昨秋、ケイアンドエイトクリエーションセンター(K&8)に、西武信用金庫飯田橋支店から運転資金として1000万円のプロパー融資がおりた。周知の通り、ここ十数年来、中小企業への金融機関からの融資は信用保証協会の「保証付き」が主流であり、保証のまったく付かないプロパー融資は珍しい。
三位一体の連携プレー
K&8社の年商は約1億円。色校校正用刷版のCTP(コンピュータ・トゥ・プレート)出力を主業務とし、取引先(グループ会社)が安定しているとはいえ、そう簡単に千万単位のプロパー融資が受けられる規模の会社ではない。にもかかわらず、このような融資を可能にした背景には、同社の北村直樹社長と顧問の山下明宏税理士、そして田中良明支店長を中心とする西武信用金庫飯田橋支店の三位一体の鮮やかな連携プレーがあった。
田中良明支店長
田中支店長は言う。
「当庫は近年、メガバンクと違い、地域に根ざすために拠点数をできるだけ増やし、足を使って泥臭く融資先を開拓する戦略を展開しています。2015年の11月に当支店が開設されたのもその流れの一環です」
西武信金の本店は東京・中野。「TKC東京都心会」のエリアである。また、最近まで同都心会の会長をつとめていたのが山下税理士。そんなこんなで、両者にはさまざまな形での交流があった。実際、田中支店長と北村社長は、山下税理士が開催したセミナーではじめて出会うことになる。
山下税理士の話。
「西武信金さんは、金融機関のなかでも先駆的な存在です。〝まず担保ありき〟ではなく、財務諸表や経営計画、将来性、社長の人柄などを総合的に判断して、融資を検討される。現在の金融業界の状況を概観してみても、その方向性ではトップランナーといえるでしょう。ちなみに、K&8への融資も、同社の定性的な面、とくに北村社長の誠実で意欲的な〝人柄〟が決め手のひとつになったと聞いています」
具体的には、当該セミナーでの初対面の後、田中支店長とエリア担当スタッフが、北村社長との話し合いを何度か持ち、資金需要の存在を確認しつつ契約書等細かな条件をつめて融資の実現にこぎつけたわけだが、そこには山下税理士事務所を仲立ちにしたトライアングルが明確に機能していた。
「当金庫では、融資先とは〝知り合った経緯〟を重視しています。なかでも税理士先生は企業の中身を一番ご存じです。とくに山下先生をはじめTKC会員の先生方は、自計化、巡回監査、月次決算、書面添付、記帳適時性証明書の発行などを実践されており、それらによって試算表や決算書の信憑性(しんぴょうせい)を担保されています。そのベースの上に、われわれのビジネスモデルをのせるだけなので楽なのです(笑)」
実は、K&8には、メインバンクがほかにあり、西武信金との取引はこれが最初だった。それまでの資金調達の手法は、保証協会付保の上に積立預金を条件付けるなどリスク回避型がもっぱらだったが、そこに山下税理士と西武信金がタッグを組んで「風穴を開けた」(山下税理士)格好になる。今回の融資によって、西武信金以外の取引銀行が追随するきっかけができたというわけだ。
さて、思わぬ形で資金調達の選択肢が増えたK&8だが、実は、北村社長には、それなりの資金を必要とする経営者としての展望があった。
新たな事業分野にチャレンジ
K&8は、兄弟会社と表現してもいいほど親密な協和アート校正と八美校正の共同出資で2006年に設立された。当時の印刷業界は、いったんフィルムに出力する形式から、刷版に直接焼き付けるCTP出力への転換が進められており、この2社が設備投資を行って、CTP出力を請け負う新会社、K&8を設立したという経緯である。
新会社の社長には、協和アート校正社長の娘婿の北村氏が就任。そして、まもなく協和アート校正も北村氏が継承することになる。
北村直樹社長
「正直何も分からない状態でした。経営者としての経験もないですしね。ただ、印刷業界の構造不況を突破するには、先代のやり方をそのまま継承するよりは、私なりにガラっと変えた方がいいとは考えていました。その一環として、以前から親交のあった八美校正の顧問の山下先生に財務を見てもらうことにしたのです。当時は何かあると山下先生に相談していましたね(笑)。また、先生は仕事に対して厳しい方で、楽な方にいきがちな自分を叱咤(しった)激励していただけるのではという思惑もありました」(北村社長)
ちなみに、それまで協和アート校正の顧問をつとめていた会計事務所はほぼ記帳代行のみを行い、ゆえに年1度の決算時にはじめて詳細な業績が分かるという状態だった。一方、月次で財務を管理するTKC方式は手間とコストがかかる分、社内からは導入への反対意見も出た。しかし、北村社長の決断のもと、経理業務がルーティン化していくにつれ、「次第に良さを実感できるようになった」(北村社長)という。月次の業績推移をしっかりとつかむことで、素早い打ち手が可能になるし、金融機関に対しても、自ら会社の状況を説明できるようになっていく。つまり、北村社長の経営者としての成長を山下税理士事務所が後押ししたのである。さらに2014年、山下税理士はK&8の「会計参与」(新会社法で定められた企業の会計を職責とする役員の名称)にも就任している。
そのような北村社長の意気込みに山下明宏税理士事務所としても人数を惜しまず全力支援を続けている。経営改善支援アドバイザーの則本武久氏が、具体的な販売戦略や経営計画立案を支援し、また、監査担当の藤本憲氏が毎月の巡回監査において、リアルタイムの経営課題や将来展望を指摘する体制を整えている。
K&8は新規顧客獲得に積極的に動き出した
