寄稿

「決算書の信頼性」の保証はだれが担うのか

フィンテックの一部の動きを懸念する

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 昨年の秋頃から「フィンテック」(FinTech)の動きが急速に進展しています。フィンテックとは、金融(Finance)とIT(Technology)とを組み合わせた造語で、金融業界とIT業界とが連携や提携によってテクノロジーを駆使して新たな金融サービスを生み出したり、従来の手法を革新するなどの動きであると言われています。

 すでに次のようなサービスが始まっています。
 ①スマホやタブレットに小型読み取り装置を差し込んでクレジット決済をする。
 ②個人やネット通販サイトにクレジット決済機能を追加する。
 ③銀行や証券会社、カード会社等とネットで連携し、家計簿を自動作成する。
 ④ネットで小口融資をする。(借手と貸手を結んで融資を実行する)
 ⑤中小企業や個人事業者にクラウド会計を導入させ、自動で決算書等を作成する。

 これらの動きの中で、職業会計人として特に懸念するのが⑤のクラウド会計と金融機関が連携ないし提携して、クラウド会計のデータをネット経由で金融機関に提供し、審査を経て事業資金を融資するなどのサービスを展開する動きです。

 TKC飯塚真玄会長は、『TKC会報』前月号でクラウド会計がもつ重大な欠陥を指摘しています。

「最新のクラウド会計は、銀行・クレジット会社等のコンピュータと連携して、その口座取引にかかる電子データをすべて自動収集してくれる。さらにバックヤードでは、収集した電子データから仕訳を自動生成することまでやるのである。『簿記や会計に関する専門知識がなくても、簡単に帳簿と確定申告書を作成できる』などとPRしている。」(TKC社内報平成28年3月号からの転載)

 甲南大学大学院河﨑照行教授は、一部の金融機関の動きに懸念を示し、次のように指摘しています。

「クラウド会計のいう『自動仕訳』は、ユーザーにとって、大変に甘い言葉ですが、これほどリスクの高い技法はありません。『仕訳』は簿記・会計の基本であり、簿記・会計の専門知識なくしてできる会計行為ではありません。
 会計行為は、経済活動の事実をありのままに写像する行為であり、取引の実態が理解できて、はじめて適切な『勘定』の選択ができるはずです。単に、機械的に『勘定』を割り当てるのが『仕訳』ではありません。」

 そもそも会計の本来の役割は、事実に基づく正確性や検証可能性そして透明性に担保された信頼性の高い継続記録で計算された情報の提供にあるわけで、単に実利的な有用性ということに気を取られてはならないのです。

「計算の信頼性の保証」こそ21世紀の税理士業務

 上記の表題は、TKC全国会第3代会長武田隆二博士が、『TKC会報』平成14年8月号に執筆された巻頭言「新世紀における会計問題と将来展望」の中の一節です。

 武田隆二博士は、今後の規制緩和やITの進化が、税理士業界に与える影響について、パソコンソフトの普及による文書(申告書)作成の簡素化の促進、すなわちデータの入力だけで誰もが、ある程度自由に文書(申告書)作成が行えるというという問題を提起しながら、自由化できない領域として「計算の信頼性を保証する業務」があり、「保証業務」こそ21世紀の税理士業務の大きな柱となる、と次のように述べています。

「会計業務の上で、税理業務が成り立つためには『実体』と『数』の一致の証明という業務が必要になります。そして、実体と数との『有意なつながりを証明』するためには、実体を写像するための『装置』(会計システム)がなければなりません。これが会計基準です。会計基準に則した財務諸表であるという確実な基礎の上で、初めて、『申告書の信頼性』が期待されることになるわけです。その申告書の信頼性を、記帳業務と相関連づけながら第三者的に保証する。すなわち、申告業務の適正さを担保するという一連の業務を実行できるところに、『非資格者の税務業務』と区別された『資格者の税理業務』の存在価値があるといえます。」

 複式簿記による会計帳簿が生成されて500年を超える長い歴史にあって、会計のもつ合理性や有用性を万人が信頼していたわけではありません。「会計」は企業規模の大小にかかわりなく、善と秩序の道具にもなり得ますが、これまでの歴史が示すように不正や粉飾の手段にもなり得るという二面性があるのです。

 特に、高度情報化時代にあっては、原始記録の正確性がその後のコンピュータ処理に重要な影響を与えることになります。

 計算処理された会計データがよるべき会計基準が何によって作成されているのか、選択し適用した会計基準いかんによっては企業情報に大きな影響を及ぼすことになります。また会計専門家による、月次巡回監査によって客観的な検証が行われているのかどうか。ここは計算書類の信頼性レベルにかかわる重大な問題なのです。

 計算書類の信頼性を保証する担い手としての税理士の位置づけを、武田隆二博士は以下のように図に示しています。

■記帳要件と情報の信頼性

出典:武田隆二著『最新財務諸表論・第11版』中央経済社

(出典:武田隆二著『最新財務諸表論・第11版』中央経済社) (注)原文の「データ処理実績証明書」を筆者改変。

 この図にあるように、会社法に定める記帳要件である適時性と正確性を充足するため、税理士による月次巡回監査が実施され、証明行為として正確性の視点では「中小会計要領」の適用や「税理士法第33条の2による書面添付」の実施、適時性の証明としてタイムリーに月次のデータが処理されていることを証明する「記帳適時性証明書」が整うことにより「情報(決算書)の信頼性」が確保されるということです。

 フィンテックの動きがさらに進化していく中にあって、われわれTKC会計人が唯一懸念することは、一部金融機関等に見られる計算書類の信頼性を無視したIT業界等との連携または提携の結果、これらのクラウド会計で作成された信頼性の低い計算書類に基づいて融資やモニタリングが安易に行われることです。

 会計ソフトを選ぶにあたって最も重要なことは、そのソフトが記帳に関連する諸法令に正しく準拠しているかどうか、ということです。一部の金融機関やセキュリティ会社などが低廉価格のクラウド会計のソフト会社と組んでソフト普及の営業をしているとの報道がされていますが、果たして充分な検証がなされた上での連携や提携なのか、トラブルにならないことを願うところです。

 われわれTKC会計人は、中小企業の健全な発展を支援していく立場から、これまで通り金融機関との良好な関係において計算書類の信頼性を極限まで追求し、それを担保に融資が行われる「決算書担保主義」こそあるべき姿であると主張します。

 そして正しい決算書があるからこそ、中小企業経営力強化支援法が求める企業経営者の「財務経営力」も高まると信じます。

(会報『TKC』平成28年4月号より転載)