寄稿

今こそ「巡回監査支援システム」の利用を願う

「ビッグデータ」を活用する時代

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 高度情報社会あるいはマルチメディア時代と言われて久しく時が過ぎていますが、情報・通信技術の進展は、今日ますます大きな進化を遂げています。

 この10年ほどで、世の中の多くの仕組みが電子化、自動化されて、今や有史以来のさまざまな膨大なデータを短時間で取り込んで生成される「ビッグデータ」の活用と人工知能(AI)の時代に入ったといえます。

「ビッグデータ」の概念に特段の定義はないようですが、一般的に次のような特徴があると言われます。

 ①取り扱うデータの解像度(※)が高い。  ※個々の要素に分解・把握できる度合い。
 ②データの取得・分析頻度が高い。
 ③取り扱うデータが多様である。

 一例として、先日の日本経済新聞に、トヨタ自動車とあいおいニッセイ同和損害保険が、自動車に取り付けたセンサーで収集した運転データを保険料に反映する新しい自動車保険の開発に乗り出したとの記事が掲載されていました。

 急発進や急ブレーキが多いなど、実際の運転データから、その保険契約者が事故を起こすリスクを試算して保険料を設定するやり方のようです。このような「ビッグデータ」の有効活用が、今後あらゆる分野で進むことが期待されています。

 会計事務所においては、日常業務である「巡回監査業務」における監査手順等に大きな変化が予想されます。

未来における巡回監査手法

 日本公認会計士協会のIT委員会では、今年3月に10年先の未来の監査手法を展望した「ITを利用した監査の展望──未来の監査へのアプローチ」を公表しました。

 その中で「新しい監査手続の例」として、「映像データを利用した監査手続」のほかに「ビッグデータを利用した監査手続」を次のように展望しています。

「従来のCAAT(Computer-assisted audit techniques:コンピュータ利用監査技法)では通常データ構造が定義されたデータベースに格納されたデータを利用するが、ビッグデータを利用する場合はデータの完全性を求めず、従来では考えられない規模の巨大なデータを入手して分析することにより、事前に監査人が全く想定しなかったデータの関係性等が見えてくることがある。これはストレージの巨大化と処理するコンピュータの高性能化により実現可能になった。
 ビッグデータを分析することにより、従来はリスク・アプローチに基づき事前に不正リスクを想定した上で実施していた監査の手続が、監査人や被監査会社の事前予測にない関係性等が発見されることから、より有効性の高い監査手続に進化する可能性がある。」(「ITを利用した監査の展望」日本公認会計士協会IT委員会研究報告第48号)

 監査証拠において電子データがその比重を高めていくなかで、ITを活用した精査的な手法の採用が増加していき、今後数年の間には、このような手順が主流となっていくと考えられます。

事前確認型の巡回監査手法への転換

 TKC全国会では、巡回監査の手法として、長年にわたって、手書きの3枚複写伝票等を前提とした「巡回監査報告書」の活用をスタンダードとしてきました。

 しかし企業の自計化が進むなかにあって、IT時代に対応すべくOMSと連動した「巡回監査支援システム」の提供が、平成21年6月から始まりました。その特徴は次の通りです。

 ①「巡回監査報告書」に準拠した監査ができる。
 ②要注意科目の自動抽出機能がある。
 ③「書類範囲証明書」の作成が容易にできる。
 ④所長や関与先経営者に対するレポーティング機能が充実している。
 ⑤OMSと連動して監査報告の内容を所内で検閲できる。

 今後、TKC方式の自計化を前提として、TISCの活用を組み込んだ「巡回監査支援システム」の改訂が進められる予定です。

 さらにTKC全国会では、昨年12月に「自計化を前提とした巡回監査手順の研究チーム」(プロジェクトリーダー・加藤恵一郎副会長)を立ち上げ、今後の巡回監査のあり方について検討作業をお願いしてきました。

 その中間報告が、6月開催の第125回TKC全国会理事会で発表されました。

 その内容は、これまでの事後的な巡回監査手法から、事前準備を重視し「事前確認機能」を備え、現場主義を前提とした巡回監査手法への転換を図るとの趣旨です。

「事前確認機能」として、次の内容が期待されています。
 (1) 要注意科目の抽出により、重点監査項目の洗い出しが事前にできる。
 (2) 事前に概況を把握することで経営助言や提案事項等を準備できる。
 (3) 所長や上長の指示を踏まえた巡回監査が可能となる。

 このほかに経験の浅い監査担当者のスキルアップ効果が期待でき、新規関与先の初期指導にも有効活用できます。

 今後は、この方向性を受けて巡回監査手順やシステムの改訂が実施されます。

「巡回監査支援システム」の活用は今や必然

 しかしながら、ここで問題なのは、現行の「巡回監査支援システム」がいまだ十分に普及していないことです。

 1社以上の利用事務所数が1734事務所(平成28年3月現在)で、実動会員の2割に達していない状態です。

 これからはIT技術が全面的に活用される企業環境の時代です。IT技術を活用して巡回監査業務の質を高め、監査効率を高めることが必然の時代となりました。

 そのためにもTKC会計人は「巡回監査支援システム」を活用して、高度情報社会の真っただ中にあって、問題発見能力と問題の本質を捉える能力を磨きに磨いておかねばなりません。

 TKC全国会初代会長飯塚毅博士が、昭和40年代に書かれた『電算機利用による会計事務所の合理化』テキストには、今も心に響く箴言があります。

あるものを認識し得ない人達にとっては、そのものは実在しない。細菌の恐ろしさを認識し得ない人にとっては、細菌の恐ろしさは実在しない。いまここに運命の岐れ路があると、認識できる人にとっては、運命の岐れ路は実在するが、足下に、運命の岐れ路を読み取れない人にとっては、自分がいま運命の岐れ路に立っているとの実感はない。幸か不幸か、運命は無形である。自分の足下に、無形である運命の岐路が横たわっていると直覚できる人は幸いである。その人は、没落消滅の悲運を泣かずに済むからである。電算機の猛烈な普及浸透が絶対不可避の時代だと識って割り切ったとき、自分の足下には、運命の岐路が歴然として横たわることを知らねばならぬ。遅れることに意味と価値とがあるならば遅れるのも良い。だが遅れることは、時代から遅れることであり、それだけ、自分の問題解決を先へ先へと押しやっているに過ぎない。そのことは、自分の運命が回復困難なところまで、刻まれてしまう成りゆきを放置しておくことを意味する。」

 本年度は、TKC全国会戦略目標の第1ステージ最終年であり、事務所の体質を改善し、総合力を強化する仕上げの年でもあります。

「巡回監査支援システム」を活用した事務所体制を早急に構築すべきです。飯塚毅博士が言われるように時代に乗り遅れることは、それだけ問題解決を遅らせることであり、回復困難な状態に陥ることになります。

 そのようにならないことを、強く願う次第です。

(会報『TKC』平成28年7月号より転載)