「とにかくジーンズが好きで、隣県の広島・福山から児島にやってきました」というTCBの井上一社長。弱冠20歳の時である。
〝児島ジーンズ〟という言葉がある通り、岡山県倉敷市児島は国産ジーンズの中心地。ジーンズ店が軒を並べる「ジーンズストリート」は全国からデニム好きが集まる名所だ。
そんな児島にやってきた井上社長。当初は「ノープランだった」と笑う。タウンページで被服会社を探し、上から順番に電話していったのだとか。当然未経験。しかも、当時、ミシンを踏むのは女性と相場が決まっており、男性はまれ。そのため「ミシンの整備兼任なら」という条件で、やっとある会社へともぐり込む。その会社は、大手ジーンズメーカーの下請け工場だった。そこでは目的としていた縫製技術を学んだものの、入社から2年後、その大手メーカーが海外生産へと舵(かじ)を切り、不振に。井上社長は早期退職に応じ、小さな被服商社に転職する。そして幸いにも、受注から納品まで一貫して担当。東京、大阪と飛び回り、お金と商品の流れを学ぶ。そして、ある「刺激」も受けた。
「社長が、自分と同じくらいの二十歳そこそこでつくった会社だったのです。単純にすごいなと感じました。それまでは、経営をしようなどという大それた考えは持ってなかったのですが、やってみようかなと……」
そこから独立へは一足飛び。若者特有の〝無謀な〟思い切りを発揮し、ミシン1台、一人きりでスタートする。が、仕事は来るものの縫製工場からの外注をこなすのが精一杯。当然、単価は安く、うだつは上がらない。被服業界の斜陽産業化を肌で感じた。
「だとすれば、自分でブランドを立ち上げ、付加価値をつける商品づくりをしていくしかない」と井上社長は考えた。そして2012年、いわゆるビンテージものと呼ばれるマニア向け「TCBブランド」の製品づくりを手がけるようになる。
そんな井上社長がこだわった戦略のひとつが「露出」。もちろん品質には自信がある。そこは「好きこそ物の上手なれ」だ。生産性を犠牲にしてまで、あえて昔ながらの生地(78センチ幅のもの:現在のスタンダードは148センチ幅)を使用し、味のある触感や色落ちを実現した。縫製技術も、児島でジーンズ生産がスタートした初期から活躍している70歳台の超ベテランの職人を在籍させるなど、確かな技術を売りにしている。
あとはどうやって顧客に知ってもらうか。つまり露出だ。
まず、工場見学によって作業工程をオープンにした。ビンテージジーンズの作り手は、たとえば旧型ミシンを使用しているという触れ込みでありながら、実際は外注に出しているといった例も少なくない。なので「建前」を維持するためには製作現場を見せるわけにはいかないところもあるのだという。しかし、井上社長は「最初は同業者から笑われた」にもかかわらず、うそのない製作現場を公開するという〝暴挙〟にでる。それがコアなファンを増やすことにつながった。「私は、いわばよそ者なので、常識や習慣をとっぱらうことができたのでは」と井上社長は分析する。社長自らもキャラクター作りを意識している。ひげと帽子がトレードマークで、一度会ったら忘れがたい風貌だ。
主な販売手段はネット。口コミによって全国各地に取扱代理店も増えてきた。SNSなどでの情報発信も積極的に行い、最近では海外からも注目を集めはじめた。実際海外からメディアが取材に訪れることもあるそうで、すでに十数カ国での販売実績がある。今年に限っても、井上社長は1月にドイツ、3月にタイと、世界をまたにかけての商談旅行に出かけている。マニアックなデニムファンは世界中に存在するだけに、潜在需要は計り知れない。
銀行にクラウド上で情報提供
縫製技術に定評がある
さて、そんな井上社長だが、財務管理についての意識も思いのほか高い。
「個人事業でほそぼそとやっていた創業当時、青色申告をして、それを銀行に報告に行った際、馬越晃一先生を紹介されました。頼りなかったのでしょうね(笑)」
