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医師の働き方改革 ~上限規制にいかに対応するか~

政府推計によれば、2040年までに団塊ジュニア世代が65歳以上となり、高齢者人口はピークを迎える。少子高齢化がより深刻化し、医療・介護給付費は、経済成長を上回るペースで増加し続けている。
そのような中で、いよいよ来年、6年に1度の診療報酬・介護報酬の同時改定が行われる。その方向性はどのようなものなのか。九州大学名誉教授の尾形裕也氏に話をうかがう。

織田正道 氏 馬場 武彦
厚生労働省「医師の働き方改革の推進に関する検討会」構成員
社会福祉法人ペガサス 理事長


聞き手/ TKC全国会医業・会計システム研究会 広報委員会委員 若山由希子
Baba Takehiko

1983年、九州大学医学部医学科を卒業。1992年に馬場病院と馬場記念病院の副院長に就任。1994年、医療法人ペガサスを設立し、同理事長に就任。1996年に医療法人ペガサス馬場記念病院の院長に就任。2009年、社会医療法人ペガサスに改組。2010年、社会福祉法人風の馬を設立し、同理事長に就任。

時間外・休日労働の上限規制まで残り1年

──まずは、医師の勤務環境の現状、令和6年4月に施行される改正医療法・労基法について教えてください。

馬場 医師の勤務環境は大変深刻です。令和2年に厚生労働省が公表した「医師の勤務実態調査」によると、病院常勤勤務医の1週間あたりの労働時間は、「週60-70時間」が18.9%で、「週70-80時間」が10.4%、「週80時間以上」は、8.5%となっています(図参照)。1日の法定労働時間が8時間であることを考えると、全体の4割近い医師が毎日4時間以上の残業をしていることになります。これは宿日直の時間帯をどうカウントするかという問題もありますが、決して健全な状態とはいえません。
 そのような中で、令和元年に「働き方改革関連法」が施行されました。時間外労働の罰則付き上限規制が設けられましたが、医療業界は業務の特殊性が考慮されて、施行が5年間先延ばしとなりました。令和6年4月に施行される改正医療法・労基法では、医師に対して、時間外労働時間の上限規制が適用されます。
 具体的には、医療機関の機能ごとに大きく分けて3つの水準が用意されました。
 まず、時間外労働の水準として「A水準」を定め、「臨時的な必要がある場合」に延長することができる時間は「年960時間以下/月100時間未満」とする上限が設けられました。
 続いて、「地域での医療提供体制を確保するための経過措置として暫定的な特例水準」は「A水準」と同じですが、そのうち「臨時的な必要がある場合」は「B水準」として、「年1,860時間以下/月100時間未満」が上限となります。指定に係る医師の派遣要件に適う場合は「連携B」としています。
 最後に研修などを行う医療機関に適用される「C水準」は、「年1,860時間以下/月100時間未満」の時間外労働時間の上限が設けられています。この水準は研修計画に沿って一定期間集中的に数多くの診療を行い、さまざまな経験を得ることで、基礎的な技能や能力の修得が必要な場合、高度な技能を持つ医師を育成する場合などが該当します。

参考①:BCP策定率(業種別)とBCPの見直し頻度の関連性

──「働き方改革」の進捗についてはどのような認識をお持ちでしょうか。

馬場 進捗は芳しくありません。大学病院や公的病院では、それなりに進められているようですが、それ以外の民間病院ではまだまだ進んでいないのが現状です。
 例えば「A水準」を適用する病院は宿日直の許可の取得は必須だと思いますが、これがなかなか進捗していません。また、「B水準」や「C水準」の場合は、医療機関勤務環境評価センターへの申請が必要になりますが、こちらも進捗は思わしくないようです。
 5年猶予されたうちの3年がコロナ禍でそれどころではなかったということが原因としてはあると思いますが、法令に規定された以上、取り組まなければなりません。

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──「働き方改革」に対応する際のポイントはどのような点にありますか。

馬場 1つ目は、医療機関側で勤務実態の把握ができていないこと、2つ目は宿日直許可の通知文をしっかり理解できないことです。医師は労働法が苦手な方が多いわけですが、ここをクリアしていかなければ前に進むことはできません。
 残すところ、令和6年4月まで1年です。時短計画案を作成するためにも、現状把握は必須です。ただ、これには時間がかかりますし、季節ごとで忙しさが異なります。そう考えると、勤務時間の実態把握はラストチャンスといっていいでしょう。

──時間外・休⽇労働時間に問題のない医療機関には関係ないのでしょうか。

馬場 もちろん、そんなことはありません。例えば、宿日直勤務の許可を労働基準監督署に申請していない病院がまだ多いようですが、これを申請しなければ、宿日直が労働時間にカウントされることとなり、当直医の確保、大学病院等からの派遣医師の確保が非常に難しくなります。
 どの病院も「働き方改革」は急務なのです。適用する水準は異なると思いますが、それはスタートラインが異なるだけです。

