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高齢者の「人材としての活用」と「自己決定権の尊重」が求められる

日本の人口構造が大きく変わろうとしている。2025年までは高齢者人口が急激に増え、それ以降は、本格的な人口減少社会に突入する。こうした長期的な環境変化に対応するために、医療機関にはどのようなことが求められるのか。元国立社会保障・人口問題研究所の所長で、現在、医療経済研究機構の所長を務める西村周三氏にどういう視点が必要になるか、話をうかがった。

西村周三
医療経済研究機構所長
聞き手/
本誌編集委員
石川 誠
Nishimura Shuzo

1945年、京都市生まれ。1969年、京都大学経済学部卒業、同修士課程修了。1988年、「医療の経済分析」で京都大学にて経済学博士を取得。京都大学経済研究所、横浜国立大学経済学助教授、京都大学経済学部助教授・教授、京都大学副学長などを歴任。京都大学大学院名誉教授。2010年から2014年まで国立社会保障・人口問題研究所所長を務め、2015年から一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会医療経済研究機構の所長を務める。2016年から関西学院大学客員教授。また、2013年から厚生労働省・社会保障審議会会長を務める。専門分野は、医療経済学、社会保障論。日本医療経済学会の初代会長を務める。

高齢者の定義を見直せば高齢化問題の見方は変わる

──現在、2025年を見据えた医療・介護の提供体制づくりが進められているわけですが、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(平成29年版)」によると、2025年以降は、高齢者人口の増加は続くものの、本格的な人口減少社会に突入します。医療機関はこの環境変化への対応が求められているわけですが。

西村 まず、認識していただきたいのは「高齢者」の定義です。現在、65歳以上を高齢者、75歳以上を後期高齢者と位置づけていますが、65歳から74歳は、もう「高齢者ではない」という見方に変えるべき時期がきています。今の65歳から74歳の高齢者は元気な人が多い。働き続けている人もたくさんいます。実際、文部科学省の「平成28年度体力・運動能力調査」のデータでも、1998年の高齢者と今の高齢者を比べると10歳ぐらい身体能力が若返っているという結果が出ています。十分に社会参加が可能な状態であるにもかかわらず、65歳以上を高齢者と定義するのは今の時代にマッチしていないと思います。当然、これからの高齢者医療や介護のあり方を議論する上でも、75歳以上に焦点を当てて考えなければならないということです。

では、この75歳以上の人口は今後、どのように推移するのか。2015年は約1,600万人でしたが、2025年には約2,100万人に増えることが見込まれています。そして、2040年には65歳以上の人口がピークを迎え、75歳以上も約2,200万人になると予測されています。つまり、74歳までを生産年齢人口に含むことができれば、生産年齢人口と高齢者人口の構成割合は、今と変わりません。65歳から74歳の大部分が働くことは難しいと思いますが、多くの人が70歳まで働く時代が来れば、社会保障制度の維持はそんなに難しくないのです。

こうした状況のなか、国は先般、2040年の人口減少社会を見据えた社会保障・働き方改革について、3つの方針を打ち出しました。

1つ目は「多様な就労・社会参加」です。高齢者の雇用機会の拡充を図り、65歳以上の就労、社会参加を積極的に進めていくというものです。2つ目は「健康寿命の延伸」です。疾病予防や介護予防、重症化予防などをさらに強化していく。そして、3つ目は「医療・福祉サービス改革」です。AIやロボットなどの活用の推進です。

こうした方針が打ち出された背景には、本格的な人口減少社会の到来、特に若年者の減少という深刻な問題があります。

2015年には15歳~64歳の人口が約7,700万人だったのが、2025年には約7,200万人(7.2%減)に、2040年には約6,000万人(2025年対比で16.6%減)にまで減少するといわれています。

このままでは社会保障における支える側支えられる側のバランスが崩れてしまう。当然、社会の活力も失われてしまう。その善後策の1つが、65歳以上の社会参加の推進なのです。ただ、現時点で65歳以上の就労が広がりつつあることを考えると、この点については楽観的に見てもよいのかもしれません。

