事務所経営

「まずやってみる」スピード重視経営で飛騨高山地域の発展に貢献したい

税理士法人飛騨会計事務所下呂事務所 古田喜久雄会員(TKC中部会)
古田喜久雄会員

古田喜久雄会員

全国会重点活動テーマ第1ステージ(3年間表彰)の「KFS実践割合」で表彰された税理士法人飛騨会計事務所下呂事務所。所長の古田喜久雄会員に、KFSの推進や事務所経営における課題などについてお聞きした。

関与先1件あたりの収益がアップし事務所経営の方向性に見通しがついた

 ──下呂市は「日本三名泉」に数えられる温泉地として有名ですが、古田先生はこの地域のご出身ですか。

事務所外観

JR下呂駅から車で数分の好立地にある事務所。
温泉街もすぐ近くにある。

 古田 はい。生まれも育ちもこの下呂市内で、東京の専門学校に通っていた約2年以外はずっと住んでいますし、職員も全員地元の人間です。地元といってもこの地域は広いので、車で40分くらいかけて通勤している職員もいます。

 ──職員さんは何人いるのですか。

 古田 実はこの4月から職員を1人採用し、下呂事務所としては現在パート1名を含め6名になりました。月次巡回監査対象のお客さまが123件なので、これまでは私を含めパートさんを除いた1人当たりの担当件数が24件と非常に多かったのですが、今後は少し楽になると思います。

 ──職員さんを増やすということは、関与先が順調に増えているのですね。

 古田 確かにお客さまも多少は増えていますが、以前よりやることが多くなってきたからというのが最大の理由です。基本的にTKC全国会が推進することはすべて取り組むという方針なので、月次巡回監査とKFSは当然として、企業防衛、リスマネ、共済制度、最近ではマイナンバー対応、7000プロジェクト、フィンテック、IT導入補助金の申請支援など、とにかくマンパワーが必要です。
 幸い当事務所は職員の定着がよく、新人を除くと一番経験の浅い職員でも10年目なので、私が細かく指示をしなくてもTKCの方向性を理解してすぐに動いてくれます。これまでは優秀な職員が頑張ってくれていたのでなんとかなりましたが、いつまでも職員に甘えているわけにもいきませんし、今後この方向性でやっていけそうだという見通しがついたので増員に踏み切ったということです。

 ──今後の見通しがついたというのは。

 古田 2019年に消費税率が上がると消費の落ち込みが予測されますし、翌年の東京オリンピックが終われば反動で景気が悪化するかもしれないので、当面は様子を見た方がいいと思ったのです。
 ただ、新しいサービスをお客さまに提供すれば、当然事務所の収益につながります。例えば7000プロジェクトなら経営改善計画策定のサポート料をいただけるし、IT導入補助金の申請を支援すれば手数料が発生する。ここ数年関与先1件当たりの収益が上がっているので、事務所全体の売上高も伸びています。この方向性で顧客満足度を上げていけば経営的に問題ないと判断しました。

法人化で先輩会員のノウハウを教わり80件の書面添付を実践できた

 ──古田先生が税理士を目指した理由を教えてください。

 古田 それほど深い考えがあったわけではないんです。地元の高校の経理科に進学し、そこの先生が「大学に行くより税理士になった方が稼げるぞ」と言っていたので、「それなら目指してみようかな」という気持ちでした。
 高校卒業後は東京の簿記専門学校に進み、2科目合格したので地元に戻って、下呂市内唯一の会計事務所でアルバイトをすることにしました。そこがたまたまTKC会員事務所だったのです。税理士試験に合格後その事務所に正社員として採用され、約8年勤めたあと、平成5年、27歳のときに独立・開業しました。
 その翌年TKCに入会したのですが、当時の中部会会長だった柴田圭造先生には本当にお世話になりました。というのは、その頃は入会にも審査があり、柴田先生の後押しのおかげで問題なく認められただけでなく、「100%TKCの方針でやれば必ず成功できるぞ」と励ましていただけたのです。