──具体的な働き⽅改⾰は、「A・B・C⽔準」ごとにそれぞれどのように行うとよいのでしょうか。

馬場 「C水準」では研修医等の養成ということで、事情は変わるかもしれませんが、少なくとも「A・B水準」においてはやらなければならないことは一緒です。
 制度上、宿日直許可、自己研鑽の時間を切り分けることができれば、時間外労働は一気に削減することができます。しかし、そこから先の時間外労働の削減は、業務の効率化であったり、タスクシフトであったりと、地道な努力をしていくしかありません。

──医師の働き方改革は必須ですが、その一方で、時短計画を進めた結果、悪影響が出てくることはないのでしょうか。

馬場 もちろんまったくないとは言えません。これをきっかけにどの病院も急激に医師の確保に走ると、地域医療の現場では医師の確保が難しくなってしまいます。

 この点については、どの病院にも慎重になってほしいと思っています。当然、労働時間の削減はしていかなければいけませんが、それは、医師の確保で対応するのではなく、働き方自体を見直す必要があるということです。
 中小病院でも場合によっては当直医の確保が困難になってくる可能性があります。もともと中小病院は大学から当直医にきてもらうために医師の待遇を悪くしておらず、激務を強いているわけではありません。そういった病院では宿日直許可は取れますが、一方で3次救急などの場合は、今後どうするか、悩んでいると思います。
 また、これまでアルバイトを個人的なつながりで行っていた医師たちも、今までと同じようにはいかないでしょう。病院ごとで対応に差はありますが、アルバイトができなくなる可能性もあります。

徹底した調査で労働時間を把握 タスクシフトで負担を軽減

──馬場記念病院では、どのように働き方改革を進めていったのでしょうか。

馬場 まずは実態の把握です。当院では、2年ほど前に徹底した調査を行いました。
 もともと当院ではタイムカードはありましたが、すべての医師がしっかり打刻しているわけではありませんでした。どうしても忙しさから忘れてしまうことがあるわけです。
 そこで、当たり前のことですが、最初にタイムカードの打刻を徹底させました。これによってある程度の状況を把握する。その上で、タイムカードに現れてこない部分を把握するために、人を使って調査をしました。例えば、夜間の当直の働き方については1週間、事務職員を泊り込ませてマンツーマンで医師の宿直に張りつかせました。また、外来ナースや病棟ナースに聞き取りを行い、各ドクターが何をしているかを詳細に調べました。
 このあたりは、本人の自主性に任せて申告してもらうというだけではわからない部分がどうしても多くあるからです。

参考①:BCP策定率(業種別)とBCPの見直し頻度の関連性

──実際の労働時間の削減についてはどうでしょうか。

馬場 積極的にタスクシフトを行いました。当院は、大学病院や大規模病院と違って、医師の数に限りがあります。その数少ない医師には、医師にしかできないことをしてもらわなければなりません。ですから、「医師以外でもできる仕事は、スタッフに依頼してください」と言い続けてきました。
 大学病院等では、中小病院と比べて、医師に対するコメディカルの数がまったく異なります。中小病院では、医師が少ないため、コメディカルが代替できる業務はコメディカルで対応します。しかし、大学病院等では、そういった業務をすべて医師が行っていたりします。6、7年前に働き方改革の議論をしているときには、大学病院では点滴・注射などもドクターがしていたというような状況が少なからずありました。今後はそういった形で医師に働いてもらうことはどんどん難しくなります。どの病院でも、こうしたことから少しずつ改善する必要があります。
 例えば、医師と患者さんのやり取りについては、退院の日程を決めるまでは医師が行い、それ以降のやり取りについてはソーシャルワーカーが行うなどです。
 ですから、当院ではそうしたソーシャルワーカーの数が多い。グループ全体で15名ほどいます。これは、当院が継続ケアという形で、救急から在宅、復職まで、いろいろなステージの事業所を準備しているからでもあります。

──他方、タスクシフトを行っていくことで、シフトされる側の業務量は増えていきます。タスクの受け手側の働き方改革という点についてはいかがでしょうか。

馬場 今は医師の働き方改革の話題で持ち切りですが、医師以外の働き方改革は、今後最も重要になる課題だと思います。
 現在、看護師業務の大半を占めている事務仕事はやはり削減していかなければなりません。
 そのためには、業務のオートメーション化や事務仕事の効率化など、タスクを機械にシフトさせることも考えていかないといけません。そうでないと、医師からタスクシフトされる人がどんどん消耗して、辞めていってしまう。そうはいっても、機械が賢くなるまでは、引き受け手が必要です。その確保は、今後の大きな課題でしょう。

