最新の情報技術を使った新たな金融関連サービス「フィンテック」が注目を集めている。国内外の事情に詳しい富士通総研の隈本正寛氏に、基礎的な知識や具体的なサービス例などについて聞いた。

プロフィール
くまもと・まさひろ●さくら銀行(現三井住友銀行)を経て2000年に富士通総研入社。入社以来、金融機関に対する経営管理、リスク管理、マーケティングなど戦略系分野でのビジネス/ITコンサルティングを担当。最近ではフィンテックに関するリサーチ/コンサルティングの実績多数。
隈本正寛氏

隈本正寛 氏

──フィンテックとはそもそも何のことでしょう?

隈本 ファイナンス(Finance)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語です。金融サービスにICTをうまく適用してより付加価値の高いサービスを提供する動きというのが教科書的な定義になるでしょう。

──金融とICTという組み合わせはそれほど目新しいものに思えませんが。

隈本 実はこの言葉自体は昔から海外ではよく使われていました。勘定系のシステムや支店などで使う端末、現金自動預払機(ATM)、インターネットバンキングなどの金融サービスはすでにICTの技術を利用しています。しかしこの言葉がこれほどまでに注目を集めるようになったのは2010年前後からで、それはその意味する内容が以前とは少し異なるようになってきたからです。

──どのように変わったのですか。

隈本 すでに金融機関が行ってきたICTの活用は、どちらかというと業務の効率化やコスト削減といった目的で導入されてきた企業が多かったと思います。一方最近出てきたフィンテックの文脈では、「使い勝手が良くなる」「簡単に使える」「使っていて楽しい」など付加価値を生む目的、あるいは顧客との関係をより深めていく目的でICTを利用するようになっています。以前のように銀行のバックエンドで職員が触れるものではなく、スマートフォンなどを通じ直接ユーザーが触れるものになっているのも大きな違いですね。その背景には若い世代の金融機関に対する意識の変化と、パーソナルコンピューターの処理能力の指数関数的な向上があります。ベンチャー企業が次々と参入してきており、今や世界中に1600を超えるフィンテック企業が誕生、その領域も、決済、融資、資産運用、経理・会計、確定拠出年金運用アドバイスなどほぼすべての金融業務に広がっています。

融資の審査が7分程度

──実際にどのようなサービスが提供されていますか。

隈本 まず融資を行うサービスについてですが、個人と事業者向けにインターネットを活用して少額融資を行うレンディングクラブという米国の会社が有名です。この企業は2014年12月に株式上場し一時時価総額9000億円に達するなど大きな話題となり、昨今の爆発的なフィンテックブームを巻き起こす一つのきっかけとなりました。お金を貸したい人と借りたい人を引き合わせるインターネット上の市場「マーケットプレース」の運営を手がけており、貸出残高が米国内のみで約1兆円を突破するなど急成長しています。

──融資成立までのプロセスは?

隈本 取引履歴などから借り手をAからGランクまで格付けし、それぞれのランクに応じた金利を設定します。貸し手はそのランクを見て「Aランクには多めに資金提供して、リスクが高いけれど金利が魅力的なGランクにも少し融資しよう」などと自由に選べるわけです。審査もスピーディーで、インターネット上ですべての手続きが完結し、信用度の高い借り手の場合、翌日には資金が振り込まれるケースもあるそうです。

──信用審査はどのように?

隈本 借り手についてのさまざまな情報をビッグデータから収集し独自の査定をしていると言われていますが、詳しくは分かりません。インターネットと高度な統計分析の技術を駆使した、新しいスタイルの審査を行っていると思われます。

──日本で同様のサービスはありますか。

隈本 日本ではソーシャルレンディングやクラウドファンディングと呼ばれている仕組みが有名ですが、それらは銀行で融資を受けられない人に対し支援やサポートをするというイメージ。しかしそれではどうしても貸し倒れのリスクが大きくなってしまいます。これに対しレンディングクラブは借り手の7割が金融機関からの借り換えやリボ残高の一括返済のためなどに利用しており、今まで普通に銀行などを利用していた人たちが、「金利の条件が有利だから」「お金が入るのが早いから」といった理由で活用しているケースが多いようです。

