対談・講演

中小企業金融における会計の役割と税理士の職責──金融庁三井秀範検査局長への質問と回答

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長
坂本孝司

 本年は、中小会計要領の普及・啓発を最重点に取り組んでいくことは既に『TKC会報』でも申し上げたとおりです。そこで、今回の巻頭言では、「中小企業金融における会計の役割と税理士の職責」という観点から、「なぜ、中小会計要領を推進するのか?」について述べたいと思います。

 昨秋の第126回TKC全国会理事会において「金融モニタリングの現状と課題──地域金融を中心に」と題し、ご講演いただいた金融庁三井秀範検査局長へ私がご質問し、それに対する三井局長の回答をご紹介しながら、金融行政方針や地域金融機関の取組みをわれわれがしっかりと認識するとともに、今後、地域金融機関と税理士が連携していく中での中小会計要領の推進・啓発のあり方についても考えたいと思います。

金融庁は中小会計要領の活用を監督指針で明示している

 金融庁の『中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針』の中で、中小会計要領の活用について次のように記載されています。

Ⅱ−5−2−1 顧客企業に対するコンサルティング機能の発揮
 顧客企業の事業拡大や経営改善等に当たっては、まずもって、当該企業の経営者が自らの経営の目標や課題を明確に見定め、これを実現・解決するために意欲を持って主体的に取り組んでいくことが重要である。
(参考)中小企業である顧客企業が自らの経営の目標や課題を正確かつ十分に認識できるよう助言するにあたっては、当該顧客企業に対し、「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する基本要領」の活用を促していくことも有効である。

 かかる仕組みの中で税理士は大きな役割を担っています。これまで税理士は「税務の専門家」として「納税義務の適正な実現を図る」ことを使命としてきたことに加え、新たに「中小企業金融に関する専門家」という使命も担うことになったのです。

 前回のご講演の中で三井局長からは、「金融機関主体の多様な創意工夫を促す検査・監督のあり方へ見直す」と伺いました。そこで三井局長には最初に次の質問をさせていただきました。

質問1 検査・監督のあり方の見直しについて

 前回の三井局長のご講演の中で、「金融機関が融資をする際に、担保や保証に過度に依存する、バランスシートの健全性ばかりを重視する、資産査定に専ら集中する、等の傾向を問題視し、将来の収益性を重視し、そのため金融機関が顧客企業との対話を通じて課題を見つける取組みへと見直しを図る」とのお話がありました。この点についてその後の進捗や動向等があればお教えいただけないでしょうか?

回答1

 地域金融機関の経営は、地域経済の浮沈に左右されるといっても過言ではありません。昨年、金融庁が行った企業751社へのヒアリングや2460社へのアンケート調査では、企業が金融機関に求めるニーズは、融資金利の低さよりも、企業の事業内容や当該事業の市場の状況に対する深い理解が上位に挙がっていました。

 他方、金融機関の収益性は、金利低下に伴う長短金利差の縮小を背景に低下傾向が続いていますが、その低下の程度には金融機関間でバラツキが見られます。このバラツキの要因を分析してみますと、昨年9月の「金融レポート」で紹介させていただきましたが、

 1.地元の中小企業等の顧客基盤を中心に小口分散化した融資サービスを提供する。
 2.地元顧客を良く理解することで、経営状況が悪化した企業に対して有効な経営支援を行い、取引先企業の
   突発破たんも未然に防ぐ。
 3.これらにより、貸出金利回りの低下を抑えつつ、相応の収益を確保する。

 といった特色を持つ地域金融機関の方が、市場金利の低下の影響を相対的に受けにくく、より安定的な経営を実現している姿が窺えました。

 人口の減少・高齢化が進展し、また、低金利下でイールドカーブのフラット化が進む中で、多くの金融機関が量的拡大モデルに依拠し続けることは困難と思われることから、例えば、金融機関としても、経費の効率化や有価証券運用、金融商品販売による収益確保策をとるところも見られます。具体的にどのような経営方針を採って収益を確保していくか自体は経営判断ですが、やはり、地域金融機関では、地域の顧客を相手にした貸出が収益の大部分を占めており、地元の顧客基盤をいかに育んでいくかは地域金融機関にとって重要と考えられます。具体的には、取引先企業と密接に対話し、その生産性向上に資する適切なアドバイスを行い、必要なファイナンス面の支援をすることが、地元の顧客と地域経済の基盤を強固にし、このことが自らの収益基盤の強化、ひいては健全性維持にも寄与するという形で、マイケル・ポーターの言うところの「共通価値の創造」になるのではないかと考えられるところです。