さて、自社の現状が見えてくると、自然と将来の課題も見えてくる。既述の通り、印刷業界自体、構造不況業種といってもいい。それだけに、これから先、どうやって生き残っていくのかが、中小事業者の最大の課題である。北村社長は言う。
「協和アート校正、八美校正からの仕事だけに頼っていては先細りは避けられない。今後10年、20年と生き残っていくための打ち手が必要です。そこで、2台所有するCTP出力機の有効活用はもちろんですが、ウェブサイト制作などITメディアの分野にも進出していこうと考えました」
そもそものK&8の強みは、少量の受注に対しても高品質な刷版を提供できるところ。顧客からもらったデータをしっかりと再現し、チェックする仕組み作りを行ってきたので、結果として、出力ミスは極めて少なくクレームもほとんど出ない。自然とリピーターが積み上がり、いまや顧客は100社以上に上っている。この「強み」にIT分野を加えて、さらに会社としてのベースを固めようというのが北村社長の狙い。中心となるウェブサイト制作・更新事業は、あらかじめ用意された「基本型」にはめ込むタイプのサービスではなく、顧客の要望を詳細に聞きながら白紙から作り込むスタイルが特徴だという。ただ、そこにはやはり資金が必要になる。それが、冒頭のような西武信金へのアプローチを促し、そして実際の融資となって結実したのである。
リアルタイムデータを共有化
山下明宏税理士
山下税理士は言う。
「北村社長は常に前向きです。巡回監査や書面添付はもちろん、記帳適時性証明書の発行、中小会計要領への準拠もいち早く実践されてきた。さらに昨秋、『TKCモニタリング情報サービス』を導入。西武信金さんとのデータのやりとりはすでに行われています」
TKCモニタリング情報サービスとは、TKC会員を通して月次試算表や決算書を金融機関にオンラインで直接送付するという前代未聞のサービス。リアルタイムに財務データを金融機関と企業が共有できるというメリットはもちろん、当サービスでは、電子申告で国に提出されるのと同じ書類が、金融機関に送付されるので、数字の信頼性は極めて高くなる。もちろん、金融機関からの評価は悪いはずがない。
「営業マンが顧客を定期的に回る際にも、財務データが事前に分かっている状態と、そうでない状態では、話の内容が変わってきます。しかもそのデータは迅速性・信頼性が高いので建設的な話に持っていける。非常に便利なサービスだと考えています」と言うのは西武信金の田中支店長。
さらに、国の施策である「早期経営改善計画策定支援」への取り組みも進捗(しんちょく)中だ。この事業は、経営改善の取り組みを必要とする中小企業・小規模事業者を対象として、税理士などの認定支援機関が資金実績・計画表やビジネスモデル俯瞰(ふかん)図などの経営改善計画の策定を支援。さらに、その計画を金融機関に提出し、早期の経営改善を促すものである。すでに北村社長と山下税理士は、早期経営改善計画やローカルベンチマーク(企業の経営状態を把握するためのツール・客観的枠組み)のデータを、TKCモニタリング情報サービスを通じて西武信用金庫に提出している。同計画では、新たな取り組みとしてのウェブ制作などのITメディア事業を、将来的な収益を期待できる柱へと育てることを明記。成長への意欲を示した。
前出の則本氏は「K&8さんの早期経営改善計画は、ただの〝診断〟ではなく、社員たちと情報を共有し、経営資源に落とし込んでいくという目的も含んでいます。また、北村社長は足元の業績を厳しく見る方で、実現可能性のある自社のシーズを見極め、補助金なども有効活用しながら、最後はみずから素早く決断されます。非常に支援のしがいのある経営者だと思います」と言う。
“本気”の西武信用金庫
北村直樹K&8社長に西武信金から表敬状が手渡される
良い経営者の資質のひとつに、「会社の成長のためにプラスになると信じた要素は、先入観なく取り入れる姿勢」が挙げられる。が、従来型の中小企業にとっては、TKC方式の会計が実践する経営の可視化と情報開示は、むしろマイナスファクターと思われがちだった。ところが北村社長は、そのような先入観のまったくない経営者であり、まさにそのことが、山下税理士や金融機関からのサポートにつながったといえるだろう。
とくに西武信金の「本気度」は出色である。
本記事のために、筆者が西武信金飯田橋支店を取材中のことである。突然、K&8の北村社長が現れた。何のことだか分からずにいると、その場で、落合寛司西武信金理事長名の表敬状が北村社長に手渡された。この表敬状は、TKC会員に関与を依頼している中小企業者のうち、自計化に取り組み、巡回監査による指導を受け、中小会計要領に準拠した決算書を作成し、書面添付を申告書に添付している企業に与えられるもの。記帳適時性証明書の◎「30個以上」が、表彰の根拠資料に使われている。つまり、理事長お墨付きの企業として、今後のK&8の経営支援への協力が担保されたわけだ。
また、西武信金では、営業での「評価ポイント」が他の金融機関と異なる。マッチングなどの事業支援活動のメニューをこなしつつ融資へとつなげた場合、そうでない場合と比べ、より高いポイントが与えられるのだという。さらに、同庫では中小企業診断士を40名近く抱えており、中小企業大学校にスタッフを頻繁に派遣するなど教育にも力を入れている。これらスタッフのクオリティーの高さが、融資姿勢に現れてきているのだという。
いずれにせよ、K&8、西武信用金庫、山下税理士事務所のトライアングルは今後も続く。この関係性の将来的帰趨(きすう)が、ある意味で、地域金融の今後を占う指標になるのかもしれない。