小野秀彦社長
NHKの大河ドラマ「真田丸」で一躍名をはせた上田城のほど近くに本拠を構えるアップル運輸。大手による寡占化で、中堅・中小業者が苦戦する物流業界だが、まさに戦国時代の真田一族のように先進的でニッチな戦略をいち早く打ち出しながら生き残り、そして成長してきた。
創業当初(1987年)は、リンゴやみそなど地元特産の産地直送便を手がけていたという同社。しかし、季節変動が激しく業容が安定しなかったという。そのため、比較的仕事量が減少する春の時期を埋め合わせようと、1989年、「引っ越し」事業にいち早く経営資源を投入。当時はまだ「引っ越し専業」をうたう業者が少ないなか、積極的なマーケティングを展開し、地元、長野県と山梨県で瞬く間に知名度を上げていく。さらに、同社のターニングポイントとなったのが小口宅配の分野で「ツーマンライナー」というサービスをスタートした1993年のことである。
周知の通り、通常の宅配は、ドライバー1人で行われる。一方、大型の家具や住設・事務機器などを運ぶには、2人以上が必要となり、コスト高の要因となる。そのため効率重視の大手物流会社はやりたがらない。そんな状況を見て取ったアップル運輸は、引っ越し業務での経験と人脈を生かしながら、個人・法人問わず大型荷物の小口注文を集中的に受注。効率的な混載輸送を実践したのである。小野秀彦社長はこう言う。
「混載の仕組みづくりと同時に、拠点をできるだけ多く設置(現在11カ所)し、リードタイムを縮める努力も併せて行いました。すると、当社のサービスは迅速かつコストが安いという評価が定着し、家具メーカーやハウスメーカーなど大手からの受注獲得へとつながっていったのです」
ツーマンライナー
同社の宅配事業には、次のような特徴もある。小野社長が続ける。
「一般のご家庭に家具などを運び入れるとなると狭いところや階段に商品を通すスキルが必要です。その点、われわれは引っ越し業者として研鑽(けんさん)を積んでいます。また、創業者の下城(洋司代表取締役)は、物流はサービス業だと、ことあるごとに強調してきました。そのため朝礼で、あいさつ、身だしなみ、態度、言葉遣い、電話応対の仕方まで徹底して教育しました。中堅・中小の業者でこのような接客マナー教育を実施しているところはあまりないと思います」
現在、車輌は130台。ニッチを埋めることで、いまや大規模引っ越しから小口配送まで柔軟に対応する総合物流業者として地域に信頼される存在となっている。
「事業性評価」につなげる
竹内部長
かくのごとく、他社が嫌がる、あるいは得意ではない分野にあえて資源を投入し、差別化を図ってきたアップル運輸だが、実は3年前に顧問税理士を変えている。メーンバンクである長野県信用組合の竹内三明経営支援部長からの紹介で、TKC会員の小山秀喜税理士・公認会計士と契約を結んだのだ。竹内部長は述懐する。
「アップル運輸さんは、規模も大きくなり業務改善にも取り組んでおられましたが、会計・税務はもちろん、後継者への事業承継、あるいは経営全般における適切な相談相手がいないように見えました。中小企業庁などの調査では相談相手は税理士と答える経営者が最も多い。そこで、下城代表取締役に小山さんを、〝相談相手〟としてどうかと紹介したのです」
長野県信組と小山氏との間には、従前から事業承継をはじめとする顧客支援の取り組みで協力関係があった。竹内部長の「絶対的な信頼を置いていた」という言葉から、その結びつきの強さが知れよう。一方の小山氏はこういう。
小山税理士・公認会計士
「竹内部長とは10年来のお付き合いがあり、長野県信組さんは、私の顧問先の例からも非常に前向きな融資をしてくれることが分かっていました。つまり、きっちりと適切な財務管理を行い、経営計画を策定している企業であれば、経営者側に立って相談に乗ってくれる。そのため、われわれからも情報提供などの協力をさせていただくと同時に、逆にセミナーの講師を依頼されたりもしています」
とくに事業承継に関しては、「分かっていても一歩が踏み出せない」(小山氏)経営者に対して、長野県信組と税理士法人小山会計がそれぞれ主催するセミナーや勉強会などにお互いが参加するという協力関係を築いてきた。