 ──平成16年には法人化されていますが、どのような経緯だったのですか。

 古田 経緯といっても、青山(真琴会員:高山事務所)と福田(幸博会員:古川事務所)に「一緒にやらんか」と声をかけてもらっただけです。
 今は身内なので、あまり褒めるのもはばかられますが、2人とも本当に立派な税理士で、事務所の規模としても私より大きいので、なぜ私に声をかけていただけたのか分かりませんでした。むしろありがたく思う反面「巡回監査率や自計化率など厳しい審査があるのではないか」とビクビクしていましたね(笑)。

 ──今は理由が分かりましたか。

 古田 改まって聞いたことはないのですが、やはり「自利利他」の理念からだと思います。というのは、私はすごい事務所と一緒になるのでメリットしかありませんが、青山や福田は私の失敗についても責任を負わなければならない。リスクしかないにもかかわらず声をかけてくれたのは、「古田を育ててやろう」あるいは「法人化は地域のお客さまのためになる」という考えがあったのでしょう。
 他にも、飛騨高山地域は三市一村だけですが面積が広いので、下呂市にも事務所がないと広範囲の地域を網羅できないこと、また私は当時まだ30代だったので、年齢的なバランスを考慮して誘っていただいたのかもしれません。
 いずれにしても、私は法人化によってさまざまなノウハウを教えてもらい、業務品質が格段に上がりました。

 ──法人化前もTKCのビジネスモデルで経営をされてきたと思いますが、特にどのような点が変わったのでしょうか。

事務スペース

余計なモノがなく、広々とした事務スペース。

 古田 確かにTKCの方針に沿ってきたつもりでしたが、教わった通りにはなかなかできませんよね。自分なりのやり方にアレンジしたり、できないことはいろいろな理由をつけて自分を納得させたり。しかし法人化によって青山と福田から「ウチはこうしているよ」といくらでもノウハウを教えてもらえるようになったので、もう言い訳ができないわけです。
 特に書面添付は、法人設立前は1件もできていなかったのですが、毎年必ず関与先から「基本約定書」をいただくなどやり方を詳しく教わったので、ここ5、6年で一気に80件以上に実践件数が増えました。

 ──他に、法人化のメリットを感じることはありましたか。

 古田 個人事務所で一番大変だったのは、特殊なお客さま、例えば農業生産法人やNPO法人などが関与先になると一生懸命勉強し対応するわけですが、そうやって苦労して身に付けたノウハウもその1件にしか役立たないので、ものすごく効率が悪いという点です。しかし青山や福田はそうした特殊な法人の対応ノウハウも豊富に持っていますし、法人全体のマンパワーで受け入れることができます。
 他にも、都市部の大手税理士法人が地元の優良企業だけを狙って営業をかけてくるのですが、そうした際も「当事務所でも同じサービスが可能ですよ」と対抗できるなど、法人化したメリットは計り知れず、本当にありがたく思っています。

まず目標を設定してしまい「凡事徹底」の精神で取り組んだ

 ──今回、KFS実践割合で上位120事務所に入り表彰対象となりました。率直な感想はいかがですか。

 古田 実は最初から狙っていました。といっても、常に事務所の順位をチェックしていたこと以外、特別なことをしたわけではありません。TKCの事務所として、新規のお客さまはTKC自計化システム利用を前提にする、継続MASで経営計画を作る、申告の際は書面添付をする。これを「凡事徹底」の精神で地道に取り組んできただけです。

 ──具体的に教えていただけますか。

 古田 まず目標を設定してしまうのが私のスタンスです。例えば「書面添付を100件やる」と決めたら、その目標に向かってとにかく行動する。
 それができないという方は、もしかすると考え過ぎなのではないでしょうか。脳内でシミュレーションをしてみて「やり方もよく分からないし、人も足りないから難しいだろう」と理屈で考えてしまう。私はまずやってみて、失敗しても試行錯誤しながら進めます。体育会系の根性論かもしれませんが(笑)、「できるからやる」ではなくて、「まずやってみて、それから考える」。そうしないとなかなか結果が出ません。
 あとは地域性もあります。この地域の方は基本的に真面目な方が多く、素直で表現がストレートなので、「考えておきます」とはぐらかされることが少ない。KFSなどを提案すると、やりたくないときは「やりたくない」とはっきり言ってもらえるので、その理由をお聞きして原因をつぶしてしまえば、最後は言い訳がなくなって応じてもらえます。
 また、ありがたいことに税理士に対して敬意を持っている方が多く、「古田さんがそう言うなら」と素直に従ってくれることも少なくないので、そうした地域性に助けられた部分も大きいですね。