問題は、若年者の激減により医療・介護を担う人材が今以上に不足することです。現在のところ、医療・介護の仕事に従事する65歳前後の人というのは多くありません。ここをどのように増やしていくかが長期的な課題になると考えています。

 

今から高齢者を活用できる体制をつくること

 ──一般企業では、高齢者の継続雇用や採用などの動きが見られますが、医療・介護分野ではなぜ高齢者の活用が進まないのでしょうか。

西村 医療・介護の業務は非常に過酷で体力が求められます。65歳が30歳と同じ業務を担えるかというと、それはなかなか難しいでしょう。

そこで重要になるのが、AIやロボットの活用です。たとえば、今、「排泄予知装置」が話題を集めています。高齢者にとって排泄をコントロールできないことは尊厳を損なう大きな要因で、深刻なことです。一方、介護者にとっても排泄ケアが最も過酷だといわれています。そのなかで、「排泄予知装置」が普及すれば、30歳と65歳の労働力をイコールにできるかもしれない。

また、個々の現場においても、高齢者を活用するための工夫の余地はほかにもあります。たとえば、シフトの組み方です。若年者が1人で一晩中、入所者をケアしているところを、比較的、朝が早い高齢者が3時頃に交代するようにシフトを組むことで、若年者の負担も軽減できるし、高齢者の活用にもつながるでしょう。

とにかく、医業経営者には、こうした長期的な動向を見据え、今のうちから高齢者を活用できる体制をつくることが求められると考えています。

 

「自己決定権の尊重」で患者は能動的に関われる

──高齢者の活用だけでなく、2040年に向けた国の方針では「健康寿命の延伸」も重要な要素になっていますが。

西村 高齢者の社会参加を進めるためには、個々の高齢者が長く健康でなければなりません。いくら昔と比べ若返っているからといっても、すべての高齢者が健康で自立しているわけではありません。

昨今、各地域において疾病予防や介護予防などの事業が進められているわけですが、今後、現場において特に重要になると考えているのは、患者や要介護者の「自立したい」という気持ちを「傾聴」し、その想いを叶えるためにサポートする役割です。

たとえば、要介護度が進み、食事を自分でつくることが難しくなった高齢者がいるとします。その際、独居の場合は配食サービスを利用しますが、すべてをそのサービスに依存するのではなく、本人の気持ちに耳を傾け、1品だけは自分でつくってもらうようにする。すると本人は台所を頑張ってうろうろと歩き回ります。それが介護予防となり、重度化を遅らせることにつながるのです。いわゆるゼロ次予防です。

しかし、頑張れば自分で1品ぐらいはつくることができるのに、今の現場では、「この利用者さんはご飯をつくれない」といって、すべてをサポートしてしまいます。

本人は「少しでもいいから自分でやりたい」と思っているかもしれません。患者や要介護者が「どうしてほしいのか」「どうなりたいのか」「何をしたいのか」などを発言する機会が今の現場では与えられていません。すると、そのままサービスへの依存心が高まり、次第に自立心が失われていく。そうなる前に、「傾聴」によって本人の想いを確認し、「自己決定権」を尊重する。そして、それを実現させることが求められているのだと思います。

 

──「自己決定権」を尊重するのは重要ですが、それは同時に患者や要介護者側の「自己責任」を強めることにもなると思いますが。

西村 興味深い調査があります。小児科でインフルエンザの予防で子どもにタミフルを処方する際、医師が「異常行動を起こすかもしれませんがどうしますか」と母親に伝えると、その半数は子どもに「どうする?」と聞くというのです。

普通に考えて子どもには判断できないことはわかりますが、それならば誰が決定すべきか。医学部の学生に聞くと、医師と母親でおおよそ半分に分かれます。

では答えは何か。医師と母親が一緒に話し合うということです。年齢によっては子どもも交えて話し合うのが望ましい形です。この「一緒に話し合う」というのは「傾聴」でもあります。ここで重要になるのは、言うまでもなくまずは気軽に話し合える雰囲気をつくることが前提です。