もちろん、竹内部長は小山氏がTKC会員であることを十分認識していたという。
「アップル運輸さんが顧問税理士を変えた時、会計システムをTKCにしたらどうですかと『FX4クラウド』導入をおすすめしました。昨秋のことです。TKCのマークのついた帳表は信頼できると分かっていましたからね」
さらにそのころ、ぴったりのタイミングで長野県信組が『当座貸越クイックTKC』という商品をリリース(11月)した。実はこの商品も竹内部長のアイデアと尽力の成果だった。
当座貸越クイックTKCとは、TKCモニタリング情報サービスを利用する企業を対象に原則無担保・無保証で、当座貸越枠を上限1億円(ただし平均月商の2倍以内)まで設定できるというもの。毎月のTKC会員による信頼できる試算表が、オンラインで即座に金融機関に送付される同サービスは、長野県信組にとって、事業内容や成長可能性をリアルタイムで検証できる絶好のツール。それが経営課題の解決や、いわゆる「事業性評価」へとつながってくるというわけだ。
垣見専務
竹内部長は、頃合いを見計らい、アップル運輸の垣見洋専務取締役に、この商品がリリースされたことと、その概要を話した。すると、垣見専務は即座に「すぐにでも導入させてください」と反応。それには理由があった。
アップル運輸の業容の約6割を占める引っ越しは季節変動が激しく、春先など時として資金需要が跳ね上がるときがある。しかも内容は人件費関連がほとんどで、これは先行投資が必要な上に歩留まりが悪い。そのため短期融資での調達が難しいのだ。その意味で、ある程度の融資枠を持つことは、資金繰り上の安心感につながる。実際、アップル運輸では、同商品を満額1億円の枠で導入(四半期に1度見直し)してすぐさま、活用する局面が訪れた。垣見専務は言う。
「今年の2~4月にかけて、ある企業からまとまった件数の引っ越し案件がありました。総額1億5000万円くらいの売り上げでしたが、そのなかの1億円くらいが本部経由ということで2カ月後の入金ということになってしまったのです。さっそく、この商品の当座貸越枠を使わせていただきました」
このように瞬間的な資金不足に対応するのが当座貸越の本来の役割である。竹内部長は、今回のアップル運輸の利用法を「理想的」と表現する。
「通常、いつでも利用できるよう融資枠は空けておくことがこの商品の有効な使用法。負債として残るようでは意味がありません」
金融機関や会計人とスクラム
小山税理士・公認会計士は全国の中小企業が抱える問題点の突破口が、アップル運輸と長野県信組の関係性に見えてくるという。
「たとえば、事業承継にあたり経営改善をスムーズに行うためには資金繰りの心配まで考えていてはとてもできるものではない。やはり資金的に余裕がないと無理です。だからこそ金融機関の前向きなサポートが必要になってくるのです」
アップル運輸に関しては当座貸越クイックTKCの導入もそうだが、長野県信組が中心となり、サブバンク以下の金融機関と協調体制をとって、返済をより効率的にしてキャッシュフローを高めるための作業が行われたりもしている。企業、金融機関、会計人のトライアングルがしっかりスクラムを組んで、経営支援が行われているという印象だ。
下城代表取締役
さて、アップル運輸の創業者は下城洋司代表取締役。冒頭の成長戦略の立案と実践は、ほぼすべて下城氏の功績だが、ここ数年は経営の一線から退いている。そんな下城氏は「面白くない会社になったと思う」と笑ってみせる一方で「経営から離れてみて、自分は大変なことをやってきたんだなあと実感しています。とはいえ、若い人たちに経営をわたさないと反動が怖い。いまでは、彼らがよくやってくれていると誇りに思うと同時に、小山先生と竹内部長にお世話になりながら、私の息のかからないところでどういう形になっていくか楽しみに見守っているところです」と期待を口にする。
つまり、カリスマ経営者が一線を退いた後も、会社がうまく回り続ける仕組みづくりが、現在、小野社長、垣見専務など経営陣が実践していることだといえよう。「面白くない」という下城氏の表現は、「安定した」「世間に認められた」という意味の裏返しなのである。