巻頭対談 これからの地域医療のあり方 ~役割分担と連携が重要~
団塊の世代が75歳以上となる2025年を目前に控え、在宅医療を充実させた体制整備が求められている。その一方で、新型コロナウイルス感染症はまたも医療をひっ迫させた。また人口減少社会にあって医療従事者の不足も懸念され、今後、医療DXも進めていかなければならない。これらの課題について、第21代日本医師会会長の松本吉郎氏と、TKC医会研丸山定夫代表幹事に対談いただいた。
松本 吉郎 (写真左)
公益社団法人 日本医師会
会長
Matsumoto Kichirou
昭和55年浜松医科大学医学部卒業。平成23年に埼玉県医師会常任理事。大宮医師会会長、日本医師会常任理事を歴任し、令和4年6月に日本医師会会長に就任。
医療法人松本皮膚科形成外科医院理事長・院長。
丸山 定夫 (写真右)
TKC全国会医業・会計システム研究会
代表幹事
Maruyama Sadao
昭和63年に税理士登録、MCS税理士事務所開設。平成20年にMSC税理士法人を設立。平成26年7月~令和3年6月にTKC東京中央会会長。令和3年7月にTKC全国会医業・会計システム研究会代表幹事に就任。
「役割分担」と「連携」で地域医療を面で支える
丸山 医師会の役割に「国民の健康と生命を守る」ということを掲げ、その活動に取り組んでおられますが、現状の医療提供体制の課題について、どのように捉えているのか、松本会長のお考えをうかがいたいと思います。
松本 まず、新型コロナウイルス感染症の対応については、役割分担と連携が重要であることが改めて認識されたと思います。また、日頃から健康を維持すること、健康寿命延伸の重要性をご理解いただけたと思います。健康寿命の延伸について日本は早くから取り組んできました。健康寿命と平均寿命はわずかですが確実に縮まっています。これは、日本の予防医学や病気に対する地域医療提供体制がしっかりしているからこそ可能になったと思います。
病気の重症化予防のための健診、禁煙など生活習慣への相談対応や指導、あるいは、予防接種は地域の診療所の医師が中心的な役割を担っていますが超高齢社会では、交通事故などの重篤患者や心疾患等に対する三次救急に対して、高齢の救急患者への初期診療と入院治療を主に分担する二次救急の重要性が増しますし、その1つ前段階の地域医師会等による初期救急医療体制の充実も必要となります。
その他、高齢の患者さんには、救急医療を終えた後のリハビリや、長期療養を担う後方医療機関、介護施設との連携も欠かせません。自宅に戻ってからしっかり生活できることが大事です。「国民の健康と生命を守る」ということだけでなく、このような尊厳をもって住み慣れた場所で人生の最終段階を迎えようとする患者さんを支えることも重要な活動です。
また、在宅の患者さんを診てきた医師と救急隊との連携や、1人の医師が24時間365日対応することはできませんので、いろいろな医療機関と連携して面として地域医療を支えていくことも重要です。それがなくては地域医療は保てません。
いま述べたことの大半は、医師会活動により多くの医師が参画し、地域を面で支えることで可能になります。そのため、日本医師会の組織強化を最重要課題に考えています。
いろいろな感染症対応について地域の最終段階、最前線を基幹病院が引き受けていますが、それだけでなく中小病院や周りの診療所に対しても情報提供、研修、カンファレンスを行って面で支える。そのためには医師会が加わり、連携や研修も医師会を介して行うことが必要になってきます。役割分担と連携によって地域医療を支えていくことが重要です。
もう1つ付け加えると、開業医の高齢化が進んでいますので、地域医療の継続のためには診療所の事業継承が重要なテーマとなっています。TKCの税理士の方々には、ぜひ支援をお願いしたいと思います。
丸山 事業承継につきましては、日本医師会殿との共催セミナーを今後も継続して開催できればと考えています。
かかりつけ医の役割としてコロナ対応は頑張っていた
丸山 コロナ禍でかかりつけ医機能が発揮できなかったという指摘がありました。それについては、どのように捉えていますか。
そのため、患者さんの急激な増加でオーバーフローしてしまったということがあります。
