに当たって、ここだけは絶対に忘れずに、肝に銘じておきたいと思っています。

税理士制度が日本に絶対に必要だと認知してもらえる活動の展開を

 坂本 もう一つ、税理士業界全体がより社会から認められ、より尊敬される職業へとその存在価値を高めていきたいというのが本音です。そのためには法制度の改正も含めて、実践的な運動を展開していきたい。数年前に「今後10年でなくなる仕事」として「税理士」「公認会計士」が挙がっていましたが、日本の中小企業、国民、そして日本全体にとって、税理士制度が絶対に必要なものであるということをより認知していただけるようにしたい。そのためには、まずはわれわれTKC会計人が率先して国家に貢献できるような運動を展開していく──ということに尽きるのではないでしょうか。

 ──篠澤忠彦政経研会長のご指名で、次期政経研会長に就任されるとお聞きしています。全国会会長と政経研会長を担われるというと、飯塚毅全国会初代会長が思い出されます。坂本会長は政経研幹事長として長く政経研活動に携わってこられましたが、印象的な政経研活動というと、どんな出来事を挙げられますか。

 坂本 政経研活動は、平成6年に政策審議委員としてのお役目をいただいてからもう20年以上携わってきました。篠澤会長をはじめとした政経研メンバーや歴代の政経研事務局長には大変力をお借りしてきたと思っています。
 印象深いことといえば、やっぱり適時性・正確性という記帳条件の明確化が規定された平成17年の商法改正と会社法の創設ですね。それまでは、飯塚毅先生が指摘されたように、ドイツでは商法(HGB)第239条および国税通則法(AO)第146条に、「(記帳は)完全網羅的に、正確に、適時にかつ整然と行われなければならない」という規定があるものの、日本の商法では「整然かつ明瞭に」と記載されているのみでした。これを絶対に改正しなければならないというミッションが政経研にはあったわけです。これはTKC全国会創設以来の課題であり、飯塚毅先生の悲願でもありました。
 実現のきっかけは、公明党の富田茂之先生(現公明党TKC議員連盟会長)が作ってくださったんですよね。そして当時、衆議院法務委員長をお務めだった自民党の塩崎恭久先生(現厚生労働大臣・自民党TKC議員連盟会長)のご尽力で、記帳条件の明確化を規定した改正商法・会社法が平成17年6月に成立したのです。これは大変うれしかったですね。
 実はその前年、平成16年11月23日に飯塚毅先生が亡くなられました。同年12月14日に護国寺で合同葬儀があり、そこに富田先生や塩崎先生もお見えになっていたのです。そして飯塚先生の葬儀開始5分前くらいに塩崎先生から、「商法改正に当たって、記帳条件の厳格化に全力で取り組む」といったお言葉をいただいたのです。私にとっては非常にドラマチックな出来事で、葬儀は飯塚先生とのお別れの会ではありましたが、「飯塚先生、先生の悲願がついに実現します」というご報告ができた。本当に感慨深いものがありました。

 ──当時の全国会会長は、坂本会長の恩師でもある武田隆二先生でしたね。

 坂本 ええ。武田先生に当時の髙田順三事務局長が報告に行ったところ、武田先生は「にわかに信じがたい。商法本法に『適時・正確』が入るというのはありえない」と言われたそうです。それだけ大きな成果であったということですよね。
 残された問題は、「適時・正確」という文言が税法に入っていないこと。例えば、法人税法第22条第4項に「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」とあるでしょう。これは会社法第431条にいう「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」と、同法第432条に規定されている記帳要件を前提とした概念であると考えられますね。したがって、会社法と法人税法との整合性を図るためにも、「適時・正確」という文言を税法にも入れるべきなのです。商事基本法である商法と会社法が「適時・正確な記帳」を義務づけているのに、法人税法上は「適時・正確な記帳」でなくてもよい、というのは整合性がなく法治国家として大問題ですね。この解釈を堂々と内外に表明・発信し、実現のための政策提言活動を展開していきたいと考えています。