当初は、財務・経理にはあまり興味がなかった井上社長。「スタッフに計数管理をやってもらって私は結果をちらっと見るだけ」という状態だった。馬越事務所(現・税理士法人リアライズ)からの月次巡回監査(毎月訪問し、正しい記帳処理が行われているか、税法上問題がないか等のチェック・アドバイスを行うこと)への対応も、担当スタッフにまかせていたという。ただただ縫製をこなすだけで、会社としてのビジョンを持ち合わせていなかったのだから当然といえば当然。
しかし、ある頃から、井上社長の意識が変わりはじめた。既述の通り、徐々にスタッフが増え、会社が大きくなる過程で、〝自社ブランドで勝負する〟という思いが芽生えはじめたのだ。結果、馬越税理士の月次決算、巡回監査、経営計画策定というTKC方式での財務管理の重要性に気付かされる。馬越税理士は言う。
「最初は単年度計画だけをつくっていましたが、いまは規模が大きくなってきたこともあり5カ年計画に取り組んでいます。いわゆる〝夢の数値化〟ですね。井上社長も将来のビジョンを語れるようになってきましたから……」
自社ブランドを立ち上げ、つくる製品が評価を受けるようになり、井上社長の視界は一気に開けていく。現在は40台のミシン、15人の従業員をかかえ、月産2000本のジーンズを生産する能力を持つようになった。
「近々、ファクトリーショップをつくりたいんです。工場内店舗ですね。お客さまが、生地の匂いをかぎながら、作業風景を見学し、そして買っていただく。職人たちも、お客さまの笑顔を見ることができれば技術の向上につながります。世界中から来店するような店舗にしたいと思っています」
そのような夢を実現していくためにも、財務管理をしっかりと行い、資金繰り計画のもと投資を行う必要が出てくる。そうなると、金融機関との関係性構築は最大の懸案事項だろう。
「金融機関に試算表を持って行く際、TKCマークがついていることで、信用してもらえるので助かっています」という井上社長。馬越税理士に勧められ、今年の3月決算から「TKCモニタリング情報サービス」を導入したのも、そんな信頼感がベースになっている。
同サービスは、企業の許諾のもと、TKC会員事務所を通じ、決算所や月次試算表などをクラウド上でダイレクトに提供するサービス。巡回監査、月次決算、書面添付などを励行するTKC方式で算出した信頼性の高い財務データが、一瞬のうちに金融機関(TCBの場合、トマト銀行とおかやま信用金庫)と共有されるのだ。
再び、馬越税理士の話。
「現在は決算書の提供にとどまっていますが、近く、金融機関側の体制が整えば、月次試算表をクラウド上で提供することになります。当事務所(税理士法人リアライズ)では、TCBさんだけでなく、すでに、法人顧問先の半分近くにあたる約80社もの関与先がこのTKCモニタリング情報サービスを導入していますが、こんな便利なものはないというのが本音。今後はすべての関与先に導入していく予定です」
従来、金融機関と税理士の関係は微妙に対立する部分があった。しかし、今後は、信頼性のあるデータを共有しながら、両者が協力してクライアントの経営改善につなげていくことが必要な時代がやってくることは確実。「TKCモニタリング情報サービスは、その有力なツールだと考えています」と馬越税理士。井上社長も「金融機関を訪れたときに、すでに当社の内容を知っていていただけていれば話は早い」と企業経営者としてのメリットを強調する。もちろん、同サービスを有効活用できれば、金融機関からの信頼を獲得し、迅速かつ有利な条件で融資を受けることも期待できるし、実際に、そのような例はすでに全国で現れはじめている。
さて、前述のファクトリーショップの総投資金額は約3500万円。TCBの規模では大きな投資となる。そのために、さまざまなシミュレーションをしながら金融機関を巻き込み、緻密な中期経営計画をたて、また、それをモニタリングしていく体制が必要になってくる。さらに、井上社長の胸中には、東京進出という夢もある。井上社長と馬越税理士、そして金融機関という三位一体のコンビネーションが、今後のTCB成長の鍵となることは確かだ。