もう1つは、新型コロナウイルス感染症という未知の感染症だったため、どういう正体を持っているか誰もわからなかったことがあります。手袋もない、マスクもない、消毒液も不足していたし、感染の防護服も検査薬もない。治療薬もよくわからず、ワクチンの供給も不足する中で、患者さんを診たくてもなかなか診られない状況が生じ、難しい面があったと思います。
英国の家庭医がよく引き合いに出されますが、死亡者数は日本の約5万人に対し、約21万人です(人口は日本の半分の約6,000万人)。米国は、人口が日本の3倍弱の約3億3,200万人ですが、約110万人も亡くなっています。そういったG7諸国と比較してみても、日本の医療提供体制が脆弱だったとは私は思っていません。
部分的にうまく対応できなかったところはあっても、全体としてG7の中でも死亡者数・死亡率は非常に少ない。ですから、日本の地域医療提供体制は全体としてよく機能していたと捉えています。
ただし、このことを教訓として、さらにもっと良い体制を目指していくことは必要だと思います。
各医療機関ではコロナ対応ばかりではなく、通常の医療も継続していかなければなりません。風邪から始まるような急性疾患を診て、さらに高血圧や糖尿病や高脂血症や認知症といった慢性期の方をしっかりと診ることが本来のかかりつけ医の役割です。感染症のみにうまく対応できないからといって、かかりつけ医機能が果たされていないというのは誤った考えだと私は思います。
ただ、部分的にうまく対応できなかったところがありましたので今回は、感染症のまん延時における整備に向けて、感染症法の改正(令和4年12月9日公布)が行われました。
感染症法では役割分担ということが示されていて、感染症の危機時に、その地域の医療体制全体の中で、外来診療や在宅医療を担う医療機関をあらかじめ明確化しておき、平時に受診している医療機関がないか等を含め、国民が必要とするときに確実に必要な医療が受けられるようにしていくことが目的になっています。
実は岸田総理も未知の感染症への対応について、すべての医療機関に感染症医療を行うことを求めることは困難だと考えられており、感染症法の改正の議論の際にも「感染症医療を担う医療機関の役割分担を明確にすることを通じて、必要な医療を受診できる体制を構築していく」と述べています。
医療機能情報提供制度の充実で医療機関にかかりやすく
丸山 かかりつけ医の制度化という動きもありました。
松本 フリーアクセス下において国民が適切な医療機関を自ら選択できるように支援を行っていくことが大事なことだと思います。現在、「医療機能情報提供制度」という制度がありますが、国民に周知されていません。そのため、この制度をわかりやすい内容にしていきたいと思います。
たとえば、英国の家庭医制度はすべて予約診療ですが、3~4日先でないと予約できません。当日に診療してほしいと思っても対応できていませんし、がんの患者さんを2か月待たせて問題になったケースも報告されています。仏国もかかりつけ医の制度がありますが、いろいろな問題を抱えていて、制度を変えようと検討しています。
日本はフリーアクセスなので、患者さんは自分でかかりつけ医を決めている状況にあります。そして、「この病気のときには、この先生に行く」「こういった症状のときにはこの先生に行く」と、だいたい決まっていて、患者さんは専門性を考慮してかかりつけ医を決めていて、すべての病気を1人の医師のところでとは考えていません。
その一方で、かかりつけ医は自分のかかりつけ医としての機能をもっと磨かなければいけません。これは間違いありません。患者さんに選ばれるために自分のかかりつけ医としての機能を磨き、増やしていかなければなりません。
磨いていくことにより、タテ糸を伸ばし、さらに地域における他の医療機関との連携を通じてヨコ糸を紡いでいく。全体をそういった形でつないでいって地域における面としてのかかりつけ医機能が織りなされる。そういう考え方で、構築してきたのが日本の医療だと思います。
丸山 コロナの関係では、患者さん、地域の住民は、どこにかかればいいのだろうということがあったと思います。
在宅医療の充実のため連携などの環境を整備
丸山 在宅医療についてですが、これからの超高齢社会において、重要なキーワードになっていて、量と質が問われていると感じています。日本医師会として充実させていくために、どういう取り組みをしていらっしゃいますか。
