「働き方改革」がはやり言葉のように喧伝(けんでん)される昨今、残業の多い会社への風当たりは強くなった。ムダな残業を劇的に減らす方策を探る。

残業ゼロへの道

 残業は減らすべきとの社会的な機運が高まっている。名だたる大企業が残業削減に大きく舵(かじ)を転換。月100時間を超える残業が常態化しているような会社は、それこそブラック企業の烙印(らくいん)を押されかねない。

 そもそも法律的には「1日8時間、週40時間」の労働が基本ルール(法定労働時間)。36協定を結んだとしても「月45時間、年間360時間」までの残業が上限だ。「特別条項」を付けて36協定を締結すれば、月45時間を超える残業も可能になるが、それはあくまで特別な事情がある一定期間だけに限った話なのだ。しかし法律を無視した長時間残業が何となく許されてきてしまったのが、これまでの日本の産業界。だがこれから先は、そうもいかなくなるだろう。

「いまの若い世代は、かつての『モーレツ社員』のように、馬車馬のように働きたいとは思っていません。ワーク・ライフ・バランスを体現するような働き方を望んでいる傾向が強いといえます」

 こう話すのは、社会保険労務士の望月建吾氏。良くも悪くも、そうした若者を採用していかなければ、事業は回せなくなる。少子化が進むなか、いつまでもブラック企業的な働き方をさせていたら、人は集まらない。だとしたら、やはり残業削減はどの企業も取り組むべき課題といえるのだ。

 どうせなら思い切って「残業ゼロ」を目指してしまうのも手である。高い目標を掲げることで、小手先ではない真の「働き方革命」が社内から巻き起こるかもしれない。「残業をなくしたら、会社の売り上げが落ちる」と懸念する経営者もいるだろうが、必ずしもそうなるとは限らない。実際、残業時間を大幅に削減しながらも、業績アップを達成している中小企業はいくつもある。

出産を機に残業ゼロを目指す

 オリジナルブランド「マナラ化粧品」で知られるランクアップがまさにその1社。岩崎裕美子社長(49)の方針のもと、「ほとんどの社員が17時に帰る会社」を実現している。それでいて、右肩上がりの成長を続けているというからすごい。

 そもそもランクアップの定時は8時半~17時半。17時に退社というのは、残業どころか30分早く退社していることになるわけだが、同社には「17時に帰っていいよ制度」があり、仕事が終わっていれば30分早く退社して構わない。

「保育園に子どもを迎えにいくために、ママ社員の多くがこの制度を利用しています。17時をさかいに、オフィス内の人数が一気に減ります」と岩崎社長は話す。習い事に行ったり、スポーツジムに通うといった理由で早めにあがる独身社員も多い。定時の17時30分を過ぎると、さらに社内はがらーんとした雰囲気になる。

 そんなプライベートを充実できる会社をつくった岩崎社長であるが、かつてベンチャーの広告代理店で働いていた頃は取締役営業本部長として、毎日終電まで働くのが当たり前の生活を送っていた。離職率が高く、なかなか人が育たない会社であったが、やりがいをもって働いていた。

「でも終電まで働かないと居場所がない会社にいたのでは、結婚はできたとしても出産は無理。そのことに気づいてしまったんです」

 当時、35歳。結婚・出産はあきらめてキャリアウーマンとしての道をこのまま歩むか、それとも会社を辞めるか。悩んだ末に選んだのが退職だった。

 その後、37歳のときにランクアップを設立。深夜残業のない会社を自らつくった。とはいえ最初の頃は、残業を完全になくそうという意識はなく、仕事が忙しいときは1~2時間ほど残業するのはごくふつうのことだった。

