寄稿
TKC全国会方式の書面添付とは(1)
TKC全国会会長
粟飯原一雄
あるTKC会員から次のようなメールが来ました。
「私は約十年前にTKC全国会に入会して書面添付に取り組んできましたが、税理士法第33条の2の規定に基づいて行われる標準的な書面添付とTKC全国会方式の書面添付の相違点が見えてきません。どの点が異なるのかについてご指導ください。」といった内容です。
税理士であれば、税理士法に準拠した書面添付をすればよいのに、なぜTKC全国会はTKC全国会方式による書面添付を会員に勧めているのか、この機会にそのご質問にお答えしたいと思います。
書面添付の歴史と実践の必然性
本題に入る前に、書面添付制度の歴史を簡略に整理したいと思います。
書面添付制度は、昭和31年6月の税理士法改正において、日本税理士会連合会の「税務計算書類の監査証明を税理士業務に加えてもらいたい」との要望をきっかけに生まれた制度でした。当初、国税庁側からは「税理士が課税標準又は税額の計算の適否について監査証明をすることができる」との案も示されましたが、大蔵省は「公認会計士の監査証明とは異なり、税務書類については、税務官公署が最終監査を行うものであり、この意味で税務書類については、制度上第三者たる独立職業(会計)人の監査証明は必ずしも必要とされない」として「税理士が所得税又は法人税等の申告書を作成した場合に、その申告書作成に関し、計算し、整理し、又は相談に応じた事項等」を記載した書面を申告書に添付する、税理士法第33条の2第1項の規定が創設された経緯があります。すなわち書面添付制度は「税務監査」という思考のもとで検討され、誕生した制度と言えます。
その後、昭和55年度の税理士法改正で同条第2項が追加され、平成13年には、税理士制度全般にわたる見直しが行われる中で、書面添付制度において、「調査着手前の意見聴取(税理士法第35条第1項)」が新設され制度拡充が図られました。すなわち、書面添付をしている場合、納税者に税務調査の日時・場所を通知する前に、税務代理を行う税理士又は税理士法人に対して、「添付された書面の記載事項について、意見を述べる機会を与えなければならない」とされました。
さらに国税庁は、平成15年1月に発遣した事務運営指針で、「意見聴取は、税務の専門家としての立場を尊重して付与された税理士等の権利の一つとして位置付けられ、書面を添付した税理士が申告にあたって計算等を行った事項に関することや、実際の意見聴取に当たって生じた疑問点を解明することを目的として行われるものである。」としてその機会の積極的な活用を推奨しています。
意見聴取が税理士にのみ与えられた権利であることを鑑みれば、税理士の社会的信用・地位の向上を図り、納税者との信頼関係の醸成にも資する「税理士法第33条の2による書面添付」を実行するべきであることは論をまちません。
TKC全国会の創設時に掲げられた実践課題
TKC全国会方式の書面添付には、TKC全国会創設時に掲げられたTKC会員の実践課題が反映されています。
TKCシステムの黎明期のバイブルともいうべき『電算機利用による会計事務所の合理化』(略称『合理化テキスト』昭和44年)にTKC会員の実践課題が次のように記述されています。
業務品質の向上(申告是認率99.9%の追求)
「EDP会計の実践が、申告是認率90%を超えるとの成果をもたらさないとしたら、ナンセンスである。別言すれば、いくら電算機を利用していても、申告是認率が70%~80%台を上下しているのでは無意味であり、無価値である。即ち、EDP会計の価値は、是認率99%の実践を伴ってこそ、初めて、有るのだといえる。
再言すれば、EDP会計実践の前提条件は、それが是認率99%への諸条件を具備した形で遂行されねばならぬ点にあるのである。」
会計事務所の法的防衛
しかし抜群の申告是認率を誇っても、それだけでは会計事務所は守れないと『合理化テキスト』は警告しています。