安易なクラウド会計ソフトに流されずインフラ(帳簿・税金)当事者としての自覚を

 ──特に最近では、税法で適時性・正確性が規定されていないことを逆手に取ったような動きも散見されますね。

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 おっしゃるとおりです。特に、フィンテック企業がうたっている「自動仕訳」は、テクノロジーとしては非常に喜ばしいものですが、「自動仕訳=適時・正確」ではありません。会計ソフトは、記帳の適時性を担保し、帳簿の遡及的な訂正・加除の履歴が残るものでなければなりません。さらに、第三者である職業会計人が、記帳の適時性や正確性を確認し検証する必要があります。しかし、TKC以外のクラウド会計ソフトには、そういう厳格性はありません。
 税理士は、適正・適法な会計帳簿の護持者だと私は考えているんです。「入口」である会計帳簿さえしっかりしていれば、「出口」である決算書類、決算書類から作られる税務申告書類、そして経営判断資料まですべて正しくなるわけですから。そうすると、やっぱり会計帳簿をできる限り正確なものにしなくてはならない。そして、われわれはそのために巡回監査を行っているわけです。
 ところが、「巡回監査は月額顧問料が5~10万円以上もらえる先にやればよく、それ以下のところは合理性がない」などと言っている他社クラウド会計ベンダーがいるんですね。そこに、ついぐっと引き込まれて、「小さいところは巡回監査しなくていいか」「フィンテックの自動仕訳を使えば事務所で記帳代行部分も作れるな」という方向に流されつつある方もおられる。
 飯塚毅先生は、「巡回監査は個別原価計算をやってはいけない。全体で採算が合っていればいいのであって、『ここは赤字だから巡回監査に行くのをやめよう』というのは一切やってはいけない」と言われています。ここがすごく大事で、早く目を覚ましてほしいと思います。

 ──50年ほど前、TKC創設前に、飯塚毅先生がアメリカで目の当たりにしたのは銀行や証券会社が大型コンピュータを次々に導入して計算業務を受託し、会計事務所の職域を脅かしているという実態でした。そして50年経ってみると、あまたのフィンテック企業が便利さや手軽さだけを強調してサービスを展開しています。税理士の存在意義や会計帳簿の信頼性に大きな影響を及ぼすおそれがあり、50年前の再来かと危惧しているのですが。

 坂本 実は「帳簿」と「税金」というのは、社会の二大インフラなんですよね。「帳簿」は、個人事業者から大企業まですべての事業主に関係していますし、「税金」は、国民と企業に納税義務があり、国家はもちろん、世界経済全体にも大きな影響を及ぼしています。だからこそ、この二つのインフラを「牛耳った者が勝ち」という発想が特にアメリカにはあって、いつの時代も皆虎視眈々と狙っているわけなんですね。すごい戦略だと思います。
 ところが、われわれ税理士は、この二大インフラに携わっている当事者なのに、その価値が分かっていない。だからいつも無防備になってしまっているんです。だからわれわれは当事者として、一国家のみならず、世界全体に大きな影響を与えている帳簿と税金という社会インフラの価値をもう一回見直すべきです。そして、そこに専門家として携わっている税理士の素晴らしさをもっと誇りに思うべきなんですよ。