──このような融資手法はさらに拡大するのでしょうか。

隈本 取引データをもとに融資を行うトランザクションレンディングという手法も脚光を浴びています。通常融資を受けるときは、銀行に提出した決算書による審査を経てその可否が決まりますが、トランザクションレンディングの場合、アマゾンやイーベイなどいわゆるEマーケットプレースの取引データ、あるいはペイパルなどの決済サービス、クラウド会計システムなどのデータなどとリンクして直接データを収集して審査を行います。つまりその企業が今現在インターネットを通じどのくらいの売り上げをあげているかということを融資の際の判断材料にすることができるのです。事業者向けに展開している米国のキャベッジという企業が代表格で、約1200億円の貸し出し実績をあげています。審査は最短でなんと7分程度で完了するといいます。

資産管理サービスが拡大

──融資以外にはどんなものがありますか。

隈本 中小企業でもすでに利用されている会社もあるかもしれませんが、スマートフォンのイヤホンジャックに専用機器を差し込み、クレジットカードの信用照会端末(CAT端末)として使えるようにするサービスもフィンテックの一種といえるでしょう。パイオニアである米スクウエアがこの事業を開始して以来、世界中に同様のサービスを行う会社が次々に生まれました。決済手数料の安さと初期負担の軽さ、スピーディーな精算が魅力で、日本でも急速に法人のユーザーを増やしています。

──日本でも銀行口座と連携しスマホで操作できる資産管理サービスのユーザーが増えています。

隈本 個人や法人が持っている複数の口座情報をひとまとめにして資産の状況を分かりやすく表示させるアカウントアグリゲーションといわれるサービスです。そこに何にいくら使ったかという家計簿的なお金の出入りの情報も加えられることから、総合的な資金管理を可能にするパーソナル・フィナンシャル・マネジメントツール(PFM)として人気が高まっています。

──セキュリティーは大丈夫でしょうか。

隈本 複数の口座情報をつなぐための各口座のIDとパスワードをあらかじめ登録し、アカウントアグリゲーションサービスのソフトがそのIDとパスワードを使って各金融機関から情報を引っ張ってくるというのが基本的な仕組みです。しかしIDとパスワードの管理は口座の名義人が本来行うべきことですから、情報漏えいや不正アクセスに対する懸念が出てくるのは避けられません。従って現在は、特に海外の主要金融機関でこの流れが顕著ですが、金融機関との間でプログラム同士が連携するためのインターフェース(API=アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を通じてより安全にデータをやり取りできるような環境づくりが進められています。

──仮想通貨についてはいかがですか。

隈本 一時期ビットコインが話題になりましたが、実はビットコインそのものよりもその裏で使われていたブロックチェーンという、中央で管理する主体を持たずにお金や契約のやり取りを可能にする分散型管理システムが注目されており、日本でも実証化に向けた動きが活発化しています。ビットコインは取引所の破綻でイメージが悪くなりましたが、ビットコインそのものはハッキングされたりシステムがダウンしたりしたことは一度もありません。もともと暗号化技術なので偽造にも強く、ほぼ無コストでデータのやり取りができるため、飛躍的にトランザクションコストが下がる可能性を秘めています。

──既存の金融機関の動きについて教えてください。

隈本 メガバンクはすでにシリコンバレーで動向を把握したりフィンテック対応の部署を新設したりする会社が出てきました。またフィンテックベンチャーとの協業や資本出資を選択するケースも増えてきています。もっとも最近のフィンテックの取り上げられ方はやや加熱気味で、これから企業が淘汰(とうた)される時期ももちろん来ると思います。しかしアマゾンの登場で多くの書店が廃業を余儀なくされ、定額配信サービスの普及で音楽コンテンツをCDで買う人は激減しています。それと同じ大きな変革が金融業界に起きつつあるのは間違いないでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2016年3月号