医師以外の人材確保にも危機感 多様な人材の活用を

──医師以外の人材確保も重要になってくるということですね。

馬場 そうです。そして、人材確保については、非常に大きな危機感を持っています。というのも、2040年までは高齢者は増えていきますが、生産年齢人口はどんどん減っていくからです。
 人材確保は病院間においてはもちろんですが、他業種間でも取り合いになります。実際、コロナ禍初期は、飲食業界から病院へ働き手が移動するということがおきました。しかし、今後はその流れが逆になるでしょう。何も手を打たなければ、事務職さえ不足してしまう。この点を考慮すると、病院という職場が魅力あるものでないと他産業に人材を奪われてしまいます。しかし、実際の医療現場を見ていると、まだまだ魅力のある現場とは言えないと思います。

参考①:BCP策定率(業種別)とBCPの見直し頻度の関連性

──その中で、馬場先生は多様な人材の確保の重要性も訴えていらっしゃいます。

馬場 当院では、障害者を積極的に採用しています。所属している看護補助のスタッフたちは、かなりの率で障害者です。厚生労働省は、民間企業の障害者雇用率を令和5年度で2.3%に設定しており、この数値は段階的に引き上げられていく予定です。当院でも同じように引き上げていこうと考えていました。
 障害を持つスタッフに対して、さまざまな偏見を持つ人もいますが、実態はまったく異なり、優秀な人も多い。確かに、「できない」仕事はあるかもしれませんが、それは健常者でも同じことがいえ、そのようなときは誰かが代わればいいわけです。むしろそのほうが職場の絆も強くなります。
 また、当院では、院内にポスターを出すなどして、闘病している方も積極的に募集しています。そうした方々に職場を提供することも医療機関の1つの責務だと思っています。加えて、職員自身もそういったところも見ています。医療で働く人はやはり使命感を持っていたり、ピュアな人が多くいたりします。そういったスタッフにもアピールできることは大きいと考えています。
 また、外国人労働者もしっかりと確保していかなければならないでしょう。当院では、ベトナムからの技能実習生だけでも20人以上います。それ以外にも、南米、中国の方などもいます。

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本誌編集委員 若山由希子

──言葉の壁が問題になるということはないのでしょうか。

馬場 それはほとんど大きな問題にはなりません。少なくとも、言葉が通じずにトラブルになるということはありません。もちろん、本当に伝えたいことを伝えるというレベルでのコミュニケーションは難しいかもしれません。ですが、職員同士でお互い言葉を教え合うことで、日々上達していますし、何より、患者さん側の理解があります。「異文化コミュニケーション」を楽しんでいる患者さんがたくさんいます。外国籍の方は人気者になっている人が多い印象ですね。
 医療現場に多様な人材がいるということは、働き方改革全体にはすぐに影響しないかもしれませんが、私はこれを貯金だと思っています。10年、20年経ったときに必ず生きてくると考えています。

医師が幸せでなければ患者さんも幸せではない

──労働時間の短縮という話を中心に進めてきましたが、その他、注意すべきことはございますか。

馬場 気を付けなければならないことは、労働時間を削減するあまり、医師のモチベーションをそがないようにしなければならないということです。
 時間外労働がまったくなくなったら、すべての医師が幸せかといえば、必ずしもそうではありません。先ほども述べましたが、医師は使命感を持った人が多い。そうした医師はもっと働きたいと思っていたりもします。働きたい医師は、働けるように、ワークライフバランスを重視する医師は、労働時間を少なくする。もちろん、仕事のストレスを減らすということはいずれにしても必要ですが、医師の希望に沿った形で働けるようにしなければなりません。各病院の風土を考えながら、許される範囲内で個別の対応をしていかないといけないと思います。

──そうすると、病院は医師に対して、「当院はこういう病院です」と伝えていくことが重要になるということですね。

馬場 そのとおりです。これは医師だけではなく、その他の職員に対してもそうでしょう。ですから、機関誌であったり、SNSであったり、直接の会話であったり、積極的にコミュニケーションを取っていく必要があるわけです。
 しかし、このコロナ禍の中で発信の機会が減っています。これは非常に辛いところです。それこそ、大規模な忘年会や歓送迎会もほとんどできていません。そういった場でしかできないコミュニケーションはやはりあると思います。

──最後に今後の展望をお聞かせください。

馬場 当院では、「A水準」の適用となりますが、時短計画において目指すところは、残業時間を360時間まで削減することです。これは、特別条項のない一般労働者と同じ時間です。当然、すぐにはできない目標ですが、10年単位で目指していく。道のりはまだまだ長いですが、しかしこれは必ず実行していきたい。医師が幸せでなければ、患者さんも幸せではないと思うからです。

(2023年1月19日/構成・本誌編集部 伊藤之陽)