そして、この話し合いがしっかり行われるようになれば、「責任をシェアする」ことにもなります。本人を含めて特定の個人にすべての責任を負わせない。今後は、そういう責任を軽減させる仕組みをつくっていくことで、患者や要介護者がもっと積極的に、能動的に医療や介護に関わることができるようになるのではないかと考えています。

 

AIやロボットの活用は介護のイメージを変える


──「高齢者の人材活用」「患者や要介護者が治療やケアに能動的に関わること」が、2040年に向けたキーワードになりそうですね。

西村 そのために1つ重要なこととして、ネガティブイメージの払拭があげられます。介護に限定されますが、介護職の処遇がよくない、「3K(きつい・汚い・危険)」などのイメージが根づいている。その打開策になり得るのが、AIやロボットではないでしょうか。先ほどの「排泄予知装置」も介護者の負担を大きく軽減するものですし、ケアマネジャーの仕事もAIでできるようになってきました。一見、ケアマネジャーにとって仕事を奪われかねない脅威で、抵抗を示す声もあがっています。しかし、客観的に考えれば、利用者にとって適切なサービスをAIが判断してくれることは、ケアマネジャーの仕事がスピードアップし、質も向上します。実際の現場の介護者等も自分が提供したケアの成果が上がり、やりがいが出てくる。もちろん、利用者の満足度も高まるわけです。そうなると、介護に対するネガティブイメージは大きく変わるはずです。

 

──ケアの成果が上がればやりがいにもつながりますね。

西村 そのとおりです。少し話は逸れますが、当機構の研究によると、介護サービス受給者には、大きく分けて3つくらいの特性があることがわかってきました。1つは、「どうせケアをしても悪くなるのだから何をやっても変わらない」という意欲のない要介護者。2つ目は、「頑張って要介護度を改善させよう」という意欲的な要介護者。3つ目は、元気になりたいか、それともこのままゆっくりしたいかと揺れ動く要介護者。

提供者からすると「要介護者はみんな元気になりたいと思っているはずだ」と思い込みがちですが、要介護者のなかには、いろいろな事情により一定割合で、「このままでいいよ」「もう頑張りたくない」という人もいるのです。

このような人たちにどう接していくのかが、2040年に向けた介護分野の優先的課題であると考えています。

そして、その1つが、本人が自己決定する前段のさまざまな条件を整えることなのです。

たとえば、「本当は在宅で暮らしたいけど家族に迷惑をかけるから」と思っている人はたくさんいます。そこでは、さまざまなサービスを利用すれば、家族の助けがなくても在宅で暮らせるという、自己決定の前に前提条件を整えてあげるのです。そうすれば自己決定も変わってくるはずです。

そういうところを1つひとつ丁寧に現場で対応することが、本人の本当の想いを聴き出し、実現するカギになると考えています。

 

患者や要介護者の意識改革も必要になる

──2040年に向けて医業経営者にメッセージをお願いします。

西村 2040年に向けて、外来患者はどんどん減り続けます。なぜかといえば、人口減少だけでなく高齢者数が増加するからです。かなりの高齢になると、1人暮らしも増え、自分で通院することが大変になる人が増えます。

すると、必然的に在宅医療のウエートが上がってくることになります。それを誰が担うのか。地域のクリニックです。まだ取り組んでいないクリニックでも、10年後、20年後、それ以降も地域に貢献するクリニックを目指すのであれば、早期に地域連携の強化、設備、人材の確保などの整備を進めることが大事になります。

もう1点は、人材確保がさらに深刻になることです。

深刻な人材不足を解決するポイントは、これまで治療やケアを受ける側だと思われていた、高齢者の力を借りることです。比較的、元気な高齢者を雇ったり、ボランティアに来てもらうことです。少なくとも人材としての高齢者を受け入れるための体制を整えることは必須です。医師の仕事の一部を看護師が担い、看護業務の一部を他の職種が担い、他の職種の仕事の一部を患者が担う。そのような仕組みをつくるためには能動的に関わってもらうという、ある種の患者・介護者の意識改革が必要になるでしょう。

こうしたことを踏まえ、それぞれの地域特性に合った人材不足の打開策を意思決定していくことが重要になります。 

(2018年12月18/構成・本誌編集部 佐々木隆一)