巡回監査・KFSで満点を取らなくても「足し算の戦略」で総合点を高めればいい

 ──できるかどうかを考える前に、まず取り組むことが大事なのですね。

職員の皆さんと

職員の皆さんと。後列の古田会員の左が税理士の小林正治氏、
右が入所1日目の新入職員さん。

 古田 何でもはじめから100点満点を狙うと、どうしても「できない」という結論になってしまいます。私は「足し算の戦略」、つまり100点を取らなくても、まず巡回監査・KFSで合格ラインを超えて、あとは付加サービスで総合点を上げればいいという発想なのです。
 仮に高品質の巡回監査・KFSの提供を各100点、お客さまに満足していただける合格ラインを70点とすると、70点から80点、90点と上げていくのはものすごく大変ですよね。
 そこで私は、巡回監査・KFSで280点まで取れたら、残りの120点を取ることに力を注ぐのではなく、企業防衛でプラス20点、7000プロジェクトでプラス20点など、付加サービスの「足し算」で加点し、トータルで400点を取った方が効率的だと考えたのです。

 ──無理をして100点を目指さない方がうまくいくと。

 古田 もちろん、巡回監査・KFSで400点満点を取れる事務所はそれでいいと思います。ただ当事務所の場合は、例えば継続MASなら、経営計画は社長とのコミュニケーションツールととらえているので、本当にシンプルな経営計画を作ります。書面添付も同じで、最初から100点の書面を目指すのではなく、まずは書いてみる。
 自計化・巡回監査についても「職業会計人がチェックした正確な財務データを、社長の経営判断に役立ててもらう」という本来の意義からすると、31日に巡回監査に行っても、1日遅れて1日に行っても大きな違いはないかもしれません。それでも「翌月」にこだわって、次の月は30日、その次の月は29日と、1日でも早く行く努力をするということです。

 ──新しいサービスで足りない点数をカバーするとのことですが、その際に意識していることはありますか。

 古田 基本的な考え方は同じで、スピード重視で「まずやってみる」ことです。当然ノウハウもない中で突っ込むので、最初は失敗します。そこから失敗を糧にして勉強すればいいですし、やり直したとしても、様子を見ていた他の事務所と少なくとも同じタイミングで2回目のチャレンジができますよね。

いち早く7000PJを実践したおかげで金融機関の考え方を学ぶことができた

 ──具体的な事例はありますか。

 古田 例えば7000プロジェクトは、TKCが継続MAS利用による計算料値引きを発表する前から取り組みました。最初の1件に選んだのが、関与先の中でも一番経営が厳しかったお客さま。時間も労力もものすごくかけたのですが、結局利用申請まで至らず、最終的には顧問契約を解除されました。

 ──それは残念でしたね。支援に満足いただけなかったのでしょうか。

 古田 というより、根本的な問題は経営者の意識が変わらない限り解決できませんから「変わってください」と言い続けたので、たぶんそれが嫌になったのではないでしょうか。でも、全然めげていません(笑)。他にも顧問契約解除となった関与先がありましたが、最初に失敗したおかげで最終的には14件取り組むことができましたから。
 取り組んで一番よかったのは、これまで毎月訪問してよく理解しているつもりだったお客さまでも、7000プロジェクトを推進する過程で知らない情報がたくさん出てきたことです。例えば、実は社長個人の借り入れがあったり、知らされていなかった個人資産があったり。こうした情報を知っているかどうかで、立てる計画が全く変わってきます。
 また金融機関の方と話す機会も増えたので、金融機関のものの見方というか、企業のどういう点を見て判断しているのかが理解できるようになりました。会計事務所の目線だけで考えた経営計画ではなく、金融機関が納得できるような経営計画をどのように作るかという点では、本当に勉強になりました。これもすぐに取り組んだ成果だと思います。

