職人の匠の技によって連綿と続いてきた日本各地の伝統工芸。主要な販路だった百貨店の売り上げが落ち込むなど厳しい事業環境が続くが、バブル崩壊以降の生産額減少傾向に下げ止まりの兆候も見られるという。伝統的工芸品産業の新たな挑戦をリポートする。

──伝統的工芸品産業の現状について教えてください。

伝統工芸の新たな挑戦

萩原 バブル期のように器が飛ぶように売れた例外的な時期もあるものの、百貨店の売り上げが落ち込むなど現在は厳しい状況にあります。新たなビジネス展開を見いだす機能は伝統的に問屋が担っていましたが、そうした企業にいまも在庫を抱える体力があるとは必ずしも言えません。問屋そのものが消滅してしまった産地もあり、流通構造全体が変化してきている状況にあります。
 一方で伝統工芸品に愛着を持っている消費者が減っているかというとそうではなく、2013年には売り上げが前期比増となりました。消費者の求めているものをいかにタイムリーに提供できるかがポイントになってきています。

──デザイナーとの連携や海外出展で失敗する例も多いと聞きます。

萩原 ありがちなのは、同業他社から「海外展示会に出展したらもうかった」と聞いて「わが社でも」とそろばんをはじいて失敗するケース。なんとなく探してきたデザイナーと折り合いがつかず破談したという話もよく聞きますね。製品販売後に消費者とどうつながるのか産地全体で方向性が決まっていないと、補助金が活用できる期間に一時的に市場規模や販路の拡大が実現しても、補助期間終了後に新商品開発を行う余力が残っておらず、市場規模が元通り、あるいは以前より縮小してしまうということになりかねません。

──まずは方向性を示すのが大事だと。

萩原 企業経営ではまずビジョンを決め、それを行動計画に落とし込んでいきますが、この産業ではなかなかそうしたことが行われてきませんでした。ビジョンにもとづいて初めてコンセプトをデザイナーに伝えることができるし、販路開拓や原材料確保、後継者育成など各種課題の優先順位づけもうまくいきます。このビジョンづくりで先駆的な例といえるのが、旭川家具工業協同組合です。腕の良い木工職人が多く高級家具店の工場も立地する木工産業の地として知られていますが、元カンディハウス会長で当時理事長も務めていた故長原實氏が「30年かけて産地をかえていこう」という思いをこめて1990年に「旭川・家具づくりびと憲章」を定めました。一般企業の経営理念にあたるものを明文化したものですが、「人が喜ぶものをつくります」「木の命を無駄にしません」など、顧客主義や資源の有効活用の理念を職人さんにも刺さる言葉遣いで表現しているのが特徴で、「次代の家具づくりびとを育てます」と若い人を大切にする意志も明確にしています。こうしたビジョンが若手職人の共感を集め、いまでは若手経営者グループによる国際展示会が毎年開催されるなどボトムアップの取り組みが活発に行われるようになりました。補助金に依存することなく産業としての発展を実現させた好事例といえます。

──職人による分業体制がどうしても経営を非効率にしてしまうという声も聞きます。

萩原 この産業の難しいところですね。織物、染色、仏壇・仏具など分業工程の多い伝統的工芸品では、途中の工程でできたものは市場とのつながりを持つことができず、最終成果物ですべての価値が計られてしまう。織物をデザインする作家の名前は知られても、染色した職人の名前が知られることはないのです。
 こうした構造に風穴を開けようとしているのが、金属製品の伝統技術で有名な新潟県・燕三条です。同地はアイポッドの裏面研磨を受注するなど高い技術力で知られていますが、現在、途中工程の個別の技術を他業界の事業者とマッチングさせる取り組みが行われています。伝統的工芸品の生き残り策を模索するユニークなケースといえるでしょう。

──生き残り策の成功例としてほかに注目している産地は?

萩原 最近は消費者や地域住民に工房に見学にきてもらう「オープンファクトリー」がブームになっており、富山県高岡市では、高岡伝統産業青年会が「高岡クラフツーリズモ」と呼ばれるイベントを開催し観光との相乗効果を追求しています。高岡クラフツーリズモでは職人自らが参加者を現場に案内するガイド役を担当し、作業工程について直接説明します。伝産品は高価なものが多いですが、工房の現場を体験してもらうことで製品の価値を理解してもらえるほか、職人のプレゼンスキルやコミュニケーション能力の向上も期待できるといいます。また木曽漆器工業協同組合は、漆器の製作という従来の仕事に加え、寺社仏閣などの文化財や山車の修繕という新たな市場を開拓して成功しました。現場での共同作業を通じてベテラン職人と若手の交流促進にもつながっているそうです。

──消費者やバイヤーとより積極的にコミュニケーションをとるのが大切ということですね。

萩原 富山県の能作はもともと仏壇仏具向けの鋳造製品を手がけていた会社ですが、2000年に初のオリジナル製品となる真ちゅう製ベルを販売しました。当初はあまり売れませんでしたが、「音が良いので風鈴にしてみたら」というセレクトショップ側の意見を取り入れたところ大ヒット。その後テーブルウエアや医療機器分野などにも参入し、消費者やバイヤーの意見や感想をもとに商品開発をするサイクルを確立したところ、ヒット商品を連発するようになり、10年間で従業員数が10倍になる急成長を遂げました。このようなケースでは需要の急拡大に生産体制が追いつかず、バイヤーや消費者の信頼を失うことが少なくありませんが、同社は経営トップが的確に生産体制の拡張を判断。新しい商品を継続的に生み出し、その結果を分析してまた新たな商品開発に生かすPDCAサイクルを回すことに成功したのです。

──小規模事業者ではなかなかそこまで手が回らないのでは……。

萩原 消費者ニーズを敏感に把握して生産者とともに商品開発を先導するプロデューサー役が必須になるでしょう。職人兼経営者がプロデューサーも兼ねる体制では、社長にかかる負荷が相当重くなってしまいますから。最近では全国各地の伝産品を買い取って販売するセレクトショップが増加してきており、そうした小売店がターゲットを絞った新商品開発を産地とともに行う事例も出てきています。そうした小売店やマーケティングの分かるデザイナーとうまくタッグが組めれば販路拡大につながると思います。

──まだまだポテンシャルがあるということですね。

萩原 女性の伝統工芸士の数が増えているなど明るい話題もありますし、とにかく産地企業に言いたいのは、伝産品はもともと高いブランド価値を持っているということ。このことにすでに大企業は気づいています。例えばトヨタは全国の伝産品とコラボレーションする「レクサス・ニュー・タクミ・プロジェクト」を大々的にスタートし、伝産品のイメージを自社ブランドの価値向上に活用しようとしています。今後こうした動きが続くことも予想され、この機会を上手に活用した企業が飛躍の足がかりをつかめるかもしれません。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2017年4月号