1月1日からいよいよスタートしたマイナンバー制度。通知カードが自宅に届きようやく実感がわいた読者も多いかもしれない。最新動向を含め、いま中小企業経営者が知っておくべきことについて、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの春日丈実氏に聞いた。

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 春日丈実

春日丈実 氏

Q1 今後のスケジュールについて教えてください。

 個人番号に関連する事務については雇用保険関係業務ですでに今年の1月1日から取り扱いが始まりました。具体的には新規に従業員を雇用した場合や従業員が退職した場合にハローワークに提出する雇用保険被保険者取得届/喪失届等に従業員の個人番号を記載することになります。「本丸」ともいえる税務関係書類は今年の1月1日から「記載対象」で、実務的には番号を記載した書類の提出期限となる来年1月31日(法定調書)、2月28日(法人税関連)がめどになるでしょう。ただ、源泉徴収票や支払い調書などを年内に提出する場合には番号を記載する必要があります。厚生年金や健康保険についての利用は来年1月1日提出分からの開始になります。

Q2 番号カードはどのように取得すればよいのでしょうか。

 市区町村へ申請することにより個人番号カードの交付を受けられるようになります。国は申請の方法を複数用意していて、①通知カードに同封されていた交付申請書を送付する方法②交付申請書に記載されているQRコードを読み取ってスマホで申請する方法③全国に1500台設置してある証明写真機で申請する方法――などを利用することができます。いずれも個人番号カードを役所の窓口で受け取る必要がありますが、自治体職員が各企業に出向き申請を受け付け、後日申請者の自宅にカードを送付するやり方もあります。この方法を使えば、従業員が平日に休みをとって役所に行く必要がなくなるので、高齢者が多い商店街や工場などでニーズが高まる可能性があります。

Q3 個人番号をどのように収集すればよいでしょうか。

 扶養控除等(異動)申告書に記入してもらうのが定番です。扶養控除等(異動)申告書には本人とその扶養親族分すべての個人番号を記入する必要がありますが、注意したいのは番号確認のための書類として従業員本人の通知カードの写しを同時に提出してもらわなければならないこと。私自身が関与したケースでは従業員本人分のみ通知カードの写しを提出してもらっているケースがほとんどですが、扶養親族全員分の通知カードの写しを収集することも可能です。記入ミスをできるだけ回避するために、家族全員分を出してもらっている会社もあります。
 新入社員から個人番号を集めるのも基本的には同じフローですが、注意したいのは集めるタイミングです。採用が決定した後から入社するまでの期間に辞退する場合も考えられるからで、できれば採用の可能性がかなり高くなる入社直前が望ましいでしょう。誓約書や内諾書を提出した後にするのか、もしくはそれと同時にするのかなどの決まり事を各社で整備する必要があります。

Q4 本人確認はどうやってすればよいのでしょうか。

 本人確認をするには番号確認と身元確認の2つの確認をする必要があり、番号確認は先ほどお話しした通知カードのコピーでできます。身元確認は本来、原則的に運転免許証かパスポートが必要ですが、雇用関係にあり、出社していることなど人違いでないことが明らかである場合には書類の提示は必要ありません。普通は採用時に本人であることはきちんと確かめているはずですから。国税庁が住所と名前と生年月日のうち名前と住所、名前と生年月日のいずれかが一致することを条件に本人確認が省略できることを公表していることもあり、多くの企業がこの身元確認を省略しているようです。

Q5 従業員以外から取得するときにはどんな方法で取得すればよいですか。

 税理士や社会保険労務士などへ報酬を支払うときや、地主や大家への地代家賃を支払うときに支払い調書を作成しますが、そのときにマイナンバーが必要になります。その場合一般的には、個人番号の提供を依頼する書類を郵送で送ることになります。その際、住所(通知カードと同一と思われる)と名前があらかじめ印刷されている「プレ印字方式」により書類を作成するとよいでしょう。プレ印字された書類に通知カードや個人番号カードのコピーを貼付して返送してもらうことで、番号を収集すると同時に身元確認もできます。とくにトラブルが予想されるのは不動産関連で、契約者と支払先が異なっていたり、家主が高齢で入院するなどなかなか会えなかったり、国税庁が容認したルールでも本人確認が行えないケースが十分予想されます。そうした場合は、本来の身元確認ルールを厳格に適用しなければならないケースも出てくるでしょう。

Q6 マイナンバーの提出を拒否された場合は?