企業の属性に応じて会計基準を選べる日本の会計文化の礎を築いた武田隆二先生

 ──税理士が社会に誇る職業であり続けるためには、どうあるべきでしょうか。

 坂本 それはまず、税理士が租税正義実現のための唯一の担い手であることを内外に宣明し徹底するべきです。加えて、「会計」「保証業務」「経営助言」の三つの分野の専門性を高めていかなければいけないでしょう。
 すべての基盤となり、かつ最も重要なのは、やはり会計の専門家としての業務です。今、日本の企業が従うべき会計基準(単体)には、企業会計基準、中小指針、中小会計要領──の3つがあります。強調したいのは、これらの会計基準が混在しているということそれ自体が、素晴らしい会計文化だということ。まだ多くの国ではシングルスタンダードで、中小企業の会計基準まで持っている国はほとんどありません。あったとしても、大企業向けの会計基準を簡便にしたものです。
 この日本の素晴らしい会計文化の礎となったのは、「場の条件に応じて会計基準は変わる」という武田理論なんですよね。例えば、国際金融市場から資金調達する企業であれば、当然のことながら連結決算にはIFRSあるいはUSGAAP、あるいは企業会計基準のいずれかを選択することになります。
 国内で未上場の会社であれば、税法との親和性がある中小会計要領を採用すればいい。現在未上場であっても「将来上場したい」と考えている中小企業であれば中小指針を採用すればいいし、もっと厳格なルールがいいという会社であれば企業会計基準を採用すればいい。
 このように大企業はもちろん、中小企業でも3つの会計基準から選べる文化になっているというのは誇るべきことなんですね。そして、企業の属性と意向を踏まえ、どの会計基準を使うかをアドバイスするのが税理士であるわけです。会計基準のコンサルティングができるというのは、会計専門職として素晴らしい立場にいると思いませんか。
 ただ多くの場合、中小企業が活用しやすい会計基準はやはり税法との調和を図った中小会計要領になるでしょう。中小企業庁の集計でも、中小会計要領が相当の割合で中小企業に浸透しているということが明らかになっていますからね。

 ──中小会計要領は、坂本会長と最高顧問の河﨑照行甲南大学教授が「生みの親」でいらっしゃいますが、元をたどっていくと、「会計基準は一つであるべき。中小企業も大企業の会計基準を使えばよい」という論調が主流だった平成14年頃、武田隆二先生が体を張って中小企業会計の重要性を訴えておられたことに行き着きますよね。子どもの服と大人の服は違う、企業の属性に合った会計基準を策定すべきであると。あのまま主流派に押されていたら、日本の中小企業はもっと大変なことになっていたかもしれませんね。

 坂本 中小会計要領の制定によって税理士が会計の専門家であることがより明確化されました。加えて、中小会計要領自体はそれほどのボリュームではありませんが、中小会計要領は確定決算主義を前提とし税法との調和を図っています。したがって中小会計要領は、法人税法に関する専門的な知識がなければ実質的に使えません。
 その意味では、中小会計要領は、税理士と公認会計士が対等に評価し合える世界を作ってくれたといえます。ようやく会計の世界でも、税理士がプライドを持てる時代が来たということなんですね。その道を切り開いてくれたのはほかでもない、武田隆二先生です。武田先生には本当に感謝してもしきれません。

「中小会計要領」に基づく決算書を積極提出して金融機関の誤解を解こう

 ──ところが実務の現場では、中小会計要領に対する誤解もあるそうですね。

 坂本 そうなんです。確かに金融機関の中には、われわれが中小会計要領に従って作成した決算書を見たとき、「先生、ゴルフ会員権の時価はいま半分以下になっていますよ。含み損がありますね」「この土地は仕入値で1億円となっていますが、時価だと3000万円でしょう」「この決算書、ちょっと粉飾まがいではありませんか」と言われる方もいる。これはまったくの誤解であり、間違いだとわれわれははっきり言うべきなのですね。
 というのも、中小会計要領は、税法との親和性が高く、取得原価主義を採っています。ということは、税法が損金として認めない評価損は、中小会計要領においても基本的には損失とはしないんですね。これはわれわれプロの職業会計人とすれば当たり前のことなのですが、実態B/Sに慣れている金融機関の方では分からない方もいるということです。
 われわれ税理士は、関与先企業の決算書の作成支援を行うに当たって、会社法第431条の「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」、そして法人税法第22条第4項の「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」を守る義務がある。かつ中小企業者も当事者としてこれらを遵守する義務がある。そうすると、この2つの義務を果たすために必要なのが、中小会計要領ないしは中小指針に従うことなのです。
 加えて、経営革新等支援機関である税理士等および地域金融機関には、中小企業経営力強化支援法に伴う「告示」もあり、中小会計要領ないし中小指針に従う義務があるといえます。
 もし、どうしても含み損まで把握したい、実態B/Sに引き直したいという金融機関の方がいた場合には、「申告書と合わせて科目内訳書を付けてありますから、どうぞ使ってください」と言うべきです。なおかつ、いまや「TKCモニタリング情報サービスもご活用ください」と言えるようになりました。これがデファクト・スタンダードになったら素晴らしい話になるし、金融機関からも本当に感謝されるはず。もちろん、一番喜ぶのは中小企業ですよね。いち早くそういう環境を作っていきたいと思いますね。

