「やばい、車が壊れそうだ」
昨年12月、建築金物の取り付け工事を手掛ける「吉田」の中鉢武男社長は顔をこわばらせた。官公庁舎や工場などの建築物に、金属製の門扉やカーテンレール、サッシ枠などを取り付ける工事を請け負っている同社にとって、資材や溶接機などを運ぶための営業車(社有車)はなくてはならないもの。そんな営業車の調子が急に悪くなってしまったのだ。
左から丹野税理士、中鉢社長、荘内銀行の小野さん
「ドアは開かないし、ハンドルはガタつく。自動車屋の知り合いに見せたところ、『いつ壊れてもおかしくない』とのことでした」
会社のある山形県のほか、福島県や宮城県など県外の仕事も多い。動かなくなる前に代わりの車を用意しなければ、業務に支障がでるのは目に見えていた。だが中鉢社長のほかに従業員が1名いるだけの零細企業に、新車をポンと買えるだけの金銭的な余裕はなかった。そんなとき救いの手を差し伸べてくれたのが、荘内銀行あかねケ丘支店の小野裕介さんだった。
「毎月、『TKCモニタリング情報サービス』を通じて月次試算表などを提出してもらっていたので、会社の経営状態はしっかり認識していました。新車の購入費用を融資しても問題ないと判断し、すぐに準備に取り掛かりました」(小野さん)
TKCモニタリング情報サービスとは、TKC会員(税理士・公認会計士)が顧問先企業からの依頼に基づいて、信頼性の高い財務データを金融機関に提供するクラウドサービスのこと。中鉢社長は、自社の税務顧問を務める丹野覚税理士の提案に応じて、この仕組みを使って決算書や月次試算表のデータを荘内銀行に送っていた。
吉田の担当者である小野さんは、そのデータを毎月欠かさずチェック。だからこそ、会社の経営状態が良好で、新車の購入費用を融資しても返済が滞る心配はないとすぐに判断することができたのだ。結果として、申し込みから1週間あまりで融資が実行されることになった。
「企業は生き物。足元の数字が分からないと、融資の判断ができないところがあります。ところがTKCモニタリング情報サービスを通じて毎月、試算表のデータを入手できるのなら、直近の数字をきちんと把握することができます。しかもそのデータの正確性は、TKC会員の折り紙付き。私たち銀行員にとって、非常に助かるサービスです」(同)
小野さんの迅速な対応によって、車が故障する前に資金を手にすることができた中鉢社長は早速、新しいワンボックスカーを購入。年の瀬の忙しい時期を難なく乗り越えられたのは、この新しい〝相棒〟のおかげだった。
「物販」にも目を向ける
中鉢社長はこれまでに福島県須賀川市の市民交流センターや、宮城県石巻市の合同庁舎などの公共事業のほか、工場やオフィスビルなど民間の仕事も数多く請け負ってきた。取引先のサブコン業者等からの信頼が厚いのは、可能な限り顧客の要望に応えようとする柔軟な姿勢と、丁寧な仕事ぶりが評価されてのことだ。
一方で中鉢社長は、建築金物の取り付け工事だけを収益源にしている今の経営体制に、少なからず不安を感じている。リスクヘッジのためにも、できればもう一本、経営の柱を築きたいという希望があった。そこで注目するようになったのが、「物販」の仕事である。建築金物の仕入れ先として懇意にしている商社が扱っている災害時の備蓄食糧などを、地元の流通業者に販売する事業を展開できないかと考えている。
「新しいビジネスを始めるためには、資金が必要になります。そのためにも、地元の金融機関と強固な関係を築いておきたいところ。TKCモニタリング情報サービスがその重要なツールになることを期待しています」(中鉢社長)
エステ店の成長戦略に貢献
正木代表と経理担当の佐藤杏奈さん
エステティックサロンを運営する「オフィスコンフォートM」も、丹野税理士に背中を押されてTKCモニタリング情報サービスを通じて財務データを金融機関に提供するようになった1社だ。丹野税理士は、「自分が関与する企業すべてに同様の提案を行っています」と話す。
現在、オフィスコンフォートMでは、荘内銀行と山形銀行の2行に決算書や月次試算表のデータを送っているが、もともと正木正一代表取締役には「取引のある金融機関に月次試算表を見せる」という習慣があった。だから、会社から歩いて数分の場所にある荘内銀行あかねケ丘支店には毎月、月次試算表を持参していたし、少し離れた場所にある山形銀行には郵送していた。
「月次試算表を金融機関に見せるようになったのは、山形県産業創造支援センターの相談員の方に、それをすると銀行の評価が上がると聞いたから。そのアドバイスを素直に受け入れて、ずっと続けてきました」(正木代表)
同社では現在、美肌脱毛などをメインにしたエステティックサロンを山形県と宮城県に合計3店舗を展開。今年5月には、山形県米沢市にもう1店舗オープンする。2012年に「comfort yamagata(コンフォートやまがた)」の屋号で事業をスタートしてから今まで順調に成長を遂げてきたのは、「結果の出るエステティックサロン」を標榜(ひょうぼう)し、顧客満足の追求に努めてきたからといえる。また、金融機関から必要な融資を受けることができたことも、多店舗化を実現できた要因の一つであることは間違いない。
金融機関に良い印象を与えることが、事業を拡大するうえでの重要なカギを握ることを熟知する正木代表は、TKCモニタリング情報サービスによる〝情報開示〟にも積極的な姿勢を示した。
「昨年11月、新たに開発した自社オリジナル商品を量産するための設備(プラント)を作るのに必要な資金を荘内銀行からすぐに融資してもらえたのは、TKCモニタリング情報サービスを通じて月次試算表などのデータをタイムリーに提供するようになったことが少なからず影響しているのではないかと思っています」(同)
その新商品の名前は『ヴァージンクリスタル』。肥沃(ひよく)な土壌で育まれた山形のきれいな水を特殊加工した〝リフレッシングウオーター〟だ。無添加・無農薬で、界面活性剤や保存料は一切使用しておらず、エイジングケアに安心して使用できる。現在、山形市の「ふるさと納税返礼品」にも採用されている。
この先さらに店舗数を増やし、年商10億円超の企業になるのが、正木代表の当面の目標。その実現に向けて、企業ブランディングの向上にさらに努めていく構えだ。