 当然そうしたケースは考えられると思います。その場合、会社側から制度についての趣旨説明を受けた旨をしっかりと明記した書類を一筆書いてもらうとよいでしょう。大事なのは企業側がきちんと説明したかどうかを記録に残すことです。企業は税務署や自治体に提出する義務はありますが、実は個人が企業に個人番号を提出する義務はありません。この問題に対応するため、企業のなかには労働組合などと協議して就業規則を変更し個人番号の提出を義務づける条項を追加しているケースも見られるようになりました。

Q7 外部委託する際に注意することは?

 クラウドサービスなどを使ってマイナンバーを管理する場合、クラウドサービス提供事業者との契約内容をよく確認しておく必要があります。たとえば関係者以外はデータへのアクセスができないような契約内容になっていなければ「委託」に該当せず、マイナンバーを安全に管理する責任を利用者自身が負うことになります。
 一方クラウドサービス事業者がマイナンバーのバックアップをとったりする場合には、番号法上の「委託」にあたると考えられます。漏えい事故が発生した場合などの取り決めも契約条項に含まれると思いますが、それ以上の担保がほしい経営者は、損保会社が相次ぎ発売を開始しているマイナンバー保険に入ることも選択肢の一つになるかもしれません。

Q8 番号の保管について注意点を教えてください。

 保管については組織体制の整備や担当者への教育、物理的・技術的な安全管理措置が求められています。しかし中小企業がこれらをすべて完璧にこなすのはなかなか難しい。内閣府の補佐官が公式の場で発言していましたが、「ロッカーなどに鍵をかける」「データを保管しているパソコンでウイルスチェックのアップデートを常にしておく」という2点を守ることが現実的な対応策だと思います。「マイナンバー用に別途部屋を用意する」「専用のインターネット回線を引く」などという法人もありますが、中小企業ではやり過ぎの感じがあります。電子データで信頼できる会社に外部委託できるのであればそれが理想的ですが、そうした場合でも社内の責任者・担当者は必ず決めておく必要があるでしょう。

Q9 「マイナポータル」のメリットは?

 自らの特定個人情報を閲覧できる「自己情報表示」、自治体から予防接種や年金介護に関する通知を受けられる「お知らせ情報」などの機能が先行して使えますが、今後は引っ越しなどの手続きをまとめて行える「ワンストップサービス」や「電子決済サービス」についての機能も使えるようになる予定です。ただ①個人番号カードを読み取るカードリーダーが住基カードで使用されているものに限定される②OSやソフトウエアなど利用環境に制約が生じる可能性がある③4つのパスワードを覚えなければならない――などといった制約があり、現時点では利便性については疑問符をつけざるをえません。

Q10 廃棄の際に注意することを教えてください。

 クラウドサービスなど電子データで個人番号を管理する場合は、廃棄するときに完全にデータを消去できるので安心です。しかし気をつけたいのは各企業の端末で個人番号を管理する場合です。いまはサーバーのバックアップをとっている企業も多く、データを完全に記憶媒体から消去するのが難しくなっているからです。そのため国は専用ツールを使えば廃棄したとみなすことにしていますが、復元されてしまうリスクはゼロではないことに注意する必要があるでしょう。
 また廃棄の際には必ず記録をとることも義務づけられています。今後管理が必要な書類がどんどん積み上がっていくことを考慮すると、紙ベースの保管管理には大きなコスト負担が予想されます。電子管理をより促進し企業負担を減らすようにしなければ、中小企業にとってデメリットばかりが目立つ制度になってしまうかもしれません。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2016年2月号