 実際、多くの金融機関において「顧客へのソリューションの提供や地域経済への貢献」が経営理念に掲げられています。金融機関のモニタリングにおいては、このような経営理念を実現するために、具体的にいかなる経営計画が作られ、それをどのような業績評価や融資審査態勢などによって組織全体に浸透させ、金融商品・サービスの提供が行われているかを、顧客企業の意見も聞きながら、金融機関との間で継続的に対話をしていくこととしております。

認定支援機関である金融機関と税理士の連携が中小企業の経営支援の鍵を握る

 中小企業の経営支援は、地域経済の再活性化、ひいては我が国経済の再興のために重要な課題です。これに関連し、認定支援機関制度が創設され、その中心的な役割を果たす税理士と並び、ほとんどの金融機関が認定支援機関となっています。そこで三井局長に次の質問をさせていただきました。

質問2 金融機関と税理士が連携した経営支援について

 多くの金融機関は認定支援機関でもあるわけですが、地域における中小企業の経営支援の観点から、金融機関および税理士の連携や協働についてどのように考えていますか?

回答2

 金融機関の取引先企業の中には、人口減少や産業構造の変化等の環境変化により事業の生産性向上や再構築などを行う必要がある先が多くあると思われます。金融機関としては、そういった企業との間で日頃から密接に対話を行い、事業改善や生産性向上に資するアドバイスを行い、必要なファイナンス面での支援を行うことが企業にとって必要であるのみならず、金融機関にとっても結局は自らの顧客基盤の強化につながり得るものと考えられます。こうした経営支援にあたっては、税理士をはじめ外部専門家との連携が重要であるとともに、債務者である企業から見ると、税理士は、債権者である銀行とは別の立場で、むしろ身近に様々な経営課題を相談できる相手と考えられます。

 こうしたことから、企業の経営・財務の内容を熟知し、かつ、独立した立場でおられる税理士の方々が金融機関とも連携しながら企業の経営改善支援に尽力されることは、中小企業の生産性向上、ひいては地域経済の発展にも大きな意義があると思います。

事業性評価の入口は月次決算による正しい会計

 現在、金融機関は事業性評価(融資)に力を入れています。昨秋、金融庁から発表された「金融仲介機能のベンチマーク」では、選択項目に、この事業性評価融資の実施件数が謳われています。われわれは職業会計人の立場から、この事業性評価の入口は月次決算による正しい会計であり、それを行うのが税理士の職責の一つだと考えています。そこで三井局長に次の質問をさせていただきました。

質問3 事業性評価融資先の選定と税理士を活用した会計の有効性について

 金融機関が全ての融資先に事業性評価をすることは現実的でなく、企業のライフステージ毎や規模等でメリハリをつける必要があると推測します。その際、日頃、対話ができていない融資先である場合でも、早めに経営上の問題点等に気が付けるような仕組みが必要だと思います。そのような企業について、金融機関が税理士など専門家と連携して、月次決算に基づく有益な会計データをもっと活用することはできないでしょうか?

回答3

 金融庁は、元来、地域経済の成長性と地域金融機関の健全性・収益性には密接な相関関係があることを踏まえ、リレーションシップバンキングの進展を地域金融行政の重要な課題と位置づけ、取り組んでまいりました。このような観点から、金融機関として、担保・保証への依存から脱却し、事業性に着目したファイナンスやソリューションを提供していくためには、目利き力を鍛え、将来の事業性を総合的に評価するスキルを高めていく必要があります。そのためには、市場環境や競争条件を含む事業に対する深い理解や知見を更に深めつつ、必要な財務会計データに基づき定量・定性の両面から総合的な将来のキャッシュフローを的確に分析・評価し、それを融資審査に反映させていくことやソリューションの提供につなげていくことが求められているのではないでしょうか。

 その意味で、おっしゃっているような取組みは、将来の事業性を評価し、それを融資やソリューションの提供に結び付けていくための一つの方策として有用と思われます。

金融機関が作成する実態バランスシートと中小会計要領の違い

 次に押さえるべきことは、金融機関が作成する実態バランスシートと中小会計要領の違いについてです。中小会計要領の主な目的は次の4点です。

 ①経営者自身が自社の経営状況を把握しやすくするため
 ②中小企業の利害関係者である金融機関、取引先、株主等への情報提供のため
 ③中小企業の実務に配慮(会計と税制の調和を図った会計基準)するため
 ④計算書類の作成負担を最小限に留め、中小企業に過度な負担を課さないため