 ──われわれTKC会員自身が、中小会計要領に基づいた決算書を積極的に金融機関に提出して、その上で誤解を解いていくことが必要になると。

 坂本 おっしゃるとおりです。とにかく今年からの税理士業界を挙げての中心的課題は、われわれ税理士の側から中小会計要領の一大啓蒙運動を展開して、率先して中小会計要領の普及に取り組んでいくことにあると思っています。そして今まで金融機関と税理士の相互理解がなかった会計の部分で、金融機関の方たちに「そういうことだったんですね」と言わしめること。冒頭、破壊的イノベーションについて触れましたが、中小会計要領の正当性を内外に主張していく運動は、もしかしたら破壊的イノベーションになるかもしれないと感じているところなんです。
 実は、税理士と税理士業界の将来を考えたとき、金融機関が抱いている中小会計要領に関する誤解を解かなければいけないと最初に提唱されたのは、TKCの飯塚真玄会長なんです。飯塚会長は飯塚毅先生の『正規の簿記の諸原則』(森山書店)の一番の理解者なんですね。これまでTKCのリーダーとして約50年間ブレずに、われわれ税理士の使命が実現されるように常に応援してくれていることは、本当にありがたいと思っています。

申告書を保証する日本にしかない書面添付真正面から受け止めてその価値を見直そう

 ──「保証業務」の専門家としては、どうあるべきでしょうか。

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 まず、「保証業務」というのは公認会計士が行うそれではなく、税務申告書に対する保証である、ということを強調したいと思います。法的裏付けとしては、税理士法第33条の2に規定される書面添付制度がそれに当たります。
 実は、世界広しといえども、職業会計人が税務申告書の保証を行う制度は日本の税理士法以外にありません。ですから、日本の職業会計人の特権とでもいうべきこの書面添付制度の価値を、われわれはもっと見直すべきだと思うんですね。
 ところが現在、法人の書面添付割合は8.6%、個人では1.2%。本当にもったいない。せっかく大きな権利を与えてくれているのですから、われわれ職業会計人はきちんと真正面から受け止めて、せめて過半数の税務申告書に書面添付が実践されているという状況を何としても実現したい。
 先ほどフィンテックの話がありました。フィンテックを活用すれば「自動仕訳」で決算書も作れるし、申告書も自分で作れます──という宣伝行為は、まさに「羊頭を掲げて狗肉を売る」に等しいものですが、これは同時に、われわれ税理士が、第三者として巡回監査と書面添付を実践してきちんと帳簿をチェックし、決算書および申告書に「確からしさ」を付加させることがますます重要な意味を持つ時代になったことを意味しています。
 ですから最後に残るのは、やはり書面添付による保証業務。これはわれわれ税理士が一番大事にしなくてはいけない業務ですね。
 そして、同時に会社法の会計参与制度も普及せしめるべきです。将来的には、ドイツの中小企業金融で制度化されているベシャイニグング(決算書の作成証明書)作成業務を、わが国においても税理士と公認会計士の共通の業務として確立する必要があると考えています。