「TKCモニタリング情報サービス」はメリットしかない「三方良し」の仕組み

 ──新しいサービスという点では、TKCのフィンテックサービスが始まりました。利用状況はいかがですか。

 古田 「銀行信販データ受信機能」については、TKC自計化システムの導入先では全件やるというスタンスです。すでに数件で使っていただいていますが、「とても便利になった」と好評です。
 その一方、経理担当者のレベルが高ければ高いほど「必要ない」と断られるケースもあります。やはりすべて自動化されると自分の仕事がなくなるという危機感があるのかもしれません。また保守的な方が多い地域なので、インターネットバンキングに対する不信感というか、情報漏えいなどの心配をされている方も若干います。そうした誤解を焦らず丁寧に解消しながら、推進していこうと考えています。

 ──「TKCモニタリング情報サービス」の方はいかがですか。

 古田 中部会高山支部では最初に実践し、現在2件のお客さまで利用していただいています。最初は難しいイメージがあったのですがやってみると意外と簡単でしたし、何より、お客さま、金融機関、会計事務所にとってメリットしかありません。まさに「三方良し」で、やらない理由は何もないと思います。
 それに、昔は巡回監査、書面添付、経営助言と言えば、TKC会員事務所の「専売特許」と言っても過言ではありませんでしたが、今はTKC以外の事務所でも「巡回監査をしています」「書面添付をしています」とアピールしている事務所はたくさんあります。しかし、このサービスはTKC会員にしかできません。お客さまに対しても金融機関に対しても明らかな優位性としてアピールできるはずです。

 ──地元金融機関からの評価も変わってきましたか。

 古田 そうですね。法人化前の個人事務所時代の話ですが、お客さまの事業資金調達の支援のため社長と一緒に金融機関に行ったことがありました。そして試算表を提出したら「それで、実際の売上高はどのくらいですか?」と聞かれ、税理士が作る決算書がいかに信頼されていないかを実感しました。
 もちろん現在は地域金融機関との連携も進んでいるのでそうしたことはありませんが、このTKCモニタリング情報サービスをきっかけに、TKC会員は中小会計要領に準拠した信頼性の高い決算書を作成しているということをもっとアピールしていく必要があると思います。

もっと業務品質を高めて地域中小企業の存続・発展に力を尽くしたい

 ──今後の課題を教えてください。

 古田 一つ目は、私がまだ20件以上の担当を持って巡回監査に行っているので、その状態を解消することです。社長には「経営者は経営に専念すること。プレイングマネージャーではうまくいきませんよ」と話しているのに、私自身ができていないと説得力がないですからね。
 最初にお話ししたようにようやく職員を増やすことができたので、2年くらいかけて徐々に自分の担当関与先をなくし、経営助言など付加価値の高い業務でお客さまのところを飛び回る体制を整えていきたいと考えています。
 二つ目は業務品質の向上です。先ほど、巡回監査・KFSで合格ラインの70点を取ればよいと話しましたが、当事務所が合格ラインの点数を取れているという保証はありません。
 解約されないということはある程度満足いただけているのだと思っていますが、関与先向けのアンケート調査をするなど、まずお客さまにどのくらい満足いただいているか調べた上で、これまで以上に付加価値の高いサービスを提供していく必要があると感じています。
 他の事務所のサービスの質が上がれば当然当事務所の点数は相対的に低くなりますし、仮に同じ点数だとしても、他の事務所の顧問料が安ければそちらにいってしまうという危機感はあります。
 今後も飛騨会計事務所が一体となってさらに業務品質を向上させて、地域の中小企業が存続・発展できるよう力を尽くしていきたいと思います。


古田喜久雄(ふるた・きくお)会員
税理士法人飛騨会計事務所 下呂事務所
 住所:岐阜県下呂市森782-15

(TKC出版 村井剛大)

(会報『TKC』平成29年5月号より転載)