 これに対し、金融機関は自己査定のために実態バランスシートを作成します。例えば、「ゴルフ会員権の時価が下がっている」「この土地は仕入れ値から時価が半分になっている」といった事象があれば、金融機関はそれらを含み損と見て実態修正を行います。一方、中小会計要領では「税制との調和を図る(取得原価主義を採用)」という観点から、税法が損金として認めない含み損は原則として損失と認識(計上)しません。

 このあたりを押さえて金融機関と話をしないと(税理士の作る決算書は信用ならぬ等の)誤解を生じさせることになります。では、含み損はどう見ればよいかというと、「申告書と併せて科目内訳書を見てください。それをご覧になって実態財務評価をしてください」と説明すればよいのです。そこで三井局長に次の質問をさせていただきました。

質問4 中小企業の会計の性格について

 金融機関の皆様に中小企業の会計の性格(会計処理の判断には「一定の幅」があること)を正しく理解してもらうためにはどのような働きかけが必要でしょうか?

回答4

 ご指摘のとおり、金融機関は融資判断にあたって実態バランスシートを分析・作成すると思います。一方、中小企業においては、その実態に即した「中小企業の会計に関する基本要領」などが策定されています。中小企業としては、そうした様々な資源の制約の下で、税理士などの専門家の助力をも得ながら、まずは、帳簿を正確につけ、それに基づき「中小会計要領」などに則って適切な財務諸表を作成することが重要です。

 金融機関が担保・保証に過度に依存することなく、事業性に着目して適切な金融仲介機能を発揮するためには、金融機関は、単に過去のバランスシートに着目して実態バランスシートを作れば足りるということではなく、むしろ、目利き力をつけ、企業の事業性・将来性を見極め、定量的・定性的な材料を総合的に分析・評価し、将来のキャッシュフローを適切に評価して融資判断を行う力が求められると考えます。

 こうした中で、企業・税理士・金融機関の3者がそれぞれの役割を果たし、いわばウィン・ウィンの関係を構築していくことが望まれます。

最後に

 最後に、三井局長に次の質問をさせていただきました。

質問5 職業会計人への期待

 われわれ職業会計人である税理士に対する期待、近未来に向けたメッセージをいただけますか?

回答5

 これまで申し述べたことと重複しますが、金融庁としては、これまでも、金融機関が地域において、経営改善が必要とされる企業に対し、地域の外部専門家・外部機関等とのネットワークも活用して、コンサルティング機能を組織的・継続的に発揮するよう促してきたところです。先般、金融機関が事業性評価に基づく融資や本業支援の取組み状況について自己点検・自己評価等を行うためのツールとして策定・公表しました「金融仲介機能のベンチマーク」においても「外部専門家を活用して本業支援を行った取引先数」を盛り込んでいます。企業財務に精通された税理士の皆様におかれましては、企業の本業支援等に関する専門的知見を一層磨かれ、金融機関との連携を通じて企業の経営改善支援等に一層ご尽力いただき、ひいては地域経済の発展にご貢献されることを心から期待しております。

 また、金融庁では、金融機関が担保・保証に過度に依存した融資姿勢から転換し、企業の事業を見た融資・本業支援等を進めていく観点から、「経営者保証に関するガイドライン」の活用を促しています。ガイドラインでは、経営者保証に依存しない融資のための債務者企業サイドの対応として「中小企業の会計に関する基本要領」等に拠った信頼性のある計算書類の作成などを通じた法人と経営者との関係の明確な区分・分離、決算書上の各勘定明細の提出などを通じた債権者への適時適切な情報開示、こうした対応状況について税理士等の外部専門家による検証の実施などが掲げられています。

 また、ガイドラインの活用事例を見ますと、取締役会に顧問税理士が監査役として参加し、一定のけん制機能の発揮による社内管理態勢の整備が図られていることも併せ考慮された結果、事業承継の際に前経営者からの保証を解除するとともに、新経営者に対しても新たな保証を求めないこととした事例があります。経営者保証に依存した融資からの脱却という面からも税理士の皆様方のご尽力・ご活躍を期待しています。

三井秀範(みつい・ひでのり)氏

愛知県出身。1983年東京大学法学部卒業、大蔵省(現財務省)入省。2000年スタンフォード大学ロースクール等へ留学。2001年~金融庁にて、参事官(監督局担当、信用・官房担当)、兼務で内閣府企業再生支援機構担当室次長、総務企画局総括審議官等を歴任。2015年7月検査局長(現職)。

(会報『TKC』平成29年4月号より転載)