「EDP会計の実践が、いかに申告是認率90%超を誇っていたとしても、その会計事務所の業務の品質が、法律的に完全に防衛されていないとしたら、その会計事務所は一朝にして破滅の悲運に泣くかもしれない。1906年以来、世界の会計事務所は、実にしばしばぬれ衣を被せられて権力から潰されてきた。関与先は、一度び自己の逋脱(ほだつ)事件が暴露されると、とたんに無知を装い、その法的責任を会計事務所の職員又は所長に塗りつけて恥じないという傾向をもつ。そして、権力は常に、関与先の側から先に、その証拠固めを試みんとする。従って、会計事務所は常に冤罪(えんざい)の脅威にさらされている。故に会計事務所は、申告是認率が高まれば高まるほど、ますますその法律的防衛の必要を痛感するに至る。」このように法的防衛の具備が重要であることを強調しています。
TKC全国会方式の書面添付の本質
TKC全国会による書面添付推進運動のきっかけは、昭和56年6月のTKC千葉県計算センター開設記念における磯邊律男元国税庁長官の記念講演「今後の税務行政と税理士の役割」の中で、税務官吏の不足による実調率の低さを嘆かれ、税理士に租税正義の担い手になってほしいとの提言をされたことに始まります。講演の直後のTKC全国会正副会長会議、全国会理事会において、実調率の低さは自由国家の健全性を破壊するものであり、税理士は法第1条の使命条項を重くみて、申告是認体制を全国的規模で構築すべきであるとの決定がなされました。
そして「調査省略・申告是認を実現するためのTKC会計人選考基準策定委員会」(現在は書面添付推進委員会)が発足し、宮﨑健一委員長(現TKC全国会名誉顧問)のもとで、巡回監査の完全実施、財務五表以上のTKCシステム利用、生涯研修の義務化など、書面添付実施の諸条件が相次いで整備されました。これらの具体策は、高度の申告是認率実現のために業務品質の向上を図る施策でした。
それとともに「会計事務所の法的防衛」という問題を重視し、新たに「基本約定書」「完全性宣言書」を創成し、従来からの決算証明三表(書類範囲証明書・棚卸資産証明書・負債証明書)に加えて万全の体制を整え、これらの書類を関与先から徴求することなど、本体制の条件整備を図ってきました。
今日のTKC全国会方式の書面添付推進運動は、この当時に決定されたことが基本骨子となっています。
すなわちTKC全国会方式の書面添付は、「税務行政の円滑化」に資することにとどまらず、高度の申告是認率を目指す業務品質の向上と「会計事務所の法的防衛」の観点から構築されているといえます。
巡回監査の徹底度が問われる
昭和56年の『TKC会報』12月号において飯塚毅初代会長は次のように記述しています。
「飯塚事件の実質上の敵役だった大蔵省のSさんが証券局長になられて間もなくの頃、突然TKC全国会事務局に電話があり、和解の宴をもったことがあるのです。その時に私はTKC会計人は真面目に巡回監査をやり、租税正義の実現に邁進しているのだから、全員を調査省略・申告是認あつかいにしてくれませんか。と話したことがあったのです。
2カ月位たってから、また連絡があり、『あれから国税庁の担当官に、全国的に調べたもらったんだけれども、TKC会員とは名ばかりで、巡回監査もやらず、だらけ切った人もいることが判明したので、調査省略・申告是認というのは、全体としては当分無理だね』という回答が返ってきたことがあります。」
飯塚毅初代会長は、業務品質を高め、毎月巡回監査を断行して、租税正義を綿密に実現していかないと、税理士は税務当局のみならず国民全体の信頼も失いかねないと警鐘を鳴らしています。
TKC全国会方式の書面添付は、あくまでも良質の巡回監査の延長線上にあるもので、徹底した巡回監査を基本としています。そのため当初から飯塚毅初代会長を中心に先輩会員が衆知を集めて、「巡回監査報告書」及び「決算監査事務報告書」を作り、チェックリストの活用を実践してきたのです。
税理士法第33条の2第1項及び第2項を読む限りでは、財務省令に記載した書面のみで、他に添付を要求されている書類はありません。しかるに、TKC全国会が主唱している本体制の決算申告書は、日々の会計記録等の適法性、正確性、取引事実の実在性などを、巡回監査によって確かめ、かつ指導することによって、帳簿の信頼性が担保されているところに、最大の特徴があるといえるのです。
(次号に続く)
(会報『TKC』平成26年11月号より転載)