九州南部を中心にLPG(液化石油ガス)や工業薬品に特化した運送を手がける三九(さんきゅう)運輸。約30台のタンクローリーを保有し、繁忙期の冬には月間10万トンのLPGや工業薬品の輸送を請け負う。大手LPG会社と30年以上安定的に取引を継続しており、本社のある鹿児島県や大分県、宮崎県で強固な経営基盤を築いている。4年前に社長に就任した2代目の松下薫社長は、同社の最大の強みは人財教育にあると話す。
「タンクローリーの積み荷のガスを客先のタンクに入れるバルク(ポンプ)作業は、国家資格『高圧ガス製造保安責任者』保有者が行うと定められています。当社ではこの資格を持っているドライバーの割合が、他社に比べ高いのが最大の強みになっています」
ドライバー40人のうち約半数が同資格を保有しているというからすごい。LPGを運んだドライバーが積み荷を降ろすバルク作業まで行えれば、受け入れ先企業は有資格者を当日に配備する必要がなくなる。取り扱いに細心の注意が必要な危険物をメインの積み荷としているだけに、運送からバルク作業までをワンストップで安全に実施できる体制を整えていることが、取引先からの高い評価につながっている。
高圧ガス製造保安責任者の資格取得には、学識と保安技術、法令の3科目に合格しなければならない。「事務職のスタッフでもこの3つをいっぺんに合格するのは難しい」(松下社長)難関資格の保持者がなぜ同社で多く誕生したのか。松下社長は続ける。
「同資格の最上位である『甲』種を取得している後藤健輔総務部長が、試験対策を社内でレクチャーし、少しでも合格率をあげるためのバックアップを行っています。試験が行われる福岡までの往復交通費や宿泊費、受験料、テキスト代や外部講義の受講料などの費用はすべて会社負担で、ほかにも高圧ガス保安協会の講習・検定を受ける『高圧ガス移動監視者』資格取得も積極的に支援しています」
デジタル化を積極的に推進
とはいえ人手不足時代のなかでもとりわけ採用難の深刻さが目立っている運送業界である。同社も例外ではなく、ここ数年、人を増やしたくても増やせないという経営課題に直面していた。こうした採用難の現状から、4年前にトップに就任した松下社長は、労務管理の再整備や経費の徹底的な見直しを優先する。
書面添付十年連続特別表敬状
「企業コンプライアンスの観点から、社会保険労務士の協力を得ながら半年間をかけ就業規則の抜本的な見直しを実施しました。また不備の多かった契約書類を総点検しデジタル化を推進、接待交際費やタイヤ・車両修理費など経費全般を圧縮。さらには案件ごとの利益率を精査するなどした結果、生産性の向上を実現することができました」
柴田大輔顧問税理士の指導のもとで月次決算体制を確立するなど、徹底した業績管理の基盤があったからこそ実現したことだった。経営改善に積極的な松下社長に対し、柴田税理士はさらなる提案を行う。「TKCモニタリング情報サービス」の導入である。
同サービスは、TKC会員(税理士・公認会計士)が、関与先からの依頼に基づき決算書や月次試算表等の財務データを金融機関に提供する無償のクラウドサービスである。特に同社は長年、書面添付(※)の実践に取り組んでおり、提供される財務データの信頼性は極めて高い。柴田税理士は「将来世の中の企業がこの方向に進むのは間違いありません。後で金融機関から『まだやってないのですか』と言われるよりも、真っ先にとりかかったほうが絶対にプラスになります」と強く進言した。
デジタル化の推進に熱心な松下社長が、この提案に消極的になるわけがない。二つ返事で快諾した。同サービスには、法人税の電子申告後に決算書や申告書のデータを提供する「決算書等提供サービス」、TKC会員による月次巡回監査の終了後に月次試算表等のデータを提供する「月次試算表提供サービス」などの種類があるが、同社はまず月次試算表の提供を開始。効果は予想以上だった。
「以前は金融機関から四半期ごとに『試算表をすぐに送ってください』と催促する電話がよくかかってきましたが、それがなくなりました。経理スタッフや金融機関とスケジュール調整をしたり、紙の書類の返却について打ち合わせをしたりする手間がゼロになるので、こんな楽なことはありません。すべての会社にこのサービスを勧めたいと思いますね」
※書面添付 企業が税務申告書を税務署へ提出する際に、その内容が正しいことを税理士が確認した書類を添付する制度
相関図や俯瞰図も持参
一方金融機関にも大きなメリットがあるという。各金融機関担当者との交渉を通じ、このサービスについてヒアリングを重ねてきた柴田税理士はこう語る。
「『働き方改革』が推進されるなか、行員の時短をいかに実現するかという観点からもこのサービスが注目を集めつつあります。紙で決算書や試算表を受領(じゅりょう)するための作業が削減されますからね。『本来行うべき「事業性評価」に時間を割くことができる』と打ち明けてくれた人もいました」
電子申告を終えてまもない5月末、同社ははじめてインターネット経由で決算書を銀行に提出した。柴田税理士が送信した銀行に足を運ぶと、プリントアウトされた決算書がすでにきれいにファイリングされていたという。このスピードの速さは企業にとって大きなメリットになる。
「金融機関からみれば、申告後すぐに決算書の提供を受けることで、粉飾の可能性は極めて低いと判断するでしょう。また決算書を取得できるタイミングは一般的な企業より1カ月も早い。つまりこのサービスを実施していない金融機関に比べ融資案件等を前倒しで検討できるということにほかなりません」(柴田税理士)
同社では基本帳表のほかオプション帳表まで積極的に送信するとともに、資本関係などを記したグループ相関図、取引先の現状などを図で表したビジネスモデル俯瞰(ふかん)図も持参して説明。金融機関との情報の非対称性を解消する努力を続けている。
松下社長は、「エネルギー源のさらなる多様化が見込まれるなか、将来的には新しいエネルギーやガスなどの運送にもチャレンジしていきたい」と抱負を語る。新たな燃料やガス、薬品の運送をはじめるとなれば専用のタンクローリーを準備しなければならず、まとまった額の初期投資が必要になる。そのとき松下社長は、このサービスが資金調達にもたらす大きなメリットをあらためて実感することになるだろう。