松本 在宅の患者さんが相当増えていくことはデータを見ても明らかです。高齢の夫婦2人だけで生活する世帯も多いし、家族がいない独居老人も増えてきました。そういう中で、車が運転できなくなる。自転車も乗れなくなってくる。だんだんと足腰が衰えてきて通院できなくなります。電車やバスの通院手段がある人は恵まれていますが、そうではない人もたくさんいます。在宅医療は本当に大きなテーマだと思います。
在宅医療の推進については現在、その担い手を増やそうと各医師会で取り組んでいます。その際にカギになるのは多職種の連携です。医療機関だけではできないので、24時間対応できる調剤薬局、訪問薬剤師や、訪問歯科、管理栄養士、訪問看護ステーションなど、さまざまな多職種との連携があってこその在宅医療です。薬剤師会や栄養士会など各分野でも取り組んでいただいていますし、医師会でも取り組みをずっとしてきています。
確かに機能強化型の在宅療養支援診療所は要件が厳しいので難しいところがあります。そこまでの体制でなくても、在宅医療を少しでも手がけることが必要です。20~30人を1人では診られません。しかし、2人でも3人でも受け持ってもらうことが必要です。ただ、在宅となれば、どうしても夜間対応などが出てくるので、訪問看護ステーションとしっかり連携を取るとか、グループで診療していく。そういう体制の構築が大きな課題であり、医師会としてグループ化がうまく進むように取り組んでいくことも重要な課題です。
もう1つ重要なのはバックアップする病院です。普段からバックアップする病院をある程度連携して決めておき、何かあったときはそこですぐに引き受けていただける体制をつくっておくことが大事です。地域によってはバックアップのために4つの病院のうちどこか1つのベッドを空けておいていただくといったこともすでに行われています。それをマネジメントしていくのは医師会の役割だと思います。個人個人の医療機関ではできませんから。
それと医療と介護の連携についても大きな課題だと考えています。医師会にはそういう機能を持っているところが多く、医療と介護の連携拠点を各医師会につくっていますが、医師会としてさらに進めていきます。
生涯健診データの一元化等、医療DXの推進に取り組む
そういう中で1つは元気な高齢者には働いていただくことです。たとえば、今は65歳まで働く人も多いですが、これを70歳まで延ばす。もっと元気な人は75歳まで働いてもらう。このあたりは年金受給との問題にも直結してくるので、もう少し柔軟な考え方が必要だと思います。
もう1つは合理化、省力化です。ロボット技術も大いにあるし、医療DXもそうです。
患者さんの情報を、患者さんの同意を得た上で一元化して、それをみんなで共有化することが今は進められていて、オンライン資格確認のシステムや今後の電子カルテの普及もそうです。これらを進めていく中で、図られていくと思います。
また、日本では子どものときから健診をしっかりやっています。出生時からすぐに健診が始まり、1歳6か月児健診、3歳児健診、小学校に入れば学校健診、働きだすようになれば雇入時健診、40歳を過ぎてからは特定健診、会社でも節目で健診をしたり、毎年行っているところもあります。そうやってずっとやっているけれども、残念なことにデータは全部ぶつ切りです。そういったデータの一元化も取り組むべきで、日本医師会の健診標準フォーマットになるべく一元化して一生のデータを自分自身で持てるような形にしていく。そういったことも日本医師会としては取り組んでいます
どのように環境が変わっても健康と生命を守ることが最優先
丸山 これまで「TKC医業経営指標(M-BAST)」による医療機関の決算の統計情報を日本医師会に提供させていただき、ご活用いただいています。TKC会員の関与先医療機関に対しても、この指標のデータを活用し経営判断等に役立てていただいています。有益なデータであるので、今後も進めていきたいと思っています。何か要望などはありますか。
丸山 そういう情報に絞っているものは現状ではありませんので、試行錯誤して取り組んでいきたいと思います。
コロナ禍においては、医療機関の一定期間の医業収益が不足するということで、日本医師会では国からの補助金が出るように要請されたりしましたが、私たちTKCでは、その補助金をスムーズにもらえるように条件を確認したり必要な資料の整備などをして支援させていただきました。
(2022年12月9日/構成・本誌編集部)