 やがて岩崎社長が、残業ゼロを目指して本気で取り組むようになったのは、41歳のときの出産がきっかけだったという。

「子育てがこんなに大変だとは思いませんでした。出産してから3カ月後には職場復帰していたのですが、受発注システムのトラブルで何人もの社員が夜10時過ぎまで会社に残っているのに、私は子どもの世話があって早めに退社するしかなく、本当に肩身の狭い思いをしました。それで決めたんです。みんなが定時で帰れる会社にしようって」

 ランクアップの社員はほとんどが女性。年齢構成を考えると、これから出産ラッシュが待っているのは明らかだった。このままでは多くの社員に、自分と同じ肩身の狭い思いをさせてしまう。だったら全員、定時で帰れる会社にしてしまえば、残業できないことの後ろめたさを感じずに済むのではないか。そう考えたのだ。

「業務の棚卸し」で効率化

 しかし岩崎社長が打ち出した残業ゼロを目指す方向性に、「忙しいときは、残業しないと終わらないのに……」と不満顔を浮かべる社員もいた。そこで岩崎社長が実施したのが、「業務の棚卸し」だった。各社員が毎月どんな仕事をしていて、どのくらいの時間を費やしているかをリストアップ。そのうえで、単なる惰性で続けていた業務を洗い出すなどして「やる・やらない」を選別し、残業をしなくて済むくらいの仕事量にしていった。

「ルーティン業務はできるだけシステム化。配送業務や採用活動などは、専門業者を使ってアウトソーシング。これらの工夫により、仕事の効率化を促しました」

 さらに、「社内資料はつくりこまない」「会議は30分」「社内メールで『お疲れさまです』は使わない」「社内のスケジュールは勝手に入れる」「プロジェクト化」「社内の根回し」の6項目をルール化した。

 パワーポイントで色・フォントに凝った資料を作るのに時間を掛けるくらいなら、ワード1枚の資料で十分だし、ダラダラと続く会議をするのも、社員同士のメールにいちいち「お疲れさまです」と入力するのも時間のムダ。取引先との商談など、上司の予定を部下が勝手にスケジューラーに入れてよいというのも時間短縮のためだ。そして、部署横断的な仕事に力を入れるときはプロジェクトを立ち上げたり、企画の初期段階に各部門に相談しておくといった社内の根回しも、一見遠回りなように見えて、結局は時間短縮になると考えている。

 さまざまなムダを排除し、業務効率を高めたあと、残業ゼロを実現する最後の一押しとなったのが、先述した「17時に帰っていいよ制度」だった。

 もともと17時に帰っていいというのは、東日本大震災による電力不足からサマータイムを導入したときに、震災不安もあり3カ月間限定で30分早く帰らせるようにしたのがはじまりだった。だが、いざもとの17時半定時に戻そうとしたところ、社員からこんな申し出があった。「17時ぴったりに帰れるのは、何かと都合がよい。集中して仕事をするクセがついたから、このままにしてもらえないだろうか」。これを受け入れたことで17時に帰る文化が生まれたのだ。

 残業をなくしたところで、会社の売り上げが落ちたら意味がない。しかし、そうはならなかった。プライベートを充実できる時間をもらった社員たちは、仕事と子育ての両立に真剣に取り組んだ。その中で、育児中のママなら誰もが直面する美容に関する悩みを自ら体感。それをヒントに開発した製品がヒットを飛ばすなどして、会社の業績をさらに押し上げた。わずか30秒で顔のシミ・毛穴をカバーできる、スティックタイプのファンデーション『BBリキッドバー』は、その代表格だ。

「自分たちが欲しいと思える魅力的な商品を製品化し、その魅力をいかにうまくプロモーションしていくか。大切なのはその2つであり、残業時間の長さはあまり業績に関係ないと思います」と岩崎社長はいう。

辞めたら次がいない時代

 ダスキンの代理店業務や経営サポート業を営む武蔵野も2年ほど前から残業削減に向けた取り組みをしている。1カ月当たり「平均76時間」あった残業時間を「平均35時間」、つまり半分以下にすることに成功している。