「数字が分かる経営者を増やせばプロ不要」あるべき世の中を目指す税理士は尊い

 ──「経営助言」の専門家といえば、坂本会長が実現に尽力された認定支援機関制度の活用になりますね。

 坂本 それまで税理士には経営助言業務に関する法的裏付けが明確にはなかったのですが、平成24年に成立した中小企業経営力強化支援法による経営革新等支援機関制度によって、税理士が経営助言の担い手として法的に認定されることとなりました。
 当時、経済産業省の中小企業政策審議会企業力強化部会の委員に私を選んでいただいたので、政策決定プロセスの貴重な議論に参加することができました。ちょうどその頃はリーマン・ショックの影響もあり、法人の3割くらいしか法人税を納められていないという非常に苦しい時期。そうした中で中小企業の経営力をどう強化していくのかをまとめるのがこの部会のミッションでした。
 議論では、研究者や経営者、実務家などいろいろな立場の方々からさまざまな意見が出る中、私は「すべての事業主の共通インフラである帳簿を経営に活用すべき」と提案しました。先進諸国にあって、付加価値税の計算に帳簿方式を採用できているのは、個人事業主まできちんと帳簿を書いている日本だけです。この帳簿を税務申告のみならず経営にも活用すれば、税金が1円もかからずに日本のすべての業種の全事業者が、健全経営に向けた第一歩を踏み出せるようになると。
 同時に、中小企業政策も補助金もたくさんあるけれど、現場にはあまり伝わらないまま、いつのまにか予算は完全消化されているという状況は問題ではないか、ということも申し上げました。目線を現場に落として、日本の中小企業に常時接している税理士と信用金庫をはじめとする地域金融機関をもっと活用して政策を周知しない限り、中小企業には届かないということですね。
 結果的には、いろいろな審議があった上で、会計(中小会計要領)を活用するということと、認定支援機関として税理士と地域金融機関を活用するべきという内容で法案がまとまってくれました。今までの政経研活動が一つのかたちになり、非常にありがたいと思っています。せっかく税理士を経営助言業務の専門家として法的に認めてくれたのですから、税理士は認定支援機関としてのミッションを大事にしなければなりません。
 そもそも、プロフェッショナルというのは自己否定の仕事なんですよね。われわれ専門家が要らない世の中を作るために、仕事をしている面があるといえます。例えば、お医者さんは病気がなくなる世の中を望んでいますが、病気がなくなったらお医者さんは廃業します。それでも病気がない世の中を目指して、お医者さんは患者さんを診るわけです。
 同じように、数字が分からない経営者がいるから、そこにおいても、われわれ税理士を含めた職業会計人の存在意義があるわけです。したがって「全員数字が分かってしまったら職がなくなって困る。だから分からないままにさせておけばいい」というのは間違いです。専門家なのですから、きちんと教えて数字が分かる経営者にする、健全経営ができる経営者を増やすという姿勢が求められるのです。
 プロとして自己否定しながら、あるべき世の中を目指す。だからこそ税理士は、尊い仕事だと私は思っているんです。

(2月号に続く)

坂本孝司(さかもと・たかし)会長

1956年静岡県浜松市生まれ。78年神戸大学経営学部(武田ゼミ)卒。81年浜松市に事務所開設、同年TKC入会。98年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学、2011年愛知工業大学より博士号を授与。経済産業省・中小企業庁等の委員等を歴任。現在、愛知工業大学経営学部教授、中小企業会計学会副会長。主な著書に2011年度日本会計研究学会太田・黒澤賞を受賞した『会計制度の解明』(中央経済社)、『会計で会社を強くする』(TKC出版)、『ドイツ税理士による決算書の作成証明業務』(同)など。

(構成/TKC出版 篠原いづみ)

(会報『TKC』平成29年1月号より転載)