 小山昇社長(68)は、昨年12月に『残業ゼロがすべてを解決する』(ダイヤモンド社)を上梓(じょうし)。残業ゼロに意識を向けて行動すると、さまざまな効果が得られると説いている。「生産性アップで人件費が減る、新卒採用の最大の武器になる、社員が辞めない会社に変わる、明るく健康で家庭円満になる……等々、まさにいいことずくめです」と小山社長は笑う。

 小山社長が残業ゼロを目指すようになったのは、人口減少などに伴う雇用環境の変化から、これまでのように「人が辞めても、新しい人を採用すればいい」と考えるわけにはいかないことに気づいたから。優秀な社員の定着率を上げるためにも、これから新しい人を採るためにも、月100時間近く残業をしている社員がゴロゴロいる「超ブラック企業」のままでは、まずいと考えたのだ。

 そこで2015年度の経営計画発表会で、社員を目の前に残業削減に取り組む方針を打ち出した。だが、社員たちの多くがもろ手を挙げて賛成というわけではなかった。残業時間が減ることは、すなわち「残業代」が減ることを意味する。それでは困るというのが多くの社員の本音だった。

 社長が掲げた方針に素直に従うヤワな社員ばかりではないことは、小山社長も百も承知。だから無理やりにでも帰宅させる、さまざまな工夫を講じた。

「まず、残業を減らさなければボーナスの査定に響くとしました。さらに、21時半(現在は21時)~4時までは社内システムに入れないようにして、物理的に仕事ができないようにしました」

 それでも、パソコンを使う仕事は21時半までに終わらせて、そこから先はパソコンがいらない仕事を続ける猛者もいた。それならばと、オフィスにネットワークカメラを入れてモニターしたり、警備会社から施錠記録を入手して公開したりと、深夜残業を徹底的に封じ込めた。

iPadでの「空中戦」

 とはいえ、社員を半強制的に帰らせるだけでは、仕事に支障がでる。それを踏まえて、残業削減の取り組みと共に力を入れたのが、iPad(タブレット端末)を使った「空中戦」だった。

「インターネットに接続可能なiPadを配布して、ルート営業などの外出先からでも仕事ができるようにしました。グループウエアやチャットワーク(ビジネスチャットツール)などを活用すれば、たいがいの仕事は外からでもできるんです」

 電車での移動時間など、スキマ時間をうまく利用することで生産性を高めていったわけだ。仕事の「終わりの時間」を決めたことで、従業員自らが仕事のやり方を効率よく変えていった。

「このほか、単純で生産性が低い仕事はアウトソーシングするようにしたり、企画書は『A4・1枚』のテキトーでいいとしたり、社員の椅子をなくしてダラダラ働けないようにしたりと、いろいろなことの積み重ねで社内の生産効率を高めていきました」

 すると、2年強で残業時間を半分以下に減らしながらも、過去最高売り上げ・最高益を更新。と同時に、残業改革前に比べて1億5000万円もの人件費が削減された。

「その浮いたコストは、パート賞与倍増、社員のベースアップ・賞与20%増のかたちで従業員に還元しました。みんなの可処分所得をできるだけ下げないようにとの配慮からです」

 超ブラック企業から超ホワイト企業に変身した武蔵野のもとには、昨年度25人の社員が新規入社した。そして離職者はゼロ。残業削減の取り組みは今後も継続する方針だ。

(本誌・吉田茂司)

会社概要
名称 株式会社ランクアップ
設立 2005年6月
所在地 東京都中央区銀座3-10-7
ヒューリック銀座三丁目ビル7F
売上高 88億4,000万円
社員数 45名
URL http://www.manara.jp/
会社概要
名称 株式会社武蔵野
設立 1964年7月(創業1956年)
所在地 東京都小金井市東町4-33-8
売上高 約57億円
社員数 760名
URL http://www.musashino.co.jp/

掲載:『戦略経営者』2017年3月号